群馬県[島岡酒造]伝統の「生もと系山廃造り」は“こだわりを見せない”こだわり
群馬県[島岡酒造]は、地元の酒米を使った「生もと系山廃造り」を創業時より続けている酒蔵。シンプルに酒造りに向き合う姿勢は「進化はしても、変化はしない」というポリシーのもとに息づいている。
文久3年創業、当初から「生もと系山廃造り」の製法で地道に酒を醸し続けてきた、群馬県太田市の[島岡酒造]。近年、より自然に回帰する意味で生酛系酒母の製法を用いる蔵が増えてきたが創業から変わらぬその製法を殊更に強調することなく、シンプルに向き合いながら、進化させている。そこに抱く想いを島岡酒造代表であり杜氏も兼任する島岡利宣さんにインタビューした。
INDEX
作業を楽しめる規模で「本当に造りたい酒」だけを
この方に話を聞きました
- 島岡酒造株式会社代表取締役・島岡利宣さん
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プロフィール大学卒業後、東京で一般企業の会社員を経て、広島県の旧国税庁醸造研究所で酒造りを学んだのち六代目当主兼杜氏となる。元々バックパッカー的気ままさが好きで、現在の趣味は登山と食。今年は最難所と言われる飛騨山脈のジャンダルムに親子で登ったとのこと。家庭や旅行先での食も親子で楽しむそうだ。
文久3年(1863年)に創業した[島岡酒造]。赤城山系の伏流水が湧く恵まれた水質を持つ群馬県太田市で、160年余の歴史を紡いできた。「群馬泉」という銘柄を聞けば、日本酒好きは「ああ!」と唸るような、じっくりと旨い酒を生み出す酒蔵だ。
―まずは[島岡酒造]ならではの特徴を教えてください。
島岡さん「創業時から山廃造りを続けていること、ほぼすべての酒で地元県産米を使用していること、それからレギュラー酒は1~2年寝かせてから瓶詰め、出荷をおこなっている、という三本柱が特徴といえますね。今でこそこういった蔵は増えてきていますが、20年前はほとんどなかったと思います」
―「群馬泉」といえば、アイテム数が絞り込まれて非常にコンパクトという印象があるのですが。
島岡さん「そうですね。酒造りに使用する材料も、新しいものや特殊なものはあまり使わず、自社で慣れているものだけに特化しています。本当に『これが造りたい』という気持ちが持てる酒だけを造りたい、という想いがあって、あまり商品を増やすつもりがないんです」
―酒造りの理想の形、みたいなものはありますか?
島岡さん「祖父が日本刀の鑑定をしていた、という影響もあるのですが、酒造りというか『モノづくり』という意味で憧れるのが、工芸とか日本画や焼き物とか。日本の伝統産業なんですよ。作業の楽しさや大変さを楽しめるサイズ感の現場がいいな、と酒造りに関しても思っています。弊社の生産石数が500石弱ぐらいですが、そのぐらいの規模でいい。微細な数字の変化、いや数字ですら測れない変化を日々じっと見つめるモノづくりが好きですね」
「飲んだ人をほっこりさせられる」生もと系山廃造り
“三本柱”と島岡さんが称する中でも[島岡酒造]の最大の特徴が、創業時から続く伝統の「生もと系山廃造り」。自然界の微生物の力で野生酵母や雑菌を消毒する昔ながらの酒造りである。
―昔と同じ山廃造りを続けることには、理由やお考えがあるのですか?
島岡さん「ひとつには、弊社の井戸水の硬度が国内では高め、という点です。酒造りにとって水質というのは大きい。硬水で造るお酒は、春先はまだ少し硬く渋味もあるんですが、逆にしばらく置いても酒質が弱らないんです。そんな水を上手く生かせるのは、熟成酒だなという想いがあって。さらに、熟成に向くのは元がしっかりとした酒質の酒なので、生酛・山廃系が最適だよね、という理屈です。あとはありがたいことに弊社の蔵には、生酛・山廃に欠かせない天然の乳酸菌が2種類居ついてくれているんです。実は平成18年に一度蔵が全焼したことがあって、一時は廃業も考えたんですが、新しくした蔵に保存しておいてもらった菌株を吹きかけたらしっかり定着してくれたので、続けられています」
―生酛・山廃造りというと「よりナチュラルに」といったイメージがありますが、例えば蔵付き酵母を使用されている、などのこだわりはあるのですか?
島岡さん「『酵母無添加』とか『蔵付き酵母』とか、耳障りのいい言葉にも魅力はあると思うんですが、わたしはそういう手法やらをラベルにあえて明記することにあまり興味がなくて。何なら『山廃』とも書かなくていいと思っている(笑)。それを売り文句にしてお客さんに乗ってもらうよりも、近所のおじさんが単純に『安いけど、これ旨いんだよなあ』と言ってくれるのが嬉しい。
『おいしいのができりゃいいんだよ!』というのが一番のテーマで、目指すお酒は『飲んだ人をほっこりさせられるお酒』です。家庭のお味噌汁のように、本当に疲れているときに沁みるお酒。流行りの華やかなお酒は世の中にたくさんあるけど、癒される味というのは少ない気がするので」
―製法が独り歩きするのは本意ではないのですね。
島岡さん「そう、確かに製法で言えば、山廃は人の手を入れる工程が少ない分、難しいんですよ。山卸をしない代わりに、厳密な温度管理で麹の力に上手く米を溶かさせなきゃいけない。だからといって『作業が大変だから飲んでほしい』とは思わないですね」
―おっしゃる気持ち、何となく理解できます。
島岡さん「昔は『うちのお酒田舎臭いな』なんて迷った時期もありましたが、やっぱり癒される味、なじむ味はここにある。それを『着飾らずとも、ちょっときれいにして』出してあげたいという気持ちで造っています」
熟成は「石を削り、磨くような」工程
そんな山廃造りは、ワインと同じで熟成させたものが終着点だという島岡さん。
―おそらく「旨ければいい」が行き着くところだとは思いつつ、ですが…熟成に対して島岡さんが抱いている想いなどはありますか?
