編集部が行く!

京都市産業技術研究所へ潜入取材!京都独自の清酒酵母「京都酵母」とは!?

アルコール発酵に必須となる「酵母」の開発・管理・分譲を行う機関が京都市内に存在することをご存知でしょうか?下京区に位置する京都市産業技術研究所の方々に酵母開発、そして「京都酵母」のブランド化についてヒアリング。知られざる酵母の世界を覗いてみましょう。

京都酵母 アイキャッチ
  • この記事をシェアする

日本酒を飲んだ時に感じられる華やかでフルーティな香り。お米から造られるお酒なのに、どうしてこんなにも美しい香りが感じられるのか不思議ではないでしょうか?

実はこの香りはアルコール発酵に必須である「酵母」が主に生み出しています。「酵母」は糖分を二酸化炭素とアルコールへ分解する微生物。そして、日本酒に使用される酵母は数多く存在しており、その種類によって出来上がったお酒の香り、味わいが変化するのです。

昭和30年代より清酒酵母の開発・管理・分譲を続け、長きに渡り京都の日本酒作りの根幹を支えている京都市産業技術研究所。現在は「京都酵母」の開発、ブランドを通じて全国、世界に対して日本酒の新しいスタイルを提示しています。

本記事では京都市産業技術研究所の研究者達に酵母の世界、そして「京都酵母」の魅力を取材。酵母という小さな視点から日本酒を楽しんでみましょう!

京都産技研

この記事の紹介者はこちら

京都産技研

左から廣岡青央 研究長・清野珠美 研究員・沖田実嘉子 研究員
プロフィール
廣岡研究長・清野研究員は、お酒造りに重要な働きをする微生物の一つ「酵母」の研究に従事。京都独自の日本酒製造のための酵母「京都酵母」の開発と実用化に携わる。沖田研究員は地域企業のデザイン支援に従事。「京都酵母」のブランディングや広報に携わる。

京都の日本酒造りを支える京都市産業技術研究所

1916年に開設された京都市産業技術研究所(以下:産技研)は「知を広げ、文化を描く」をスローガンに、伝統産業から先進産業まで、京都市内の幅広いモノづくり企業の技術支援を行う機関。企業に対する「技術指導」「研究開発」「試験分析」といった活動だけではなく、伝統工芸の技術者を養成する研修など様々な活動を行っているのだ。

産技研が日本酒製造に携わり始めた時期は1936年にまで遡る。

「1935年、産技研の前身の一つである京都市工業研究所の月報には、発酵部の業務として日本酒の品質調査、伏見地区の醸造用水の分析や、清酒の分析法の研究が実施されていたことが載っています。翌年1936年より酒蔵への巡回指導が始まったようです」と廣岡さん。

京都産技研

▲廣岡青央 研究長

そして、現在まで続く清酒酵母については、終戦直後から携わりだしたと清野さんは話す。

「終戦後はお酒をたくさん造るよりも、品質を保持しながらいいお酒を造ろうという流れが京都の酒造業界であったようです。当時は酒造りに失敗(腐造)することも多かったのですが、その1つの要因として『酵母の新鮮さ』が指摘されていました」

京都産技研

▲清野珠美 研究員

当時は東京から運ばれてくる酵母を使用していたという。地元京都で培養した鮮度の高い酵母を使いたいというニーズを受け、産技研は清酒酵母の開発・管理・分譲を開始するに至った。

半世紀以上に渡り研究・保管されてきた酵母の数々、データはまさに財産。豊富な酵母の中から選抜、分析を繰り返し、現在の我々が楽しむ日本酒の香味が生まれているのだ。

京都産技研 酵母

▲研究室で保管されている「清酒酵母」

「京都酵母」という視点から好みの日本酒を見つけて欲しい

現在、産技研では「京都酵母」と呼ばれる京都独自の清酒酵母を5種類頒布している。第一弾となった「京の琴」の登場は2004年。当時の状況について廣岡さんはこう話す。

「1973年をピークに日本酒の出荷量、生産量が減少していきました。そうした中で吟醸酒ブームが生まれるなど、量よりも質が重視される時代になったんです。質の高い日本酒造りにおいて、酵母は重要な役割を担います。私が産技研に入所したのが1997年なのですが、すでに所内では京都酵母の開発に着手していました。その7年後に『京の琴』が完成したんです」

産技研はその後「京の華」(2007年)「京の咲」(2014年)「京の珀」(2017年)「京の恋」(2019年)をリリース。個性豊かな香り、味わいの展開には「酵母をきっかけに好みの日本酒を見つけてほしい」という想いが込められている。

京都酵母

▲「京都酵母」の香味マップ。それぞれで異なる特徴を持っていることが分かる。

通常、ゼロベースから酵母を実用化させるために要する期間は10年程度といわれる。「すでに5種類揃っている状況は過去の先人たちが積み重ねた結果、そしてそれをしっかりと保管していたからです」と廣岡さん。

