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船でしか渡れない田んぼ!?琵琶湖に浮かぶ水田で栽培する酒米「渡船」の田植えをレポート!

日本酒の原料は水とお米。例年4月〜6月に入ると全国各地の田んぼで田植えが始まり、秋に収穫されたお米を使った酒造りがスタートします。
本記事では滋賀県近江八幡市に存在する「権座(ごんざ)」での田植えをレポート。権座は琵琶湖に浮かぶ、船でしか渡ることができない全国でも珍しい田んぼです。

権座 アイキャッチ
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日本一の大きさを誇る琵琶湖の東岸に位置する内湖。ここには船でしか渡れない飛び地の田んぼ「権座」が存在しています。「国の重要文化的景観」「にほんの里100選」にも選定されており、その豊かでなつかしい風景は農業の原風景を現代に伝えているといえるでしょう。

2008年より「権座」では、かつて幻の酒米と呼ばれた「渡船」を栽培。育てられたお米は全て、滋賀県東近江市に蔵を構える喜多酒造の手によって日本酒へと姿を変えます。

本記事では5月11日(土)に行われた「権座」での田植えの様子、そしてこれまでの取り組みについて取材。日本酒造りに欠かせない「お米」作りの現場をレポートします!

この方に話を聞きました

権座 大西様

権座・水郷を守り育てる会 事務局長 大西實さん
プロフィール
滋賀県近江八幡市出身。酒米の栽培を通じ、日本の原風景としての「権座」を後世に残すための活動に尽力する。

船でしか渡れない水田「権座」

琵琶湖の東南岸周辺には、かつて島状の田んぼが点在しており多くの農家は船を利用して田んぼに通っていた。

権座

▲昭和37年の権座航空写真(大西様より提供)

しかし1960年代を境に、食糧増産を目的に各地域で干拓による土地拡大が進められる。

そのため島状の田んぼの多くは陸続きになり姿を消したのだが、地理的に干拓が困難であった「権座」だけが湖中の田んぼとして現代にまでその姿を残すことになったという。

権座 上空写真

▲現在の権座上空写真(大西様より提供)

今でも権座へのアクセス方法は船だけであり、それは人も機械も同じ。

苗床や田植え機など全てのものが船で慎重に運ばれるのだ。

権座

▲陸から船で運ばれる農作業用の機械(大西様より提供)

現在、権座は農業の原風景を現代に残すとして「国選定重要文化的景観」や「ラムサール条約登録湿地」などに登録されている。

「もともと食用米を栽培していたのですが、船でしか渡れない珍しい田んぼということで次第に注目を集めました」と大西さん。

そうした中、さらなる認知度向上、そして権座の環境保全を強化するための取り組みに注力していくことになった。

権座

滋賀県農事試験場が純系選抜した酒米「渡船」を栽培

2007年の秋、大西さんは権座の認知度を向上させるため「権座コンサート」として、クラシック音楽などの演奏会を開催。1回限りの開催で考えていたが、想定以上に評判が良く翌年の実施を望む声があったという。

「2.5ヘクタールの敷地に850人も来る想定以上の盛り上がりだったのですが、毎年のコンサート開催は難しい。そこで権座の認知度を高めるために何かできることはないかとプロジェクトを立ち上げたんです」と大西さんは振り返る。

そうしたタイミングで県の農業試験場が「渡船」という酒米を復活させていることを知ったという。

権座

「渡船」は昭和初期まで滋賀県の奨励品種として盛んに栽培されていたが、背丈の高さから倒伏しやすく、次第にその数を減らしていくことになった。

栽培リスクを含んだ品種だが、「渡船」で造った日本酒は美味しいと聞いた大西さん。

「『質より量』から『量より質』の時代に変わってきた。便利な時代の中、不便であるからこそ生まれる価値は権座をクローズアップすることに最適だと思ったんです」

権座で栽培した渡船で造った日本酒を販売し、その数パーセントを活動費として利用する。こうした循環を目的として、2008年春にはじめて権座での酒米栽培が始まったのだ。

「船でしか渡れない田んぼに『渡船』という品種。ピッタリの名前だとみんな共感したんですよ。そして、権座をどうすれば守れるかというアイデアを考えているタイミングだったので、まさに『渡りに船』でもありました」と大西さん。

