日本酒いろいろ

風土が育む日本の酒造り文化「ユネスコ無形文化遺産登録記念」 シリーズその②

日本の酒造り文化は、米と水と職人たちの技が紡ぎ出す豊かな営み。神々への祈りから人々の絆を深める役割まで、風土と暮らしに根ざした伝統は今も大切に受け継がれている。

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酒造りの歴史を紐解く

日本酒造りは縄文時代にまで遡る長い歴史を持っている。約6000年前の縄文中期には果実酒が存在し、その後、弥生時代に稲作技術が伝来したことで、米を原料とする酒造りも始まっていった。3世紀頃の『魏志倭人伝』からは、当時の日本で酒が広く親しまれていた様子がうかがえる。

稲作の発展とともに、米から醸される酒は神聖なものとして扱われるようになった。神々へのお供えものとして御神酒を捧げる習慣が生まれ、酒造りは神事の一環として定着した。この伝統は現代にも受け継がれ、松尾大社(京都府)、大神神社(奈良県)、梅宮大社(京都府)は酒造りの神を祀る三大神社として、今なお酒造家や日本酒愛好家から篤い信仰を集めている。

神社に奉納された御神酒

平安時代に入ると、酒は宮廷行事や儀式に欠かせないものとなり、朝廷で培われた酒造りの技術が民間にも広まっていった。江戸時代には、三段仕込みの製法や杜氏制度の仕組みが整い、酒造りは産業として大きく発展する。兵庫の灘や愛知の知多は主要な酒造地として栄え、そこで醸造された酒は専用の樽廻船で江戸へ運ばれ、「下り酒」として江戸の人々の喉を潤した。

明治時代になると鉄道網の発達により日本酒の流通は内陸部まで広がり、日清・日露戦争を機に全国各地で酒蔵が増加する。日本酒は次第に儀礼や行事だけでなく、暮らしに寄り添う存在として定着していった。

大正から昭和初期、日本酒造りは科学的な時代へと移行する。温度計の普及や精米機の開発、良質な酵母の活用など、品質を高める技術が次々と生まれた。だが、戦時中は深刻な米不足により、アルコールを加えて量を増やすなど、品質よりも量の確保を優先せざるを得ない時代も経験した。

戦後の高度成長期に入ると、最新の設備により季節を問わず酒が造れるようになり、大手メーカーは生産力を強化して全国ブランドへと成長する。その後、1970年代の石油ショック以降の消費低迷期を迎えると、各地の蔵元は純米酒や吟醸酒といった、米本来の旨みと香りを追求する酒造りに力を注ぐようになった。

こういった品質重視の取り組みは新たな日本酒ファンを呼び込み、現在では生酒やスパークリング、長期熟成酒など、さまざまな味わいを楽しめる時代を迎えている。

守り継がれる酒蔵文化

時代とともに発展してきた日本酒造りを、現場で支えてきたのが各地の酒蔵である。酒蔵は日本の伝統文化を守り育てる場所として、長い歴史を歩んできた。その中心となるのが、蔵元と杜氏という二つの重要な役割であり、蔵元は経営者として酒造りの理念を定め、杜氏は蔵元の思いを確かな技術で形にしていく。さらに蔵人たちは米を蒸す作業から、麹作り、発酵の管理まで、それぞれの工程を熟知したエキスパートとして緊密に連携している。蔵人たちの息の合った協力があってこそ、その蔵ならではの個性豊かな酒が生み出されるのである。

この酒造りを支える杜氏と蔵人たちの関係は、長い歴史の中で独自の職人文化を築いてきた。寒い季節に酒を仕込む蔵人の仕事は、もともと農家の人々の農閑期の仕事として始まり、冬の間は酒蔵で寝食を共にしながら技を磨いていった。師匠から弟子へと技が受け継がれ、世代を超えて蔵の伝統が守られてきたのである。

しかし近年は、後継者不足や年間を通じた製造需要に加え、働き方改革という時代の要請から通年雇用の社員杜氏制度を導入したり、蔵元自身が杜氏を務める蔵も多くなってきた。

また現代の酒蔵は、国内での日本酒消費量の減少や飲み方の多様化など、新たな課題にも向き合っている。その打開策として、海外への販路開拓や、地域の特色を活かした新商品の開発に力を入れる蔵が増えている。

日本酒で乾杯

さらに、酒蔵見学やイベントを通して日本酒の魅力を伝える取り組みも活発化し、なかには酒造りに使う米を自ら育てるなど、原料へのこだわりを追求する動きも目立ち始めた。

このように、先人から受け継いだ技と蔵人たちの結束を大切にしながら、時代の変化に柔軟に対応している現代の酒蔵は、伝統の心を守りつつ新しい可能性を切り拓き、日本が誇る酒文化を次の世代へとつないでいる。

日本の伝統的酒造りを支え続けるこころ

古くは神々へのお供えものとして始まった日本の伝統的酒造り。時間をかけてゆっくりと大切に育てることを基本とし、江戸時代以降、各地の杜氏たちが酒造りの工程を細かく分担し品質の管理を徹底することで、独自の酒造りの考え方を築いてきた。その根本には「原料に勝る技術なし」という考えがあり、水や米の質へのこだわりを大切にしている。

寒い季節に仕込みを行う昔ながらの製法は、自然の力を活かす日本らしい知恵といえる。また各地の蔵元は、「飲み飽きない味わい」「キレのある後味」「なめらかな口当たり」といった酒質を追求しながら、土地の風土や郷土料理に合う酒を造ることで、地域に根ざした酒造りの伝統を育んできた。

日本酒はまた、日々の暮らしに寄り添い、会話を弾ませ、絆を強める大切な役割も担っている。原料を大切にし、自然の恵みを活かし、地域の個性を守りながら人々の交流を豊かにする――それは、日本の酒造りの変わらぬこころとして今日まで受け継がれているのである。

次回シリーズその③「伝統的な酒造り」に続く


文/ 石川葉子
フリーランスライター/Japanese Sake Adviser (SSI)/WSETLevel1/東京出身/アメリカ・ラスベガス在住。
この地でおいしいお酒に出会ってから日本酒に目覚める。最近は飲むはもちろん、自宅でのSake造りも楽しんでいます。
Instagram:@lvsakegirl note:@lvsakegirl

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