一度は途絶えた地域との繋がりを紡ぎ直す。[奥羽自慢/山形県]の新シリーズ誕生秘話
事業譲渡により途絶えてしまった地域との繋がりを再び作りたい――。蔵の歴史や地域の文化を見つめ直し、日本酒で表現することに挑んだ酒蔵がある。動き出したばかりの新しい取り組みを取材した。

日本屈指の米どころ・庄内平野が広がる山形県鶴岡市。
のどかな田園風景の中に建つ[奥羽自慢]は、1724年(享保9年)に創業した佐藤仁左衛門酒造場を前身とする。経営不振と後継者不足により、一度は酒造りが途絶えた同社が県内の酒蔵に事業譲渡し、[奥羽自慢]として再生したのは2013年のことだ。
2024年に創業300周年を迎えた蔵で、2025年2月、二人の若手を中心に新しい日本酒シリーズが誕生した。営業担当の鈴木功多郎さんと製造担当の石塚雅英さんに、鶴岡の歴史と文化が詰まった新シリーズに込めた想いを聞いた。
この方に話を聞きました

- 奥羽自慢株式会社 営業部/鈴木功多郎さん(左)製造部/石塚雅英さん(右)
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プロフィール鈴木功多郎さん
営業担当として日本全国の特約店と協力しながら日々、魅力を伝えている。「自分達のお酒がどう飲まれているのか、現場に出て直接見ることを大切にしています」
石塚雅英さん
日本酒のみならず、自社で販売するワインやシードルの製造も担当。「無駄を削ぐ日本酒と、ボディを作るワイン。それぞれの考え方を相互に活かしながら酒造りをしています」
ものづくりと微生物に魅せられて
営業部の鈴木さんも製造部の石塚さんも異業種からの転職で[奥羽自慢]にやってきた。
元々は半導体業界のフィールドエンジニアとして海外出張の多い職場で働いていた鈴木さん。転職を意識したのはコロナがきっかけだったという。
「コロナで海外へ行くことが難しくなり、地元へ帰ることを考えるようになりました。地元の酒田市では酒蔵で働いている同級生が多く、『酒造りが面白い』と以前から聞いていました。前職では技術畑で働いていたこともあり『ものづくりがしたい』という想いで酒蔵へ転職しました」(鈴木さん)
[奥羽自慢]に入社後、当初は製造部で酒造りを経験したが、次第に販売へと意欲がシフトしていったそう。その理由をこう語る。
「外の業界から来た身としては、日本酒業界は『良いものを造れば売れる』という職人気質な考え方が強く、アピールに改善の余地があるように感じていました。せっかく美味しいお酒を造っているからこそ、より多くの人に届けたいと思い、製造から営業へ軸が移っていきました」(鈴木さん)
一方の石塚さんは、食肉加工の業界で10年以上、製造や品質管理、出荷の仕事をしていたという。第二子誕生をきっかけに拠点を鶴岡市に移そうと考えていた時に、[奥羽自慢]と巡り合った。
元々ものづくりが好きだったことに加えて、米と水を原料とし添加物を使わない酒造りの仕事に、同じく添加物を使わない食品を作っていた前職と共通するものを感じたことも、入社の動機になった。更に入社後、微生物に対する日本酒業界ならではの考え方に面白さを感じたという。
「食肉加工の仕事をしていた時は、菌は悪いものとして捉えていました。それが日本酒造りでは、麹菌や酵母にとって心地よい環境を作って元気に働いてもらうことで、お酒が出来上がる。180度考え方が変わって、働きながら夢中になっていきました」(石塚さん)
「辞めるのは簡単、続けるのは難しい」転機となった一言
[奥羽自慢]の代表銘柄である「吾有事(わがうじ)」の製造と営業を担ってきた鈴木さんと石塚さん。前任の製造責任者の離任を機に、新しいシリーズの構想を考え始めたのは2024年のことだった。
「これから自分達が中心となって蔵を引っ張っていくことになり、どうやって新しい『吾有事』を造ろうか悩みました。そんな時、まずは蔵のルーツを知ろうと思ったんです」(鈴木さん)
事業譲渡をきっかけに、前身の佐藤仁左衛門酒造場が紡いできた歴史や地域との絆が途切れたままになっていたことが、かねてから気になっていたという二人。「外から来た人がやっている」という地元の冷ややかな目を感じることもあり、マイナスのスタートだからこそ、蔵の歴史や背景を知る必要があると考えた。そこで、古くから地域をよく知る人を訪ねて昔の蔵の様子を聞いたことが、転機となった。
「昔は他の酒蔵から勉強に来る程、クオリティの高い酒を造っていたことを知りました。一方で、『辞めるのは簡単、続けるのは難しい。[奥羽自慢]は一度酒造りを辞めてしまったから、これからあなた達が造っていくのはもっと大変だよ』と厳しい声もいただきました。それを聞いて、一度は地元・鶴岡との繋がりが途切れたからこそ、その歴史や文化を体現するお酒を造りたいという想いが生まれました」(鈴木さん)
更にもう一つの転機となったのが、2024年7月に開催された創業300周年を祝うイベントだった。事業譲渡後、なかなか地域との繋がりが作れずもどかしい想いを抱える中で開催した300周年祭では、予想以上に地域の方が参加し応援してくれた。「きっかけさえあれば地域の方々ともう一度良い関係を築いていける」。その気づきが、鶴岡を日本酒で表現したいという想いを強くした。

