熟成酒

長期熟成酒研究会 熟成古酒の過去・現在・未来

熟成古酒処
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最近よく聞く、日本酒の「熟成古酒(じゅくせいこしゅ)」って!?

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みなさんは日本酒の古酒をご存知でしょうか?3年から10年、時には20年以上にわたり清酒・日本酒を保管・熟成させたもので、色は琥珀色やルビー色など様々な色に輝き、カラメルや蜂蜜のような甘い香りや味、お米由来の熟成した香りが特徴で複雑な香りと、濃厚な味わいで人気が高まっています。

熟成年数や熟成温度などにルールや決まりはなく、たまたま蔵に眠っていたものを飲んでみると「美味しくなっていた!」などの偶然の産物から、わざわざ甕に詰め替えて冷暗所で熟成させるもの、酵素がほとんど働かないと言われている氷温(マイナス5度前後)で熟成させたもの、また一方では温泉などを使い高温で加熱して熟成させたものまであります。

熟成古酒の現代の草分け

そんな熟成古酒の魅力にいち早く気づき、約40年前に設立された「熟成古酒研究会」をみなさんご存知でしょうか?酒造会社などによる任意団体として昭和60年(1985年)に設立され、現在会員は47社(酒造メーカー27社、酒販・飲食 20社)。古酒の魅力を発信し続けています。

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長期熟成酒研究会・事務局長の伊藤さん
プロフィール
熟成古酒を15,000本以上保有する神奈川県にある酒屋「愛知屋」のご主人でもあり、東京新橋にある長期熟成酒専門店&バー「熟成古酒処」の経営もしている

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プロフィール
伊藤 淳
長期熟成酒研究会 事務局長
日本酒・熟成古酒の店 愛知屋(合資会社愛知屋) 店主
日本酒バー・熟成古酒処 店主
酒屋の3代目として、熟成古酒の魅力を発信する。貯酒(ちょしゅ)の大切さを感じ、およそ15,000本の古酒を貯蔵。4代目、5代目に残すための“資産としての日本酒構想”も掲げる。氏曰く「人気が上がってからでは、遅い」。

最近、流れが強まってきている熟成古酒の“現在地”について、教えていただきました。

江戸時代は人気の酒

この研究を始めた時は「ワインの真似事でしょ?」みたいな事を言われたこともあります。しかし文献によると、江戸期までの日本には熟成古酒を嗜む文化が存在していました。しかし、社会情勢や税制等の理由から、熟成古酒は明治期に突然姿を消してしまいました。その後、戦後の税制改正等により、熟成古酒は市場に徐々によみがえりつつありますが、吟醸酒のように、未だ多くの方に認知された存在とまではなっていません。気軽にどこの酒屋さんでも売っているという訳では無いのです。

どうしてまた古酒研究が復活したのか?

昭和30年〜40年代に、お酒の原材料である米の価格がさがりはじめ、酒の乱売り状態になったと聞いています。小さな酒蔵は消耗戦になり、疲弊し潰れてしまうのではないかという状態。確か、減反政策も導入され出した時期です。このままでは小さな酒蔵、酒屋が潰れる。高付加価値商品の開発が叫ばれた時代に発端がありました。そこで、香りの華やかな吟醸酒の流れと、重厚感のある古酒という2つの流れが出来始め、多くの蔵が吟醸酒の流れに乗り、それが今まで続いています。(もちろん「純米酒推し派」など、無理な高付加価値化の流れとは別にそれぞれのポリシーや経営戦略があります。)そして、極少数派が、古酒のすばらしさに取り憑かれました。商売の事を考えると、商品価値が出てくるのに年月がかかる古酒よりも、お米を削れば高付加価値化しやすい吟醸酒の方が商売的な理に適っていると思います。

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熟成古酒研究会の活動

当研究会では熟成古酒の定義を「上槽(醪をしぼって)から満3年以上蔵元で熟成させた、糖類添加酒を除く清酒」とし、また官能評価をした後に、熟成古酒の認定シール※を発行しています(そのほか諸条件あり)。平成17年(2005年)には当研究会の創立20周年を記念して「日本酒百年貯蔵プロジェクト※」を始めました。日本酒の魅力を形あるものとして百年後の未来の人々に伝えて行きたい、そういった願いが込められています。また継続的な観察・官能評価(味見)により様々な知見が蓄積されています。また最近では、熟成古酒の需要が高まっていて、イベントやセミナーにも勢力的に参加・出展しています。

※日本酒百年貯蔵プロジェクト:
長期熟成酒研究会、独立行政法人酒類総合研究所、学校法人東京農業大学との共同プロジェクトとして平成17年(2005年)にスタート。10年に一度、その経年変化を観察・研究し、長期熟成酒の魅力を後世に伝えることを目的としており、平成27年(2015)の10年目には、講演会や、貴重な熟成古酒の試飲会、マリアージュディナーなどが開催された。

