埼玉県[滝澤酒造]が取り組む”日本酒で世界を拓くAWA SAKE”の可能性に迫る
埼玉県深谷市で「菊泉」を醸す[滝澤酒造]が“理想の日本酒”を造り出すために選んだスパークリング日本酒の最高峰「AWA SAKE」。なぜスパークリングなのか、また日本酒業界が世界のワインに比肩するべく取り組む「AWA SAKE」とは?代表取締役であり蔵元杜氏の滝澤英之さんに話を伺った。
埼玉県深谷市の[滝澤酒造]が「一番ピークの状態の酒を形にしたい」という想いで目下取り組んでいるのが、スパークリング日本酒の最高峰である「AWA SAKE」だ。なぜ理想の酒として「AWA SAKE」を選んだのか?また、日本酒業界がポスト・シャンパーニュとして提唱する「AWA SAKE」とは?代表取締役/蔵元杜氏の滝澤英之さんにインタビューした。
INDEX
[滝澤酒造]初の蔵元杜氏として
この方に話を聞きました
- 滝澤酒造株式会社代表取締役・滝澤英之さん
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プロフィール早稲田大学教育学部出身。大学は日本史専攻。家業を継ぐことに強い意識はなかったが、当時流行した漫画『夏子の酒』に共感したことが酒造りへ入る決意のきっかけとなった。卒後は東京都の石川酒造と広島県の旧国税庁醸造研究所で酒を学んだのち[滝澤酒造]を継いでいる。趣味はカラオケでクイーン好き。酒イベントで自らが歌うこともあるそう。
文久3年に埼玉県小川町にて創業したのち、明治33年に現在の埼玉県深谷市に蔵を構えた[滝澤酒造]。敷地内に立つ高さ20メートルを超える赤煉瓦製の煙突は戦時中の空襲による機銃掃射の痕もわかり、時代をともに生き抜いてきた酒蔵のシンボルだ。六代目当主である滝澤英之さんは、平成19年に杜氏として就任している。
―滝澤さんが杜氏に就くまでは、別の方が酒造りをされていたのですか?
滝澤さん「それまでは南部杜氏の方が出稼ぎで来てくれていました。わたしが子どものころから同じ人がずっと続けてくれていて。わたしが広島(旧国税庁醸造研究所)から戻ったときからそのまま9年間、その方と一緒に酒造りしていました。その杜氏さんがいよいよ引退することになって、後任としてわたしがやることになったんです」
―それが[滝澤酒造]としての初の蔵元杜氏の誕生ですね。
滝澤さん「30年以上力を尽くしてくれた杜氏がいなくなり、自分が杜氏になったことには、ものすごいプレッシャーがありました。酒造りに関してはもちろん、蔵元だから経営もあるし、規模的に当時は営業も自分でやらなきゃならなかったし、地元での生業というのは地域の組織などもありますから。当初はいろいろなことがありすぎて、酒造りも失敗の連続でしたね」
「菊泉」は名バイプレーヤー
―酒造りには、どんな想いで取り組まれていますか?
滝澤さん「実家に戻った当初は、変わったことをするよりもまずはスタンダードな酒造りの技術を上げる必要性を感じていたので『鑑評会できちんと受賞できる大吟醸を造れるように』という想いがありました。もちろん今もその気持ちは持ちつつ、ですが、近年は『菊泉』の通常ラインナップのお酒については、名脇役のような酒を目指して造っています。今、市場で受けているジューシーなお酒はインパクトの強い主役級で、芸能人でいうとアイドル的存在。でも、うちではバイプレーヤーのような酒が目標。料理を引き立てて、酒自身の香りは控えめで。それでも飲んでみると味わいにキレがあって、飲んだあとにちょっと印象に残るような、渋い俳優のイメージです。『孤独のグルメ』の松重豊さんのような(笑)」
―バイプレーヤー、わかりやすい例えですね!
滝澤さん「あとからしみじみ『いい酒だね』と言ってもらえるようなものを目指しています。ただ、スパークリングについては、また別の話になるんですけどね」
「菊泉 ひとすじ」は、日本酒で世界を拓く「AWA SAKE」
滝澤さんの言う「スパークリング」というのは「菊泉 ひとすじ」シリーズのことだ。「菊泉 ひとすじ」は「AWA SAKE」と呼ばれる特別なスパークリング日本酒。全国の蔵元が集結した団体「一般社団法人awa酒協会」が提唱する、世界を魅了する乾杯酒である。現在[滝澤酒造]が最も力を入れている、この「AWA SAKE」について伺った。
―awa酒協会とはどのような団体なのですか?
