日本酒の“熟成とブレンド”はやってみないとわからない
京都伏見[北川本家]北川幸宏さんインタビュー
複数の酒蔵の日本酒をブレンドするという考えから生まれた、新感覚の日本酒[Assemblage Club(アッサンブラージュ クラブ)]と自分だけのオリジナルブレンド日本酒が作れるスポット[My Sake World]。この蔵を超えた日本酒のブレンドという新しいチャレンジをサポートしてくれる人たちに、今の想いを聞いた。

京都の3つの酒蔵の協力のもとに実現した日本酒[Assemblage Club(アッサンブラージュ クラブ)]や、個人や飲食店、企業がオリジナルブレンド日本酒を作ることができるスポット[My Sake World]。“日本酒のブレンド”という、これまでになかった企画に協力、応援をしてくれる蔵や人に、参加を決めた理由やその後の影響などについてインタビューした。
この方に話を聞きました

- 株式会社北川本家 代表取締役社長 北川幸宏さん
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プロフィール1964年に京都で生まれる。大学を卒業後、東京の酒関係の企業で5年間を過ごしたのち、1991年に北川本家に入社。2007年から代表取締役社長。2024年11月伏見酒造組合理事長に就任した。
INDEX
1.米にこだわる[北川本家]の酒造り

北川さんおすすめの富翁 純米吟醸 丹州山田錦
代表銘柄『富翁』で知られる北川本家は、江戸前期の明暦3年(1676年)に京都・伏見で創業。360年以上の歴史を数え、北川幸宏さんは14代目になる。全国新酒鑑評会では通算21回の金賞を受賞。杜氏を務める田島善史さんは京都府の「現代の名工」に認定されている。
—北川本家さんが日本酒造りにおいて、こだわっていることはなんですか。
北川さん「昔、まだ級別制度があった頃には、うちもいわゆる普通酒を中心に作っていました。しかし、いつまでもそれではあかんということで意識を変え、品質を重視した良いお酒をちゃんとわかってもらえるお客さまに届けようと、量から質へと方向を転換しました。特に原料の米にはこだわり、『富翁 純米吟醸 丹州山田錦』は京都府綾部市にある『河北農園』で農薬を極力使用せずに栽培した山田錦を使用しています。こちらの農園には私や蔵人たちも田植えなどを手伝いに行き、酒造りにとって米の大切さを改めて教わっています。」
2.[Assemblage Club(アッサンブラージュクラブ)]の発想に興味を惹かれて