権座

権座はかつて、「御田(おんだ)」と呼ばれていたことがあったという。

「詳しく分析したわけではないですが、昔からここで取れるお米は美味しいと言われていたようです。神に捧げる重要なお米を作っていた記録も残っています」と話す大西さん。

土壌条件が酒米の特性に与える影響は大きいと言われている。土地から離れた環境、琵琶湖の上という特殊な環境も渡船にとってプラスに働いているはずだ。

権座

喜多酒造の銘柄「権座」として使用される

権座で栽培された渡船は全量、滋賀県東近江市に蔵を構える喜多酒造にて「権座」銘柄として醸される。「喜楽長」銘柄で全国的に有名な酒蔵だ。

「当時、8代目蔵元として活躍していた喜多良道さんからは『儲け目的ではなく、社会貢献。権座を守ろうという目的のためにやるのなら協力しますよ。』と言われました。当然儲けは関係ありません。栽培コストと収益がトントンなら良いと考え、現在の価格(4合瓶:1,600円、一升瓶:3,200円※税抜き)を設定しました」と大西さん。権座 ラベル

ラベルには手漉きのヨシ入り紙が使用されている。琵琶湖ではイネ科植物である「ヨシ」群落が有名だが、現在ヨシ原の数も減少しつつあるという。ヨシの保全、活用に繋げるために細かい部分にも気を使った配慮が感じられる。

「全国各地に地酒は星の数ほどあります。なので最初は3年、長くても5年続けばいいだろうと考えていました。それがもう16年目に入っている」と話す大西さん。

例年3月には「新酒を楽しむ集い」として、新しく出来上がった日本酒「権座」での乾杯が実施される。コロナ禍により5年ぶりの開催となった2024年3月には、県内だけではなく関東方面からも総勢150人のファンが詰めかけ多いに盛り上がった。

「権座」を通じた取り組みは酒米、日本酒による地域貢献として大成功を収めていると言えるはずだ。

権座 ラベル

令和5年度に収穫された「渡船」を使用した権座をいただいた。グラスに注ぐとマスカットや巨峰のようなフレッシュ感と同時に、白桃やバナナのようにまったりとした甘さを思わせる香り。わらび餅やマシュマロのような原料由来の香りも力強く、濃縮感に溢れた印象を抱く。

一口に含むとまろやかで丸みのある甘みが感じられ非常に上品。中盤からコクのある複雑な旨味が広がり、どっしりした酸が余韻として残る。米の旨味を存分に楽しめる、非常にパワフルで力強い味わい。キリッと冷やしてもよし、お燗を付けてもよしと幅広いシーン、料理に合わせられる1本だ。

「権座・水郷を守り育てる会」を中心にブランド価値を高める

2008年10月に「権座・水郷を守り育てる会」が発足。日本酒の生産、販売から様々なイベント活動を展開している。

権座が位置する白王(しらおう)町をデザインしたTシャツを着て作業する方も。「いろいろな人が権座に足を運んでくれるので、一度決まった服を作ったんです」と話す。

権座

10年以上もの期間、「権座」を通じた活動を実施できている要因の一つとして後継者の存在は大きいという。

「『なんでこんな不便な田んぼで農業をしないといけないんだ』と言っていた子たちが頑張ってくれている。すでに次の世代のことも考えるなど、情熱を注いでくれていることはありがたい」と大西さんも話す。

権座

今年の収穫予定は10月前半が予定されている。その後は喜多酒造の手により精米され、日本酒へと姿を変える。

「去年は天候不良などで収穫量が少なかった。今年はたくさん取れるようにしたいなと思います」と意気込む大西さん。

全国の「権座」ファンが今から来期の味わいを楽しみにしている。今後も権座の取り組み、ブランド価値向上へ向けた活動に注目したい。

ライター :新井勇貴
滋賀県出身/SAKE DIPLOMA・日本酒・焼酎唎酒師
酒屋、食品メーカー勤務を経てフリーライターに転身。好みの日本酒は米の旨味が味わえるふくよかなタイプ。趣味は飲み歩き、料理、旅行など

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