大勢の人で賑わった300周年祭の様子
酒に込められた地元の誇り
こうして、既存の「吾有事 Fresh&Juicy」をベースに、鶴岡の歴史や文化をモチーフとした「wagauji」シリーズが生まれた。これまでに発売された3種はそれぞれ、鶴岡で500年以上続く「王祇祭」、鶴岡が発祥の地とされる「バンジージャンプ」「波乗り」がモチーフになっている。
「モチーフから味わいを連想し、それが表現できる米や酵母を選んで使っています。日々、気候や酒造りの条件が変化する中で『今の鶴岡』を表現したいので、あえて火入れや濾過をせず、出来立ての状態に近い無濾過生原酒にこだわっています」(石塚さん)
連綿と受け継がれてきた歴史や文化を表現するといっても、ただそれをなぞるだけではなく、現代の様式に「作り変える」意識が必要だと二人は考えている。そのため、酒質はモダンでフレッシュなタイプを基調とし、若い世代も手に取りやすいようにラベルデザインや商品名は従来の日本酒のイメージとは一線を画するものにした。

鶴岡の風景を映す「窓」をイメージした四角の枠内にモチーフを配置したデザイン。繋げると鶴岡の記憶を留める「フィルム」にも見える。
お酒として表現することを前提に歴史や文化を調べる中で、これまでの生活では気づけなかった「鶴岡の誇り」が次々と見つかったという。
「せっかく見つけた『鶴岡の良いところ』を地域の人だけではなく、外の人にもお酒を通じて発信することを目指しています」(鈴木さん)
wagaujiシリーズの個性豊かな3銘柄
現在発売されているwagaujiシリーズは以下の3銘柄。来年以降も、それぞれの季節に合わせて発売を予定している。
God Fes/2月
王祇祭で奉納される黒川能の振る舞い酒を提供したことが、[奥羽自慢]の前身である佐藤仁左衛門酒造場の始まりだったという。その原点に立ち返り、王祇祭の開催時期である2月に合わせて発売したお酒。「神様に奉納するお祭り」の意味を込めて名付けた。
Dive to Future/4月
山形県朝日村(現・鶴岡市)に日本初のバンジージャンプがあることから「飛び込む」をイメージし、新しい環境に挑戦する人の背中を押したいという想いを込めた。
Aerial/5月
江戸時代に、子ども達が板を使って波に乗る様子が詠まれたという、波乗り文化発祥の地・湯野浜海岸がモチーフ。サーフィンの技術用語である「エアリアル」を冠し、暑い夏にぴったりの爽快さを目指した。
鶴岡を表現する、日本酒の進化の形
2025年2月に第一弾の「God Fes」を発売して以来、wagaujiシリーズの売れ行きは上々。斬新なラベルデザインがSNSに上げられることも多く、ターゲット層の若い世代に刺さっている実感が嬉しいという。
確かな手応えを感じている二人に、今後の展望を聞いた。
「これから更に種類を増やして、全部で10種類程出したいと思っています。鶴岡の全てを表現するには10では足りないくらい、創作意欲が掻き立てられています。お客さんの反響はもちろんですが、一番嬉しいのは社内のメンバーが『飲みたい』と言ってくれていること。蔵の外は勿論、中も盛り上げながら、造り手・売り手・飲み手の皆がわくわくできるようなお酒を造っていきたいです」(石塚さん)
「最近増えてきたモダンなタイプのお酒について、『一時的なトレンド』と言われることがありますが、そうではないと思っています。日本酒は食文化と強く結びついていますが、今の食文化は100年前のものとは大きく違います。味の濃い料理や洋食が増えた中で、料理に負けないフレッシュな酒質は日本酒の『進化の形』です。合わせる料理や飲まれ方が変わってきたからこそ、自分達も恐れずに変化を続けることで、日本酒を未来の世代に繋いでいきたいと思います」(鈴木さん)
一度は途絶えた地域との絆を紡ぎ直すべく、再発見した地元の誇りを現代の感性で表現した新シリーズ「wagauji」。長い年月を超えて受け継がれてきた王祇祭や、鶴岡がバンジージャンプと波乗りの発祥の地だということを、筆者は彼らの日本酒を通して初めて知った。まだ知らない「鶴岡」がどんな形で表現されていくのか、シリーズの続きを楽しみに待ちたい。
ライター:卜部奏音
新潟県在住/酒匠・唎酒師・焼酎唎酒師
政府系機関で日本酒を含む食品の輸出支援に携わり、現在はフリーライターとして活動しています。甘味・酸味がはっきりしたタイプや副原料を使ったクラフトサケが好きです。https://www.foriio.com/k-urabe

奥羽自慢株式会社
- 創業
- 1724年
- 代表銘柄
- 吾有事
- 住所
- 山形県鶴岡市上山添字神明前123番地Googlemapで開く
- TEL
- 050-3385-0347
- 営業時間
- 8:00~17:00
- 定休日
- 土、日、祝