酒蔵に聞く

[井村屋]が手掛ける酒蔵[福和蔵]に潜入。事業承継の理由、食品メーカーならではの取り組みを聞く

2021年7月、食品メーカーの井村屋株式会社が酒蔵[福和蔵]を立ち上げた。一体なぜ、大手食品メーカーが日本酒業界へ?どのような日本酒が造られているのか?参入の理由とその想いを取材した。

  • この記事をシェアする

[井村屋]といえば、たびたびその固さが話題となる「あずきバー」や、寒い季節に恋しくなる「肉まん」などの人気商品を展開する食品メーカーだ。同社初となる日本酒業界への参入となったが、稼働からわずか3年後となる「令和5酒造年度全国新酒鑑評会」にて金賞を受賞する快挙を達成。「食」と「酒」の両輪で事業展開を進める想いを聞く。

■常務取締役 ブランド運営本部長兼VISON事業部長 北角収さん(右)
酒蔵建設の計画段階から携わり、現在はブランド認知向上に向けた活動を進める。

■福和蔵製造部 部長 安田裕幸さん(左)
2012年に井村屋へ入社し、製造技術として工場のライン設備導入などを担当。過去の蔵人としての経験から[福和蔵]立ち上げ当初から携わる。

「テロワールに根ざした酒造り」をコンセプトに

2019年8月、井村屋は三重県伊賀市の酒蔵[福井酒造場]の清酒製造免許を引き継ぐ形で日本酒業界への参入を表明。同社初となる日本酒ブランドは、福井酒造場の「福」と井村屋創業者である井村和蔵氏の「和蔵」を取り[福和蔵]と名付けられた。

ブランドマークは日本酒の原料となる「米=※(コメ記号)」に加えて、両社共通する一文字「井」を重ね合わせたデザインになっている。

蔵が位置する「VISON」は三重県内外のグルメや名産品が集まる複合リゾート施設であり、常に多くの人で賑わう人気スポットだ。施設内に井村屋は「菓子舗 井村屋」という和菓子店も展開。ここでは[福和蔵]で醸された純米吟醸酒の醪(もろみ)を練り込んだ饅頭などが販売されている。

使用する酒米、酵母、仕込み水を三重県産にこだわり「テロワールに根ざした酒造り」をコンセプトに掲げる[福和蔵]。蔵と店舗は一体となっており、購入だけではなく各銘柄の試飲も可能。四季醸造を採用することで、常にフレッシュな味わいを提供している。

「新しい風を吹かせてほしい」という言葉に応える

―井村屋が日本酒業界に参入した理由は?

北角さん「もともとVISONへ『菓子舗 井村屋』の出店が決まっていた中、当時会長だった浅田が宮崎本店(※1)の宮崎会長を通して、[福井酒造場]が事業承継先を探しているという話を聞いたそうです。三重県の酒蔵を減らしたくないという想い、そして宮崎会長から『他業種からの新しい風を吹かせてほしい』という言葉に背中を押される形で酒造免許を承継し、業界への参入を決定しました」

―VISON内での蔵の立ち上げはスムーズに進んだのでしょうか?

北角さん「現在蔵が建っている場所は『和ヴィソン』といい、みりんや出汁、味噌といった日本の伝統調味料が集まるエリアです。VISON運営側もここに酒蔵を造りたいという考えを持っていたこともあり、話はうまくまとまっていきました」

―日本酒造りはどのように行ったのでしょうか?

安田さん「立ち上げ1年目の時には[福井酒造場]の蔵元が参加していましたが、その後は社内の人間だけで行いました。わたしは新卒から2年半程、佐賀県の酒蔵にて働いていましたが、実際に酒造りに関わったことはほとんどありません。今は5人で酒造りしていますが、もともと社内で羊羹やカステラを担当していた人材ばかりで、酒造り経験を持つ者は一人もいませんでした」

―3年目での「全国新酒鑑評会」金賞受賞について

安田さん「三重県内の杜氏さん達に助けてもらいながら受賞できました。一方で受賞をプレッシャーに感じているところもありますね(笑)来年に向けてしっかり取り組みたいと思います」

※1:三重県四日市市に蔵を構える醸造業者。日本酒、焼酎の製造販売を行っており「キンミヤ焼酎」は全国的に有名。

食品メーカーだからこそ出来る取り組み

―食品メーカーが日本酒を造る強みは?