島岡さん「自分が日本人だからなのかもしれないですけど、あらゆるアルコールの中で一番優しく酔えるのは、日本酒だと思っているんです。さらに、熟成が効いて少し落ち着いた日本酒は、まるで温泉に入っているような感覚になれる気がします。自分の蔵で出すお酒もそういう優しいものにしたい」
―熟成を経ると丸みやなめらかさが生まれますよね。
島岡さん「ええ。熟成をさせると、オフフレーバーがプラスされるんですが、それよりも味わいにおいて、過剰だったものが削ぎ落されていくんです。自分の中では、熟成って石を削って磨く工程のようなものをイメージしています。弊社でタンク貯蔵しているような酒の熟成による変化は、大きく切り出したゴツっとした石の角のある部分を、のみで削って適度に丸くしていくような感覚です。2年ぐらいで『味のあるいい石』のようになる変化です」
―尖った角がならされていく感じですね。
「一方、早々に冷蔵したものは、とげとげの金平糖にサンドペーパーでやすりがかかったイメージで、形そのままに冷蔵保管によって表面がピカピカと光っていくような熟成。さらに出品酒のようなお酒は、搾ったその時点で丸くキラキラとした玉の状態になっているような味わいを造らなければならないと思っています」
Sake World NFTの零下保管におすすめの「群馬泉」
そんな「群馬泉」のお酒の中から「Sake World NFTの零下熟成によいのでは?」と考えるお酒を、島岡さんが2本セレクトしてもらった。今後出品予定だ。
群馬泉 超特選純米
使用米:若水
精米歩合:50%
アルコール度:15.5度
日本酒度:+3
酸度:1.7
2年ほどの熟成を経たなめらかさがあり、上品で穏やかな落ち着きのある酒。冷やからさまざまな温度帯が楽しめ、それにより違った表情を見せてくれる。
群馬泉 淡緑(うすみどり)山廃純米吟醸
使用米:若水
精米歩合:50%
アルコール度:15.5度
日本酒度:+3
酸度:1.6
冷やしても楽しめる山廃純米吟醸。山廃造りでありながら、爽やかで軽やかな旨味と酸を持つ若さのある、その年の造りの酒だ。
―それぞれのお酒の特徴や、島岡さん自身が描いていらっしゃるお酒のイメージをお教えいただけますか。
島岡さん「弊社の酒の7割ぐらいは群馬県産の酒米『若水』を使用していて、この2本のお酒も『若水』を使っています。そしてどちらも精米歩合が50%と磨きも同じ。米の洗い方や麹、酵母などもすべて同じです。ですが超特選のほうは、熟成によって『おじいちゃん』というイメージの酒になっています。すごく品のいい老紳士やベテラン教授を彷彿とさせるお酒。でも『ちょっとただの年寄りじゃないな』と思わせる(笑)」
―上品だけど一筋縄ではいかない感じですかね?
島岡さん「でも合わせる食事が絶妙においしくなってくれるし、酒に余白があるから一緒に何かつまみたくなる魅力があります。わたし自身がお酒だけで完成してしまうものだと“つまらない”と感じてしまうので」
―対して『淡緑』はどんなイメージでしょうか。
島岡さん「『淡緑』は『田舎のちょっとやんちゃな若者』というイメージ。高校生ぐらいかなあ?昔でいう“とっぽい”感じのイケメンな酒です」
―これらをSake World NFTの―5℃のセラーで保管すると、どんな変化が予想できますか?
島岡さん「さきほどの『石を磨く工程』の感覚で、零下の保管だと粗いもので磨くのではなく、ごく細かいやすりがけのようになるので、酒の持つフォルムは保管前とほぼ変わらず、その表面だけがツルンとしてくるような味わいの変化になると思います。弊社で出荷する時点である程度『ベスト』だと思えるタイミングではあるのですが、97~98点が99点になるかもしれないような期待は多大にあります」
ずっと飲まれる「群馬泉」であるために
―今後のビジョンや、新たに挑戦してみたいことなどはありますか?
島岡さん「正直、指針は変わりません。でも毎年自然を相手にする作業なので、製法や細かいやり方、という表には見えない部分でトライ&エラーは続けています。まったく同じものを進化のないまま造り続けていくのはダメだとわかっているし、時代とともにお酒はどんどん洗練されていっています。そうすると『ずっと飲まれるもの』というのは、イコール『ずっと同じもの』ではない。『変わってはいけない』というゾーンは守りつつも、その範囲の中でさらに輝かせられるお酒を。ゾーンの中でそのとき一番いい場所を探し続ける感じです」
島岡さんの「こだわりを表に見せない」こだわりと、日本酒という正解のない液体の情景をありありと思い描かせてくれる表現は、まるで職人やアーティストのよう。島岡さんが描くイメージを「群馬泉」を飲んで、ぜひ体感してみてほしい。
ライター :水戸亜理香
東京在住/日本酒・日本語ライター、日本語教師、日本酒テイスター
日本語と日本酒の「二本(日本)柱」で活動するライター兼教師。好きな銘柄は「やまとしずく」で、秋田県への愛が強め。
酒類以外の趣味は、ファッションと香水。保有資格:SAKE DIPLOMA・日本酒学講師・唎酒師・日本語教育能力検定試験