増⽥德兵衞商店・北川本家・松井酒造による酒蔵の垣根を超え誕⽣した⽇本酒ブランド「Assemblage Club(アッサンブラージュ クラブ)」
—北川本家さんは[Assemblage Club(アッサンブラージュ クラブ)]に参加されています。複数の酒蔵の日本酒をブレンドする手法について、初めて聞かれた時にはどう感じられましたか?
北川さん「ブレンドをする技術自体は、自社内でも品質を安定させるために行っていましたが、ほかの酒蔵さんとのブレンドについてはおもしろい発想だと、とても興味を惹かれました。もちろん社内では賛否もありましたが、今までうちだけではできなかった味わいが出るかもしれない、とにかくやってみないとわからないと思いました。
日本酒のブレンドや熟成について言えることですが、成分を分析してみて数値的には誤差の範囲でしかない違いでも、人が飲んだら明らかに味が違うということがよくあるんです。第1号の[Assemblage Club Taro(タロウ)]の開発の際に増田さん(月の桂)のところで、皆さんとさまざまなサンプルを試飲したとき、ブレンドによって良くなるもの、平凡になってしまうものなどいろいろあって、実際に体験してみて初めて分かったことが多かったですね。」
—完成した[Assemblage Club Taro(タロウ)]のお味はいかがでしたか?
北川さん「なかなかおもしろい、多分うちだけではできない味わいでした。これは日本酒の可能性を広げるひとつの方法だと思いましたね。ワインと比べて日本酒は味わいの幅、商品としての価格帯の幅が狭すぎるのではないかという思いがずっとあり、それをどうやったら広げられるのだろうと考えていました。従来では日本酒の価値を上げるには精米歩合の競争、例えば米の品質と産地をうたって、特A地区の山田錦を何%磨いたからすごいみたいな話しかなかったんです。それって原料が高いのはわかるけれど、お酒のおいしさには関係がない。高い材料を使っても、技術がなければ普通のお酒にしかならないというのは本当にあるので。その点でAssemblage Clubはブレンドというまったく違った視点から差別化、付加価値化をしている。これは造り手側からは絶対出てこないアイデアだと思いました。」
—[Assemblage Club]に参加したことで、北川本家さんの中で何か影響はありましたか?
北川さん「そうですね、これまでうちのお酒を知らなかったという方から、いろいろと問い合わせをいただいたり、興味を持っていただけるようになったことが良かったです。」
3. たくさんの人に体験してもらいたい「My Sake World」
—個人で日本酒のブレンドをして、オリジナルの日本酒を作ることができる施設「My Sake World 御池別邸」で先日体験をしていただきました。ご感想はいかがでしたか?
北川さん「とてもおもしろかったです。日本の方だけじゃなくて、海外の方にも楽しんで受け入れてもらえるんじゃないか、たくさんの方に体験してもらいたいと思いました。ブレンドに用意された12種類のお酒を試飲して、これとこれをブレンドしたらこんな感じになるかなという予想は一般の方よりはできるので、大体は思った方向にはなったんですが、やっぱり微調整が必要だったり、楽しい体験でした。これは一度だけじゃなく、何回もやってみたくなりますね。
それに一般の方にとっては、最初に日本酒についての基礎的なレクチャーが受けられて、あれだけの種類のお酒を並べて飲み比べる体験って、なかなかできないでしょう。試飲を通じて日本酒ってこんなにいろんな味わいがあるんだっていうのを知ってもらえる。特に日本酒はなんとなく苦手だと思っていた方にも、このタイプなら飲める、これは好きだとか感じてもらえたらいいですね。」

My Sake World御池別邸の12銘柄にラインアップされていた「プルミエアムール」※2025年5月現在ラインナップが変更
—ブレンド用の12種類のうちでも、北川本家さんの「プルミエアムール」が特に人気が高かったという評判を聞きました。
北川さん「ええ、試飲して美味しかったと買って帰ってもらったり、オンラインショップでも注文が伸びている印象です。」
※2025年5月現在、在庫状況により「プルミエアムール」は変更している。
4「酒どころ」京都・伏見をもっと知ってもらいたい
—それでは昨年秋に就任された伏見酒造組合の新理事長としての抱負や、北川本家さんで何か企画されていることがありましたらお教えください。
北川さん「ずっとこの伏見で酒造りを続けさせてもらって思うのは、もっと伏見の町が活性化してほしい。京都の伏見が日本酒の一大産地ということを、より多くの方に知ってもらいたいと思っています。関西圏ではまだある程度は知られているんですが、ほかの地域では京都が酒どころというイメージがないそうで。特に海外では京都は有名でも、そこで日本酒を造っているとは結びつかないみたいですね。
日本酒の海外輸出については、アメリカへは関税の問題が落ち着くまで難しいですが、うちの場合は代表銘柄の[富翁]という名前が、中国語でとても縁起が良くて。もともと中国の漢詩に由来しているのですが、今は「大金持ち」という意味だそうです。それから[祝]という銘柄も「人の幸福を願う」という意味なので、この2本をセットにして、中国本土に限らず中国語圏の台湾やシンガポール、香港などへの販売を企画しています。」
インタビューの中で「“熟成とブレンド”はやってみないとわからない」と何度も口にした北川さん。実際に取り組んでいるからこその言葉だと感じた。日本酒×NFT、日本酒ブレンドをSake Worldが取り組む事について「熟成やブレンドをされるうえで、ウィスキーかワインとなりそうなところを、あえて日本酒でやってもらったことがありがたいと思っています。」と北川さん。
北川本家の代表として、また伏見酒造組合の理事長として日本酒や地域のことを常に考える姿を見て、日本酒の新しい取り組みを一緒にできる喜びを感じる。
ライター・唎酒師 藤田えり子
大阪の日本酒専門店に世界を広げていただき、さまざまな日本酒や酒蔵に出合う。好きな日本酒は秋鹿、王祿ほか
お酒以外の趣味は鉱物集めとアゲハ蝶飼育。
