酒蔵に聞く

今秋、“風の森”の新たな酒蔵[葛城山麓醸造所]が稼働!進化し続ける油長酒造(奈良県)のこれから

奈良県御所市の[油長酒造]を訪ね、十三代目蔵元の山本長兵衛さんにインタビュー。
日本酒好きに支持され続ける『風の森』についてや、2024年秋に醸造をスタートする酒蔵[葛城山麓醸造所]について話を聞きました。

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300年以上続く奈良を代表する酒蔵[油長酒造(奈良県御所市)]。生酒ブームの先駆けとなった『風の森』は、多くの日本酒ファンに支持され続けている。
十三代目蔵元の山本長兵衛さんに『風の森』ブランドについてや、この秋に醸造をスタートする酒蔵[葛城山麓醸造所]について伺いました。棚田の丘から生まれる新たな『風の森』に注目です。

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油長酒造株式会社 十三代目 山本長兵衛さん
プロフィール
1981年生まれ。関西大学工学部生物工学科卒業後、百貨店勤務を経て、2008年実家である[油長酒造]に入社。2014年に代表取締役就任、2019年に創業300周年を機に長兵衛を襲名した

1.生酒ブームを牽引した『風の森』

[油長酒造]は1719(享保4)年に創業。もともと菜種油をつくる製油業を営み、油屋長兵衛と名乗った。油長の屋号はそれに由来する。
『風の森(かぜのもり)』は1998(平成10)年に山本さんの父にあたる先代が立ち上げたブランドだ。当時は流通が難しかった無濾過無加水の生酒に特化し、その美味しさは日本酒好きに大きなインパクトを与えた。

風の森 ALPHA1「次章への扉」
秋津穂 精米歩合70%。奈良の伝統技法、菩提酛で造る。アルコール分を低く設計しながら、一層の果実感や密度ある味わいを表現。「次章への扉」という名前は、このお酒がこれからの日本酒の可能性を広げ、日本酒の世界への扉となるよう名付けられた。

風の森 秋津穂 657
精米歩合65%。全量地元の契約栽培米、秋津穂を使用した風の森のスタンダード。搾ってそのままのボリューム感ある味わいが楽しめる。

「今から26年前、私の父が地元の方に楽しんでいただける本物の地酒を造りたいという思いでスタートしたのが風の森です。他にはない搾りたての生酒であれば、お客さんもついてくれるんじゃないかと。次の時代への種まきとなる新たなチャレンジだったのではと思います」と山本さん。

現在の酒母のルーツとなる「菩提酛(ぼだいもと)」での酒造りを行う奈良県内の蔵元有志『奈良県 菩提酛による清酒製造研究会(菩提研)』を設立したのもこの頃。
「当時は日本酒の需要が減ってきた頃でもあり、奈良のお酒とはどういうものか、どういう歴史背景の中で醸成されてきたのかを探したくなったのではないでしょうか。本能で美味しいと感じる生酒をお客様に提供したいと思ったり、先代自身色々なことに取り組んでいたのだと思います」。

2.100年先に棚田をつなぐために[葛城山麓醸造所]を新設

『風の森』に使用している米は、全体の75%が地元産の秋津穂と露葉風。名前の由来となった[風の森峠]の近くには秋津穂の棚田が広がり、現在その山裾に新しい蔵の建設が始まっている。

2024年夏に完成予定の[葛城山麓醸造所]は、蔵の隣に事務所を構える木造建築家、吉村理さんによるもので、吉野杉を生かした意匠は風景に溶け込むよう。

「100年先に棚田をつなぐをテーマに、今までよりもっと地元の農家やお米と深く関わることができる、そんな小規模な酒蔵を建てたいと思ったんです。日本酒の原料はお米なので、農業の持続性なしにお酒を造り続けることはできません。その農業が今、後継者不足などで危機にひんしています。県内に秋津穂の契約農家の方が30軒くらいあるんですが、その中でも御所市内の農家に昔のようにお酒造りに参画もしてもらう計画です。日本酒の力によってこの地の魅力を高め、農家にお金が還元できる仕組み作りをします。これによって棚田を100年先につないでいきます」。

