【杜氏屋】
大阪で約30年続く純米酒バー。
蔵元から信頼厚い[杜氏屋]で
地酒と滋味深い料理に時を忘れる
1995年、全国でもまだ珍しかった日本酒バーとして開店。取り扱うのは各地の地酒で、純米酒のみ。日本酒好きはもちろん、日本酒ビギナーにもやさしく指南してくれるお店だ。
1. 洋酒好きが純米酒の旨さに開眼しオープン
賑やかな天五中崎通商店街から北へ伸びる通りに入ると、軒先に木の樽が置かれた店がある。本サイトの日本酒マメ知識コラムでもおなじみの、中野恵利さんが営む日本酒バー「杜氏屋」だ。この木の樽は、醪(もろみ)を温めるための暖気樽(だきだる)で、懇意にする酒蔵から譲り受けた珍しいものだという。全国約700の酒蔵と交流し、およそ30蔵から直接仕入れも行っている「杜氏屋」ならではの風景が入り口から楽しめる。
カウンター10席のお店だが、年間に扱う日本酒は約700アイテム。そのすべてを中野さんが自ら試飲して仕入れている。「試飲して注文しないものもありますから、総試飲数は2000を下らないですね」とニッコリ。さすが、ある蔵元から「日本一の酒飲み」という異名を与えられた中野さんらしい。
実はもともとワインを中心とする洋酒党の中野さん。転機は1995年の阪神淡路大震災。地震後、いつもワインを買う酒販店を訪れ、たまたま日本酒の棚に目をやったところ、店主が「そのお酒はもう飲まれへんかもしれん、蔵が地震で潰れたんや」と話した。「妙な正義感に駆られて、何の足しにもならないけれど、そのお酒を買って帰ったんです。飲んでみたら、こんなおいしい日本酒があったとは!?とびっくりして」。それは純米酒だった。これまで飲んだことのある日本酒は醸造アルコールや酸化防止剤、糖類などが添加されたもので、それとは全く異なる味わい。米と米麹と水だけでつくる純米酒のおいしさに目覚めた瞬間だった。
「醸造アルコールを否定するわけではないですが、私は体質的にアレルギーがあるようで、それを含むお酒を飲むと調子が悪くなるんだと気付いたんです。それで、自分の飲めるお酒を集めていったら“純米主義”になりました」。そのわずか数か月後、[杜氏屋]をオープン。「当時周りには日本酒、それも純米酒だけを扱うバーはなかった。ないなら、自分でつくろう!って」とサラリと話すが、その熱量には驚かされるばかり。
2. 酒を引き立てる、素材を活かしたメニューの数々
そんな中野さんの舌で確かめ、仕入れた全国各地の純米酒とともにぜひ味わいたいのが、夫の高取良輔さんが腕を振るう料理。開店当初から店を手伝っていた高取さんだが、やがて料理の腕をもっと磨くため修業に出ることを決断。[ホテルニューオータニ大阪]で約3年経験を積み、その後、店にカムバックした。和食にとどまらず、その確かな技量でパスタやシチュー、麻婆豆腐など、幅広いジャンルで提供する料理にファンも多い。
「お酒が主役ですから、料理を前に出す気はありません。ただ日本酒好きに舌が肥えている人は多いので、上質な素材を使うのは絶対ですね」と高取さん。日本酒自体が、米と水という自然のものからつくられるからと、化学調味料は一切使わない。「お酒を飲んでもらうのが主なので、料理はできるだけ安く提供したい……だからうち、めっちゃ料理の原価率高いんですよ(笑)」。
謹製たまご焼き 600円
創業以来の定番人気は、神戸出身の高取さんが神戸でよく食べたという「明石焼」をヒントに考案。羅臼昆布と枕崎の花かつおで丁寧にとった出汁を塩と醤油で味を調えたスープは、だし巻き卵と相性抜群。ほっとする味わいで、日本酒もすすむ。
タコのタタキ 700円
淡路島産タコを湯引きしてタタキに。茎わかめと紫蘇、マイクロトマトにスダチを添えて。表面はコリッ、中は軟らかいタコと爽やかなポン酢が絶妙で、暑気払いにぴったり。普段から魚介類は淡路島産を中心に使っている。
皮付きヤングコーンの天ぷら 400円
ひげも蒸してあり、まるごと食べられるヤングコーン。オカヒジキの天ぷらとともに、淡路島の天然塩で。カリッとした食感とやさしい甘みに箸が止まらない。天ぷらは人数に応じて、盛り合わせもオーダーできる。
3. 舌の満足を追求する酒処では、うんちくも佳肴
黒板には定番の銘柄が書かれているが、そこに書かれていない銘柄も多数スタンバイしているのがこの店の楽しみ。「気になったアイテムを注文してくださっても、『甘いの』『軽め』『どっしりした感じ』など、好みを伝えてくださってもいい。その日の気分を伝えていただいてもお選びします」。希望を伝えると中野さんがお薦め銘柄の瓶を出し、その味わいやお酒が生まれた背景などもあわせて教えてくれるのが嬉しい。日本酒ビギナーでも、アルコール度数が低く口当たりのやさしい銘柄がたくさん用意されているので、口に合う一杯と必ず出合えるはず。
中田屋PINK 100cc・660円~/佐藤酒造店(埼玉県)
愛らしく楚々とした雰囲気の純米吟醸酒。「この酒蔵のすぐ近くに梅林があるんです。そこから何か飛んできているのか、こちらのお酒は中心の部分に品のいい梅の香りを感じさせるんですよ」と中野さん。
山頭火 100cc・660円~/通潤酒造(熊本県)
内側からじわっと染み出てくるような旨みを感じる純米原酒。「加水していない原酒。冷酒でも、常温でも、お燗でも、全温度帯に対応できるように火入れをしてあるお酒です」。ラベルに印刷されているのは種田山頭火の俳句で、ロットにより句が変わるそう。
博多練酒 100cc・660円~/若竹屋酒造場(福岡県)
「1400年代の造り方を復古したお酒。室町時代にはこういうお酒が飲まれていたのだろうと思いを馳せることができます。アルコール度数は3%なので飲みやすいですよ」。ヨーグルトのようなとろりとした酸味、やさしい甘みで、思わずスイスイ飲んでしまう。
カルチャースクールの日本酒講座を長年担当する中野さんの日本酒の知識は、酒蔵が驚くほど膨大。だからこそだろう、日本酒に対する姿勢はいたって自由だ。「お酒の味わい方に正解はないんです。だから好きな飲み方をリクエストしてください。アルコール度数の高いお酒に水を入れても、氷を入れてもいい。実際、蔵元さんの中にはご自身の蔵の仕込み水を出張に持参して、お店で日本酒を飲む際にはその水で水割りをつくって飲む人もいますから」。
日本酒に親しむ人を懐深く受け入れ、全国各地の蔵元との親交が深い中野さんならではの秘話がいろいろ聞けるのもこの店の醍醐味。おいしい純米酒と料理、そしてお酒にまつわるうんちくを楽しみながら、思わず時を忘れて過ごしてしまう一軒だ。
杜氏屋
- 住所
- 大阪市北区黒崎町7-13Googlemapで開く
- TEL
- 06-6371-0979
- 営業時間
- 月・水曜18:00〜22:30(LO)、 火・木・金・土曜17:00〜22:30(LO)
- 定休日
- 日曜