念願の醸造所をオープン![SAWTELLE SAKE/ロサンゼルス]がポップなSAKE缶で拓く未来
SAKEをもっと身近に、気軽に手に取れるように――。ロサンゼルスの新鋭酒蔵[SAWTELLE SAKE]が目指すのは、アメリカの“日常酒”としての地位。醸造所オープンまでの経緯や色鮮やかな缶に込めた想い、アメリカで花開く新しいSAKEの物語を取材した。

アメリカで造られるSAKEを調べる中で、ポップなカラーと、珍しい缶の形態がひときわ目を惹くものがあった。造っている酒蔵の名前は[SAWTELLE SAKE]。一体、どんな人が何を想って造っているのか?――その答えを探すため、2025年春に完成したばかりのロサンゼルスの醸造所に初潜入した。
この方に話を聞きました

- SAWTELLE SAKE CEO, Founder/Troy Nakamatsuさん(左)COO, Co-Founder/Maxwell Leerさん(右)
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プロフィールTroy Nakamatsuさん
金融業界での勤務を経て、2019年にSAWTELLE SAKEを創業。現在は酒造りを担当。
Maxwell Leerさん
輸入会社での日本酒販売の仕事を経て、2020年にSAWTELLE SAKEに参画。現在は経営を担当。
異業種から挑んだ[SAWTELLE SAKE]誕生秘話
2019年にロサンゼルスで創業した[SAWTELLE SAKE(ソーテル・サケ)]は2025年春、ロサンゼルスの中心地であるダウンタウンに念願の醸造所をオープンした。
[SAWTELLE SAKE]の名前は創業当初、麹室を置いていたSawtelle(ソーテル)という地区に由来する。Sawtelleは「リトル・オーサカ」とも呼ばれ、ダウンタウンの「リトル・トーキョー」と並んで日系の飲食店やショップが集中するエリアだ。2019年に[SAWTELLE SAKE]を創業した当時は、醸造免許取得の都合上、麹室とオフィスのみをSawtelleに置き、仕込みは別の街の蒸留所を借りて行っていた。

Sawtelleにあった以前の麹室の様子(写真提供:SAWTELLE SAKE)
この場所に初めての醸造所をオープンするまでの経緯を、杜氏を務めるTroy(トロイ)さんはこう振り返る。「元々、金融業界で投資の仕事をしていましたが、ホームブリューイングがきっかけでSAKEの世界に足を踏み入れました。造りが複雑になるのに伴って仕込み量が増え、2019年に会社を立ち上げました」
その後、ニューヨークの輸入会社で唎酒師として日本酒の販売の仕事をしていたMaxwell(マクスウェル)さんが2020年に参画し、経営を担当することとなった。「SAKEがアメリカで広く愛されるためには、その定義を多様化させる必要があると考えていた時期にTroyと出会いました。全てはタイミングで、彼と出会うのがそれ以上遅くても早くてもダメだったと思います」(Maxwellさん)

米の農場を視察するTroyさん(中央)とMaxwellさん(左端)(写真提供:SAWTELLE SAKE)
Maxwellさんの協力を得て売り上げは順調に伸び、製造量を増やすため、二人は自社の醸造所を作ることに決めた。2020年の暮れから土地や設備を探し始め、2024年2月に現在の場所に引っ越してオープンの準備を進めてきた。
最新設備の醸造所を訪ねて
[SAWTELLE SAKE]の新しい醸造所はランジェリーショップの跡地に建つ。四方を建物に囲まれ日陰になっているため、暑いロサンゼルスでも酒造りに適した低い気温を保つことができるという。
Maxwellさんに中を案内してもらった。
仕込み蔵の外には、繊細な温度管理が要求される麴作りの際に泊まり込みで作業ができるよう、シャワールームと仮眠室が用意されている。壁に目を向けると大きなコントロールパネルが存在感を放つ。仕込み蔵にはいたるところにセンサーが取り付けられており、リモートでいつでも状況を把握できるようになっているという。
仕込み蔵は2階建てで、1階に甑や仕込みタンク、ヤブタ式圧搾機があり、2階に麹室が設置されている。1階で蒸した米はリフトで2階に運ばれ、麹室での作業の後、出来上がった麹がシューターで直接醪タンクへと落とされる仕組みだ。限られた人数で多くの量を生産するため効率的な動線になっており、製造量は以前の約9倍に増えるそう。
「ただ闇雲に製造量を増やすのではなく、お酒の品質にしっかりと目が届く範囲で造りたいと思っていました。そのため、タンクのサイズを大きくするのではなく仕込み回数を増やす方法を取りました」とTroyさん。訪問した日はちょうど、移転して初めての麹作りを翌週に控えており、現時点では月に3回程度仕込みを行う予定だという。