もちろん、微生物である酵母を相手にするので思うようにいかず苦労することも多い。

「京の恋」開発に携わった清野さんも「なかなか思うような株がとれず苦労しました。廣岡さんとも協力しながら、いろいろな酵母から何段階かの選抜を繰り返していったんです」と話す。

京都産技研 ガスクロマトグラフィー

▲香気成分を分析する機械「ガスクロマトグラフィー」の説明をする清野さん

また、最終的に嗜好品である日本酒を造ることが目的であるからこその難しさもあるようだ。

「香りを10出せるようになったからといって次は20,30を目指そうというわけにはいきません。日本酒は嗜好品なので、数値的な部分だけでは割り切れないんです。スペックと人間的な部分のバランスを取ることが大事」と廣岡さん。

「京都酵母」はコンクールで注目される日本酒ではなく、日常に寄り添った味わいを目指して開発された。こうした優しい味わい、香りが結果として「京都らしい」印象に繋がっているのかもしれない。

京都酵母

▲「京の恋」が入った瓶。白く濁っているものが酵母。

「京都酵母」を使用した日本酒銘柄

現在では京都府内の各酒蔵にて、京都酵母を使用した様々な銘柄が販売されている。こちらではその中から、各酵母を初めて使用した銘柄をそれぞれ紹介する。

京の琴:聚楽第 純米吟醸[佐々木酒造]

京都酵母 銘柄

青リンゴのような香りが特徴となる「京の琴」を使用した純米吟醸酒。まろやかな石のある口当たりが特徴であり、常温から温めの燗でも楽しめる1本。

佐々木酒造のお酒購入はこちら

京の華:都鶴 純米吟醸[都鶴酒造]

京都酵母 銘柄

バナナのような香りが特徴となる「京の華」を使用した1本。米の旨味がしっかりと感じられると同時に、穏やかでコクのある酸味が特徴。少し熟成させると丸くなった酸と旨味が楽しめる。

都鶴酒造のお酒購入はこちら

京の咲:神聖 京都府産祝 純米吟醸 無濾過生原酒[山本本家]※季節・蔵元限定発売

京都酵母 銘柄

リンゴ酸と呼ばれる爽快な酸を生み出す「京の咲」を使用した1本。マスカットのようなフルーティな香り、すっきりした酸味が特徴。少し冷やせばキリッとした香味と酸味が楽しめる。

京の珀:英勲 本醸造 京の珀[齊藤酒造]

京都酵母 銘柄

貝類に多く含まれる旨味成分、コハク酸を多く生み出す「京の珀」を使用した1本。香りも味わいも穏やかできれいな本醸造。45度程度に温めると濃醇な香味が楽しめる。

京の恋:初日の出 純米大吟醸 無濾過生原酒[羽田酒造]

京都酵母 銘柄

青リンゴ、バナナのような香りに加えて爽やかな酸味を生み出す「京の恋」を使用しており、弾けるような華やかな香りと甘酸っぱさが特徴の1本。冷やしてワイングラスで楽しめる味わいが魅力。

「京都酵母」認知度向上のためにブランド化を進める

産技研は2021年から本格的に「京都酵母」としてブランド戦略をスタートさせた。

「すでに各県において商標を取得したり、ホームページを通じて発信したりといった先行事例は存在しています。しかし、単品ではなく『京都酵母』として5種類のコンセプトを打ち出した上でブランド化している酵母は全国唯一だと思います」と沖田さん。

「『京の琴』や『京の咲』などは以前からずっと名乗っていました。それでも『京都酵母』とブランド化してからはSNSなどの発信でも酵母に関する内容が増えてきた実感があります。ようやく認知されつつあるのかなと、やっとスタートが切れたという気持ちです」と続る。

京都産技研

▲沖田実嘉子 研究員

これまでの3年間で試飲会への参加、SNS発信など公的機関としては踏み込んだ活動を続けてきた産技研。そうして出来上がった土台をベースに、今後は日本酒ラベルへの使用酵母掲載といった官民が連携した取り組み強化を考えているのだ。

また、清酒酵母をさらに飛躍させる長期的な展望もあると清野さんは話す。

「6,7種類目を見据えた研究も続けていますが、現在は既存の酵母をそのまま別のアルコール飲料に使えないかと検討しています。また、ビールやワイン、パンといった他の発酵食品への『京都酵母』展開も考えている最中です」

京都産技研

日本酒の香味成分に大きな影響を与える酵母の存在が「京都酵母」の普及によって広く認知される未来は遠くないはず。今後も様々な活躍が期待される産技研、そして「京都酵母」の動向に注目したい。

  • ・地方独立行政法人 京都市産業技術研究所
  • ・京都市下京区中堂寺粟田町91 京都リサーチパーク9号館南棟
  • ・電話:075-326-6100
  • 京都酵母公式ホームページ

 

ライター 新井勇貴
滋賀県出身/唎酒師・SAKE DIPLOMA
酒屋、食品メーカー勤務を経てフリーライターに転身。好みの日本酒は米の旨味が味わえるふくよかなタイプ。趣味は飲み歩き、料理、旅行など

特集記事

1 10
FEATURE
Discover Sake

日本酒を探す

注目の記事

Sake World NFT