3.醸造するのは精米歩合90%の『風の森』!目指すのは“複雑味”のある味わい

[葛城山麓醸造所]では、この秋から醸造を開始する予定。そこではほとんど米を磨かない精米歩合90%の酒造りを中心に行うんだそう。

「大地のエネルギーというか、土地の力を酒造りに生かすことができるという考えです。磨いて除いてしまうあの部分に一番最強なエネルギーが入っている。僕は『雑味』という言葉はもう15年くらい前から使わないことにしたんです。」と山本さん。

「頭に“複”って付けたらポジティブになる。そう“複雑味”です。苦味もえぐみもあって、でも美味しいと感じさせるバランスで作り上げるところが酒蔵の腕。磨いて磨いてシンプルにしていくと綺麗なお酒にはなるんですが、口に含んでいる時の充実感は米を磨いていないお酒の方にも魅力がそなわっていると僕は思います」。

4.新しいことをやるためには、古いことを知る必要がある

以前から『風の森』には精米歩合80%のラインナップがあったが、通常90%ともなると米が溶けにくく造りづらくなる。
そこで生かされたのが[菩提山正暦寺]に伝わる古典技法を再現したブランド『水瑞(みづはな)』での経験だ。夏造りにならった高温発酵でしっかりお米を溶かす、そして後半は低温発酵を行うという、いわば古典と現代技術の合わせ技。

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「歴史から学ぶことは多いです。私達の酒造りが、お坊さんたちやうちの先祖達の様な酒造りの先駆者が積み重ねてきたものの延長でありたい。」と山本さん。

「新しいことをやる時に古いことを知る。そして、それを現代の技法や考えと重ねながら次の世代に酒を伝えたい。今やっていきたいと思っているのは、歴史を掘り下げる事と新しい酒造り、根幹的なお米に寄り添いながらの酒造り。それがちょうど水瑞、風の森、葛城山麓醸造所の3つの事業になるのかな」。

5.これからの日本酒業界は“個”を極めることが大切

インタビューの終わりに、山本さんはわれわれを[風の森峠]に案内してくださった。
その名の通り風の吹き止まない、清々しい気の流れを感じる場所だ。葛城山や金剛山を遠くに望み、近くには農業神でもある風の神を祀る風の森神社が佇む。

目の前に広がる田んぼの風景を眺めながら、山本さんは話す。
「日本酒の消費量が全体的に減っても、僕たちの場合は規模が小さいので需要を自分たちで作り上げることができたら、なんとかそこのお客さんだけで商売させていただけるかな。でも本当に冷静に見ないといけないのは、日本酒業界は思った以上に小さいということ。上位の50社だけで、売り上げの半分以上を占めている。単純にあとの1000社で残りを分け合う状態です。そう考えると今の私たちは規模の拡大ではなく、消費量が減っていっても生き残れるよう、酒蔵それぞれが各々の個性を極めていくことが重要だと思います。そうする事によって生まれてくる多様性ある酒質がお客様の心を捉えるのだと思います。」

『風の森』を生んだ先代から蔵を受け継ぎ、いにしえの奈良酒を復活させて知見を現代に活かす十三代目。“地元に親しまれる地酒を”との思いが込められた『風の森』は、いまや全国の日本酒ファン垂涎の銘酒となった。これからも未来へ繋がる奈良酒の歴史に新たな1ページを加える存在として、進化を続けていくことだろう。

油長酒造株式会社
ゆうちょうしゅぞうかぶしきがいしゃ

住所 奈良県御所市1160番地
TEL 0745-62-2047
HP https://www.yucho-sake.jp/
※直接お酒の販売をしておりません

ライター/藤田えり子

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