【豆知識】菌欲は禁欲!~立ち入り菌止の酒蔵~
10月に入り、多くの酒蔵で酒造りがスタートしました。 今回は、酒造期だから見学したいという方に向けて、酒蔵が持ち込まれると迷惑な菌のお話です。
早生(わせ)、中生(なかて)、晩生(おくて)。稲が順に頭(こうべ)を垂れ、収穫のときを待つ秋、酒蔵では、隅々にまで目を光らせた清掃、細部に至る道具の洗浄など、酒造期に向けての準備が始まります。
秋に酒造期を迎えることの多い小さな酒蔵では、これを “ 秋洗い “という言葉で表し、酒造りにおいて有用ではない菌を繁殖させないための重要な作業として勤しんでいます。
麹菌、酵母、乳酸菌・・・ 肉眼では見ることの出来ない微生物の力を借りて行う酒造りの現場では、健やかな発酵を邪魔する微生物(菌)を持ち込むことはタブーとされています。
今回は酒蔵と菌のお話しです。特によく耳にする迷惑菌を、その理由を添えて解説いたします。
この方が解説します
- 杜氏屋主人・プロデューサー中野恵利さん
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プロフィール1995年、大阪・天神橋筋に日本酒バー「Janapese Refined Sake Bar 杜氏屋」を開店。日本酒評論家、セミナー講師、作詞家としてさまざまな分野で活躍。
● 事情が変わりつつある納豆菌
忌み嫌われる代表格と言っても過言ではない納豆菌。でも、それって今は昔。現在では、少々事情が変わってきています。
納豆菌がNGとされる理由の一つとして、高い繁殖力が挙げられます。納豆菌と麹菌は、生育に適した環境が酷似しています。例えば、麹室に納豆菌が入り込み、米に付着したとしましょう。高い繁殖力を誇る納豆菌は麹菌を凌ぎ、培地を奪われた麹菌は繁殖できず、米はスベリ麹(粘り麹・ヌルリ麹とも)と呼ばれるようになります。ぬるぬると滑るような感触がしたり粘ったりする、まさに納豆のような麹になってしまい、酒造りに利用できなくなってしまいます。
また、ひとたび侵入した納豆菌は、高温や乾燥に強く、熱湯消毒や洗剤を用いた洗浄に負けることなく生き延びるタフさを見せつけ、酒蔵に棲みつき、長きに渡っての災難をもたらしたのです。
ところが、強い野生の納豆菌を使っていた頃とは違い、徹底した衛生管理のもと、清潔な環境となった製造現場で使用される純粋培養された納豆菌は、少々ひ弱になったため昔ほど悪さをしなくなったのです。また、精米の行き届いた米は、納豆菌の大好物であるタンパク質が少ないことも繁殖力を削ぐ一因となりました。
加えて、納豆菌が土壌や植物の常在菌である枯草菌の一種であるにも関わらず、稲藁を練りこんだ土壁であることが多かった麹室の内装も、現在では、美しく製材された木、ステンレスや樹脂といった素材に変わり、衛生的な環境が保ちやすくなったため、納豆菌を忌み嫌う酒蔵ばかりではなくなりました。酒造期でも納豆を召し上がる酒造家を私は幾人も知っています。
● 納豆よりも食べてほしくない!?
では、「納豆はいいけど、チーズとヨーグルト、キムチ、漬物は食べてこないで!」という注意喚起についてはいかがでしょうか。
これらの発酵食品には乳酸菌が含まれています。乳酸菌は酒造りの過程で雑菌に対する防衛隊になってくれる一方、その仲間には “ 火落ち菌 “ という、酒質に悪影響を与え、アルコールに浸かっても繁殖できる厄介な種類があります。しかし、これについても近年、いくつかの楽観視できる理由が見当たるようになりました。火落ち菌は、1990年代以降、精米歩合が高くなり、餌としたビタミン類やアミノ酸が減少し、生き残るために栄養補給の対象を変え、わずかに変態した可能性が指摘されています。光学顕微鏡の倍率300倍で見ることが出来る清酒酵母に比べ、その姿を確認するには1000倍の倍率を必要とする火落ち菌は、日本醸造協会で頒布される火落ち菌検出液で調べることが出来ます。
生きとし生けるものは、変遷に対応し、生き残りを賭けて変態していきます。強いものが弱くなったり、弱いものが強くなったり…… その現実を認めたうえで、余計な菌を持ち込まないようにするのがマナーだと覚えてくださいね。