北角さん「酒粕の使い道に困らない点は大きいです。別商品やお菓子に再利用するためのスピード感は食品メーカーならではといった評価をいただいています。グループ会社内で酒粕を全量使い切れる点は、大きなメリットといえるかもしれません。また、酒蔵内の管理についてもISO規格やHACCP基準など、食品業界に求められる衛生管理を高いレベルで維持できています」

安田さん「蔵内の道具もほとんどステンレスを採用するなど、衛生管理が行いやすいように設計しました。醪もアプリを通して温度管理していますので、何か問題が起きれば瞬時に対応できます。また、各作業場にカメラを設置することで何かあった時の振り返りを確実にできるようにしています。当然、防犯設備はしっかりしていますが、商業施設の中にある蔵なので、万が一の対策という意味もありますね」

福和蔵が展開する3種の日本酒

福和蔵では製造を開始した2021年から2024年10月現在まで、「純米酒」「純米吟醸」「純米大吟醸」の3タイプを展開している。

安田さん「会社としてシンプルに作ろうという方針があり、あずきバーでもコーンスターチの添加をやめるといった取り組みを進めています。こうした社内の流れに準じる形で純米に絞った展開となっています。純米酒は60%精米と純米吟醸規格ですが、お客様に分かりやすく選んでもらうことを目的に3段階のラインナップにしています」

それぞれでフレッシュな香味が楽しめる「生酒」と、まろやかな口当たりが特徴の「火入れ」があり、全6種類のラインナップとなっている。


福和蔵 純米酒 火入れ 720ml 1,980円(税込)(右)

三重県が独自開発した酒米「神の穂」を60%まで磨いた純米酒。バナナのような香りが特徴となる、三重県産酵母「MK-1 」を使用する。上品な香りとふっくらとした米の旨味が楽しめる。

福和蔵 純米吟醸 火入れ 720ml 2,200円(税込)(真ん中)

三重県が独自開発した酒米「神の穂」を60%まで磨いた純米吟醸酒。リンゴのような香りが特徴となる、三重県産酵母「MK-3」を使用する。華やかな吟醸香とスッキリした味わいが楽しめる。

福和蔵 純米大吟醸 火入れ 720ml 3,300円(税込)(左)

IWC2023 純米大吟醸部門 ゴールドメダルを受賞した一本。三重県産の山田錦を40%と贅沢に磨いた純米大吟醸酒。「MK-1」「MK-3」と2つの酵母をブレンドすることで、より複雑で華やかな香りを表現している。

年に一度、斗瓶取りした純米大吟醸をマイナス5度で1年間熟成した氷温熟成も販売される。年によって数量が変動する貴重な銘柄となるため、ぜひチェックしてほしい。

商品拡充、熟成酒展開など

ー今後の展望について教えてください。

安田さん「今の3種類をブラッシュアップし、より良い商品に仕上げて行きたいですね。今は旨味の強いラインナップになっていますが、今後は辛口純米酒などにも挑戦したい。酸味の強い酵母を使った商品なども展開できればいいですね。あまり商品数を増やす予定はないですが、徐々に展開を広げられればと思います。また現在、仕込み水の採水地である松阪市飯高町の洞窟にて一定数量の貯蔵熟成を進めています。今の商品が時間を経て、どう変化していくかも楽しみの一つですね」

長年培ってきた食品メーカーとしての矜持を持って、日本酒業界への初参入を果たした[井村屋]。多くの人が集まるVISONでの酒造りや酒粕の全量再利用、蔵の管理といった面で「日本酒業界への新しい風」を吹かせることに成功していると感じた。この挑戦と成果は日本酒業界にポジティブな影響を与え、さらなる可能性を切り拓くことに繋がるはずだ。今後の商品拡充、事業展開に注目、期待したい。


ライター :新井勇貴
滋賀県出身/酒匠・唎酒師・焼酎唎酒師・SAKE DIPLOMA・SAKE検定講師
酒屋、食品メーカー勤務を経てフリーライターに転身。好みの日本酒は米の旨味が味わえるふくよかなタイプ。趣味は飲み歩き、料理、旅行など

福和蔵

福和蔵

代表銘柄
福和蔵
住所
三重県多気郡多気町ヴィソン672番1食祭4Googlemapで開く
TEL
0598-67-8279
HP
https://www.fukuwagura.jp/
営業時間
10:00~18:00(L.O.17:30 )

特集記事

1 10
FEATURE
Discover Sake

日本酒を探す

注目の記事

Sake World NFT