麹室の床(とこ)の脚やヤブタ式圧搾機は地元球団のチームカラーにちなんだ「ドジャーブルー」に塗られているという遊び心も。
ハードセルツァーに対抗するSAKE造り
[SAWTELLE SAKE]の製品でまず目を惹くのは鮮やかなカラーリングと、日本酒の世界では珍しい缶の形態だ。このスタイルの目的を、Troyさんはこう話す。
「私達の一番の目的は、今まで全くSAKEに興味がなかった人々にまずは飲んでもらうことです。SAKEらしさを前面に出しすぎると手に取ってもらえないので、あえてビールのようなラベルデザインと缶のスタイルにしました」
現在、アメリカではスピリッツに果汁や甘味料を添加した、アルコール度数が5%前後の“ハードセルツァー”が大人気だとMaxwellさんは言う。
「私達のSAKEをハードセルツァーに対抗できるものにしたいと考えています。そのため、多色展開をしているハードセルツァーを意識し、4色展開にしました。スーパーの棚に並んだ時に、1色では存在感がありませんが4色だと目立ちやすいというメリットもあります。消費者にとって身近なスーパーでの売り上げを伸ばすことが、SAKEのマーケットを広げる上で最も重要だと考えています。日本から輸入される日本酒が多く入っている日系ではなく、現地系のスーパーに卸しているのはそのためです」

初期のラベル(右)の達磨は両目が入っているが、「自分達の理想は完成することなく、常に追い求めるものである」という意思を反映し、現在のラベル(左)の達磨は片目のみになっている。
ラベルデザイン、容量、販売場所、それら全てが「消費者のSAKEへのハードルを下げる」ための戦略のもとに設計されている。
カラフルな定番銘柄5種
SAKEに馴染みがないアメリカの消費者にもまず手に取ってもらえるようにと、缶シリーズでは副原料として砂糖や果汁を使い、アルコール度数は通常の清酒の半分以下である7%に抑えている。更に炭酸を入れることでビールやスパークリングドリンクのような爽快感を加え、飲みやすさを意識した。
消費者には缶シリーズから入った後、炭酸を入れておらずより伝統的な清酒に近い味わいである瓶の商品へと移行してもらうのが理想だという。
California Junmai Sake(写真左から)
PINK:ハイビスカス/生姜
アグアフレスカというメキシコのカラフルなドリンクをイメージ。ハイビスカスのような透明感のある赤色と甘酸っぱさが特徴。
YELLOW:生姜/柚子
皮ごと搾った柚子のようなフレッシュな酸味と苦味に、生姜の風味がアクセントとして効いている。
BLUE:スピルリナ/柚子
藻の一種であるスピルリナ由来の鮮やかな青色がユニーク。柚子が爽やかに香る。
PURPLE:ウベ/ドラゴンフルーツ
紫芋の一種であるウベと、ドラゴンフルーツを副原料に使用したトロピカルな味わい。
NORTHERN LIGHTS:赤紫蘇
Maxwellさんの故郷であるミソネタ州で見られるノーザンライツ(オーロラ)と、副原料に使用する紫蘇の色が似ていたことから名付けられた。「アメリカ人は紫蘇に馴染みがないのですが、一度飲めば広く受け入れられる味だと思います」(Maxwellさん)
地元米で育むLAの地酒文化
自らの醸造所を持つ構想を抱いてから4年余り。念願を叶えた二人に今後の展望を聞いた。
Maxwellさん「新しい設備に合わせて、お酒のレシピの更新は常に続けています。まだまだ改善の余地は沢山ありますが、一つ一つ解消していくことで私たちの商品をアメリカのSAKEの“フォーカルポイント(無意識に視線が集まるもの)”にすることが目標です」
Troyさん「日本の地酒のモデルをロサンゼルスでも取り入れたいと思っています。地酒では米がとても重要です。それは他の土地では真似できない、唯一無二の特徴をお酒に付与するからです。そのため、私達は合鴨農法(※1)で米を育てている地元・カリフォルニアの『Lopes Family Farm』と直接契約を結び、彼らが生産するカルローズ米(※2)のみを仕込みに使用しています。こうした農家とのユニークな関係作りに引き続き力を入れたいです」

Lopes Family Farmの田んぼ(写真提供:SAWTELLE SAKE)
また、以前に麹室を置いていたSawtelleにタップルームを作る計画も進めているという。現在申請している免許の取得がスムーズにいけば、2か月以内にオープンできる予定だ。「造りたての生酒を料理と一緒に楽しめる場所にしたいです」と二人は楽しそうに話す。
『SAKEの間口を広げる』
この信念を胸に、既成概念に囚われることなく自由にデザインされた彼らのお酒は、ロサンゼルスの地でこれからも新たなファンを生み出し続けることだろう。
(※1)合鴨農法:田んぼで合鴨を放し飼いにして稲作を行う農法。鴨が雑草や害虫を食べてくれる他、糞が肥料になる、歩き回ることで土壌が攪拌される等の効果がある。
(※2)カルローズ米:カリフォルニア州で開発された食用米。日本で一般的な短粒米とタイ米などの長粒米の中間にあたる。
ライター:卜部奏音
新潟県在住/酒匠・唎酒師・焼酎唎酒師
政府系機関で日本酒を含む食品の輸出支援に携わり、現在はフリーライターとして活動しています。甘味・酸味がはっきりしたタイプや副原料を使ったクラフトサケが好きです。https://www.foriio.com/k-urabe

SAWTELLE SAKE
- 創業
- 2019年
- 代表銘柄
- California Junmai Sake
- 住所
- 760 E 14th Place, LA, CA. 90021