酒蔵に聞く

日本清酒発祥の地で、寺院醸造の技法で醸す “水端”が誕生! 風の森で知られる[油長酒造(奈良県)]の挑戦に迫る

日本酒発祥の地が何処かは様々な見方がありますが、奈良もその一つなことは意外と知られていないのではないでしょうか。
[油長酒造]蔵元の山本長兵衛さんに奈良の酒造りの由縁と、伝統を踏まえて誕生した『水端』について伺いました。

  • この記事をシェアする

フレッシュな味わいの無濾過無加水生酒『風の森』で知られる[油長酒造(奈良県御所市)]。
今回は十三代目蔵元の山本長兵衛さんに、奈良の酒造りの由縁と伝統を踏まえて2021年に誕生したブランド『水端』へのチャレンジについて語っていただきました。奈良の日本酒の歴史と共に、いにしえの酒を再現した『水端』の魅力に迫ります。

この記事の紹介者はこちら

油長酒造株式会社 十三代目 山本長兵衛さん
プロフィール
1981年生まれ。関西大学工学部生物工学科卒業後、百貨店勤務を経て、2008年実家である[油長酒造]に入社。2014年に代表取締役就任、2019年に創業300周年を機に長兵衛を襲名した

1.なぜ奈良が「日本清酒発祥の地」と言われるのか

日本酒(清酒)発祥の地をうたう地域は、出雲(島根)、播磨(兵庫)、大和(奈良)、伊丹(兵庫)が代表的だ。

「奈良が日本の清酒発祥の地と言われる理由は、現代の酒造りの基礎となる技法を確立したことと容器に入れて流通させたからです。出雲は「ヤシオリノ酒」「灰持(あくもち)酒」などの多様性としての発祥をおっしゃっていて、伊丹は濾過精製(ろかせいせい)をしてより研ぎ澄ませたものを清酒としたからですね」と山本さん。

「日本酒が長い歴史をかけて進化し、さまざまな地域で造られてきたということを象徴するようですね」。

2.奈良の寺院が火入れと樽での流通をスタート!今に繋がる酒造りの始まりとは

はじまりは奈良時代、平城京内の造酒司では宮中で飲まれたり儀式のための酒造りをしていた記述がある。
当時、一般民衆が飲んでいたどぶろくのような酒は日持ちがしなかったらしいが、これが進化し現代に通じる清酒造りが始まったのは、その後のこと。

室町時代初期に書かれた『御酒之日記(ごしゅのにっき)』には、奈良の[菩提山正暦寺]で造られていた「菩提泉」という酒の製法についての記述が見られる。
お寺で当時清酒造りが行われていたということが分かる。さらに、もろみを搾って火入れを行い、これを樽に入れ、流通できる形にしたことを記しているのが興福寺塔頭の[多聞院]の僧が綴った『多聞院日記(たもんいんにっき)』だ。

「『多聞院日記』には、色々とお酒造りの記述があります。“1568年4月29日に酒袋9枚借りよせる”とあり、酒袋とはもろみを入れて搾る袋ですね。“5月1日に酒を上槽できた”と書かれています。今と同じ様にもろみを搾っていたということが、ここからわかります。」と山本さん。

「そして6月に入ると、“一度酒煮させて樽へ入れる”とあって、火入れをこの時代にもうやっていた。これはルイ・パスツールが低温殺菌法を発見する300年くらい前の話です。さらに、日本酒がこの頃には樽に入っていた証明です。樽に入れたお酒は流通することが可能になった。これが江戸時代に日本酒が一大産業化していくきっかけの一つとなったんです」。

3.寺院醸造の技法を探求するブランド『水端(みづはな)』

実は奈良の日本酒の歴史については、学者の研究対象にはなっていたが、最近まで一般にはあまり知られてはいなかった。
その流れが変わったのが、1996(平成6)年に奈良県内の蔵元有志が設立した『奈良県 菩提酛による清酒製造研究会(菩提研)』。[油長酒造]を含む酒蔵と[菩提山正暦寺]、奈良県が協力して、寺院で造られていた「菩提泉」を研究。現在の酒母のルーツとなる「菩提酛(ぼだいもと)」での酒造りを行っている。

2021年に[油長酒造]は国立文化財研究所と「文化財保護と普及啓発に関する協定書」を締結し、研究所が所蔵する文献をもとに、古代の再現プロジェクトも進行している。この様に奈良の歴史の中で登場した酒を探究するブランドが『水端(みづはな)』だ。

水瑞 1355
原材料は米と米麹、原料米は奈良県産の秋津穂。『御酒之日記』に記された[菩提山正暦寺]の技法を参考にした夏季醸造、0段仕込み。
2023年醸造は精米歩合90%、1200本限定で販売した。

この新たな試みである『水端』は、日本清酒発祥の地とも言われる奈良に残る古典文献を紐解き、現代の醸造家が再現。奈良の地に残る歴史を重んじ、忘れ去られた技法を復活させるといった[油長酒造]の中でも、古典技法を学ぶためのプロジェクトだ。

『水端1355』は[菩提山正暦寺]の技法による夏季醸造、『水端1568』は[興福寺多聞院]に伝わる技法を参考に冬季醸造したもの。
享保年間に建造され、100年近くお酒造りに使用されていなかった酒蔵を『水端』専用にリノベーション。蔵には、3石の大甕が並びすべて手作業で仕込みが行われている。

4.最新技術NFCタグで繋がる『水端』への想い

古典技法を再現した『水端』だが、2023年からは最新の技術が取り入れられている。美しい美濃焼の容器にはNFCタグが添付され、ブロックチェーン技術を活用した真贋証明や開封検知などのトレーサビリティ機能を有している。

「どうしてタグを採用したかというと、『水端』は現代の日本酒好きが飲んだ時に理解しづらい味なんです。特に『水端1355』は、夏季醸造で醗酵温度が30度以上なので、醗酵した果実のような香りがします。でもめちゃくちゃ美味しいんです。それを伝えるには裏ラベルだけでは足りないし、もっとこの酒が持つ歴史のコンテンツにお客様が近付けるようなものがあればと思ったんです」。

そこで採用されたのがNFCタグ。スマホでタグをタッチすると『水端』の情報やストーリーがマルチリンガルで表れる。(海外向け対応も可能。)さらに、どこで開封されたかの情報を把握できる仕組みになっている。

「地図上の最初のピンはお米の田んぼにあって、次は僕らの油長酒造、酒屋さん、最後は消費者さんのところにピンが立って、ピピピピと線で繋がるんです。そうするとみんながその輪の中に入るような感じがしませんか。将来的には、このお酒を買ってくださった方のコミュニティができたら面白いと思っています」。

「奈良にはこういう技術革新の歴史があったからこそ、現在の酒造りにおいても新しい知識と僕たちのアイデアでもっともっと美味しくできると考えています」。[油長酒造]のこれからの新しい挑戦にも期待がかかる。

関連記事はこちら

今秋、“風の森”の新たな酒蔵[葛城山麓醸造所]が稼働!進化し続ける油長酒造(奈良県)のこれから
♯奈良

油長酒造株式会社
ゆうちょうしゅぞうかぶしきがいしゃ

住所 奈良県御所市1160番地
TEL 0745-62-2047
HP https://www.yucho-sake.jp/
※直接お酒の販売をしておりません

ライター/藤田えり子

特集記事

1 10
FEATURE
Discover Sake

日本酒を探す

注目の記事

Sake World NFT