滝澤さん「元々、ちょうど弊社もスパークリングに取り組んでいた頃に、世界で最初に透明な瓶内発酵のスパークリング日本酒を開発された永井酒造さん(群馬県)が『フランスのシャンパン委員会のような団体を作って、世界に認められる酒を発信したい』と、弊社含め全国の酒蔵に声掛けをされたのがきっかけで、2013年から酒蔵9社が合同で準備が始まり、2016年に設立しました。現在は加盟が30社を超えています」
―ひとくちにスパークリング日本酒と言っても、炭酸ガスを注入するタイプ、活性にごりタイプ、瓶内二次発酵タイプと種類がありますが「AWA SAKE」とは具体的にどのような特徴があるのですか?
滝澤さん「基準が細かく設けられていますが、主な点では瓶内二次発酵タイプで、デゴルジュマンという澱引きの工程により透明なお酒であることが特徴です。これはシャンパンと同じ製法です。フランスのシャンパンが非常に高級なイメージを持っている理由のひとつに、透き通った液体という部分があるんですよね。ハレの席にふさわしいというか」
―[滝澤酒造]が「AWA SAKE」に挑んだきっかけや経緯をお教えいただけますか?
滝澤さん「石川酒造でお世話になっていた頃に、今の『菊泉 ひとすじ』のヒントがありました。当時、お酒の成分分析を任せてもらえるようになったときがありまして。毎日のチェックで日々発酵の変化が確認できるんですが、その中で『このタイミングが一番いいな』と思えるときがあったんです。甘味と酸味、それから発酵で発生するガスの発泡感のバランスのクライマックス。それを商品化してみたいと思ったのが『ひとすじ』の原点です。それでスパークリングに取り組んだ最初の商品が『彩(さい)のあわ雪』というにごりタイプのものでした。その頃に永井酒造の永井社長に声をかけてもらっているんですが、永井酒造の開発した『水芭蕉ピュア』が非常にセンセーショナルで、いつかはこんな酒を造りたいという気持ちもありました」
―現在の「菊泉 ひとすじ」はどのようなお酒ですか?
滝澤さん「awa酒協会の『AWA SAKE』の中にもいろいろなタイプがありますが、どちらかと言えば淡麗でドライなものが多いです。その中で『ひとすじ』は、各社の『AWA SAKE』を座標軸で表すと、もう別次元にあるような味わいです」
―数値の面で言うと、日本酒度がかなりマイナス、また酸度も非常に高いですよね。
滝澤さん「そうなんです。その甘さと酸味がまさに弊社の特徴で、もう狙い通りといいますか。『ひとすじ』に関してはインパクトある“主役”という気持ちで考えています」
―ルールという制約の中での個性の出し方、というのが各蔵あると思うのですが、製法については「ひとすじ」独自の特徴はありますか?
滝澤さん「小仕込みで単一の醪(もろみ)を4本立て、それぞれにA・B・Cという3種類の酵母を別々に使用します。酵母が持つ発酵力が各々違うので、例えば、その中で発酵力の強いものを抽出し、それを二次発酵用の澱(おり)として使用しています。1本の醪の中に酵母をブレンドして使用すると、強いものが勝ってしまうので、それぞれの酵母の個性を生かすためにこの方法にしています。また二次発酵に使用する澱も他社に比べてかなり少ないのが特徴です。本来澱が少ないと二次発酵でガス圧が上がりにくいのですが、『ひとすじ』は甘くグルコースが多いことで、酵母にとっての餌が多く残っているので、圧を上げられるんです」
―「AWA SAKE」の製法の厳格な基準の中で出せる、個性ですね。
滝澤さん「シャンパンと比べても、日本の酒税法含め、日本酒そして『AWA SAKE』のルールは厳しいです。米だけで勝負するしかない中でバリエーションを増やせたらいいと思うのが個人的な想いです」
SakeworldNFTに登場する「菊泉」のAWA SAKE
菊泉 ひとすじ
精米歩合:60%
原料米:さけ武蔵、五百万石(いずれも埼玉県産)
アルコール度:12度
日本酒度: -30
酸度:4.8
「発泡性清酒の製造方法」として特許を取得(特許第6611181号)、[滝澤酒造]として造る「AWA SAKE」のスタンダード。純米酒本来の旨味と、甘味と酸味の調和が特徴的な酒だ。
菊泉 ひとすじロゼ
精米歩合:60%
原料米:さけ武蔵、五百万石(いずれも埼玉県産)
アルコール度:11度
日本酒度:-45
酸度:3.8
精米歩合は「ひとすじ」と同様だが、赤色酵母を使用していることでイチゴのような甘い香りが魅力。まろやかな味わいはスイーツとも相性がよいとのこと。
菊泉 ひとすじレイ
精米歩合:35%
原料米:五百万石(埼玉県産)
アルコール度:12度
日本酒度:-35
酸度:4.5
埼玉県産の酒米を35%まで磨いた「ひとすじレイ」は、大吟醸の風格と米の膨らみを持ち合わせる絶妙なバランス。冷蔵で3年寝かせてから出荷することで重厚感も得られ、唯一無二の酒に仕上がっている。
―これらの酒をSakeworldNFTでは‐5℃のセラーで零下管理しますが、それによる酒質や味わいの変化の予想などはありますか?
滝澤さん「例えば、『ひとすじレイ』の弊社での熟成は0℃なんですが、その後‐5℃の保管となると熟成のスピードが緩やかになりますよね。希望的観測も含め、よい状態で変わっていくとは思いますね」
―「ひとすじロゼ」の零下熟成は、個人的に興味があるのですが。赤色酵母使用のお酒を熟成させる、という試みはあまり聞いたことがないので…。
滝澤さん「そうですよね。赤色酵母の酒は通常にごりが多く、どこも季節商品としてフレッシュなものを出しますから。実は、赤色酵母の欠点として温度や光に弱いという面があって、常温では2か月ぐらいで色が黄色く変色してしまいます。でも逆に言うと、5℃以下の低温保存をすれば色合いが保たれるので、‐5℃の零下ならさらによい環境下になり、色抜けなく綺麗なピンク色を長期でキープできそうですね」
SakeworldNFTに登場する「菊泉」の熟成酒
菊泉 大吟醸秘蔵酒
精米歩合:40%
原料米:山田錦(兵庫県産)
アルコール度:16度
日本酒度:+5
酸度:1.2
気品ある青りんごや洋梨のような香りが、穏やかで控えめに香る。余韻が短くすっきりとキレがよいタイプの大吟醸に、寝かせることで熟した果実のような奥行きと落ち着きが生まれている。
―この秘蔵酒をSakeworldNFTのセラーで保管するとどうなりそうですか?
滝澤さん「そもそも冷蔵で5年以上寝かせていますが、あまり濃い色もつかずかなり綺麗な状態なんですよ。古酒というより上品な熟成酒といったイメージなので、その方向性が保たれると思います」
理想の酒を「楽しめる」空間作りを
―今後目指していることや、予定などはありますか?
滝澤さん「『AWA SAKE』としては日本酒の未来を切り拓いていけるものだと考えていますが、酒そのものだけではなくて、イベントとコラボしたり地元の異業種産業といっしょに盛り上げていきたいという気持ちがあります。実は直売店も改装の予定なので、楽しめる空間を作りたい。蔵見学をするのと同様なちょっとした感動を得られるような場を提供できるようになるのが目標です」
造りたい酒や思い描くビジョンがこちらの目にも浮かぶような、軽快な語り口でお話ししてくれた滝澤さん。技術と人柄が詰まった「菊泉」と理想を求めた「ひとすじ」をぜひ多くの人に味わってほしい。
ライター :水戸亜理香
東京在住/日本酒・日本語ライター、日本語教師、日本酒テイスター
日本語と日本酒の「二本(日本)柱」で活動するライター兼教師。好きな銘柄は「やまとしずく」で、秋田県への愛が強め。
酒類以外の趣味は、ファッションと香水。保有資格:SAKE DIPLOMA・日本酒学講師・唎酒師・日本語教育能力検定試験