※熟マーク認定制度:詳細はこちらから http://www.vintagesake.gr.jp/aboutus/2093

長期熟成酒研究会の立ち上げの経緯

立ち上げたのは酒蔵コンサルタントの故・本郷信郎さん、元株式会社福光屋常務の梁井宏さん、「龍力」醸造元・本田商店の故・本田武義会長、「初孫」醸造元の東北銘醸株式会社の佐藤淳司社長、「達磨正宗」醸造元・白木恒助商店の白木善次会長らで、各蔵で熟成させた酒が味も色も異なっていていることに気づき、持ち寄ってみたそうです。色だけでもルビー色、金色、瑠璃色、琥珀色、薄緑色、山吹色 etc…全然違っていて、いったい酒の中で何が起こっているんだろう。この現象やおいしさを消費者に伝えるのに、どうしていくべきかという観点で研究がスタートしたと聞いています。

熟成古酒の魅力とタイプ

美しく輝かしい色調、甘く独特な熟成香(風格のある奥深い香り)、口に含んだときのやわらかさ、飲み込んだ後の余韻の長さなど様々な魅力がありますが、一番の魅力は味と香りのバリエーションの豊かさでしょう。日本酒の概念と世界がさらに広がります。

しかし選択肢が多すぎて消費者に伝えにくいのはデメリットです。ですので、当研究会で最初に決めた事は下記のおおまかなタイプ分類です。現在でもこの3タイプごとで評価します。

タイプ名称
精米歩合/貯蔵温度
特徴
淡熟型
高精白/低温熟成
吟醸香を生かすタイプ
中熟型
高精白/常温熟成
淡熟と濃熟の中間タイプ
濃熟型
低精白/常温熟成
色も濃くなり熟成香が濃厚なタイプ

 

つまり変化の要素として「精米歩合」と「熟成温度」の2軸を中心に分類していますが、実際は高精白でも、濃熟型のように、色調も琥珀色のように濃くなることもあります。結論的にいえば、アミノ酸の多い酒が熟成しやすいという事がわかっており、つまり低精白だと、タンパク質が多く残り、アミノ酸が多くなりやすい。だから酒造好適米よりも、飯米の方が濃熟の可能性があります。ただし、それがおいしいかどうかとは別です。熟成すると美味しいですが、貯蔵すれば全ての酒が美味しくなるわけではない。良い熟成古酒をつくるには、まずいい醸造が必要だということは忘れてはいけないことです。それ以外には麹歩合※を増やしても熟成しやすいという事もわかっています。実は1998年に熟成を見越して南部美人さんが全麹仕込み※の日本酒を世に売り出し、熟成古酒に肩入れをしているメーカーがそれに続き、熟成古酒業界内で全麹仕込みが少し流行った時もありました。

※麹歩合:日本酒を醸す時の麹の使用割合。

※全麹仕込み:ほぼ全て麹と水でつくる日本酒(各メーカーなりの解釈がある)。なぜ“ほぼ”かと言うと、「米、米麹、水」を使わなければ酒税法上の清酒を名乗れないため、少しだけ米も加える必要がある。甘味も強く、3年で山吹色になり、すごいスピードで熟成していくと言われている。

おすすめの飲み方は?(タイプ別)

淡熟タイプは、吟醸酒の特徴を残していますから冷して(10~15℃)がおすすめです。但し、冷しすぎは禁物です。濃熟・中間タイプは、一般的には室温ですが、その個性と好みに合わせて少し冷やした状態や、ぬるめのお燗(42℃)で素晴らしく豊かな味わいの酒になります。我々でも予期しないことが起こりますので、とにかく色々と試していただくと、発見や驚きも多いと思います。

おすすめのお料理は?

淡熟タイプの熟成古酒は、淡い色のおつまみ(こぶ締めの白身刺や、蒲鉾など)に合わせてみてはいかがですか?中熟タイプの熟成古酒には、油味の多い天麩羅や、竜田揚げなどに合わせて。酸味のある熟成古酒は、油をさっぱりさせる効果もあります。お料理にレモンを駆ける感じです。濃熟タイプの熟成古酒には、旨味の多い銀だらの西京焼きや、すき焼きなどを合わせてはいかがでしょう。熟成古酒の持つ味の深みが天国へといざないます。

熟成古酒処
伊藤さんの経営する酒屋「愛知屋」のオリジナル熟成古酒ブランド「寝越庵(ねごしあん)」。寝越庵ブランドでは、複数の酒蔵に古酒を依頼しており、こちらは岐阜・白木恒助商店「達磨政宗」に依頼しているもの。甘味、酸味、苦味のバランスがよく味のまとまりが良い。代表的な熟成香であるカラメルの香りも感じが良い。

現存している最古の熟成古酒

新潟の豪農渡邊邸で、継ぎ足しながら270年以上保存されている日本酒があります。1代に1回だけ当主が味見をして、感想を書き、当主が自身の人生で一番うまいと思う酒を継ぎ足して、つないでいくという代物です。また、和歌山県最古の酒蔵・帯庄(おびしょう)酒造から発見された「スヰートピー」は、昭和元年の醸造です。蔵からは1リットル瓶で46本発見されたとのことで、現在で100年弱の熟成になります。ちょうど当研究会の創立20周年の際(平成17年)、スヰートピーが熟成80年を迎え、関係者で試飲したこともあります。「香りはコニャック、味はアモンティヤード」などと表現された方もいらっしゃいました。今度また100年目の時も開封してみようという話にはなっています。現存はしていないですが、聞いたことのある最古の熟成古酒は、長野県の大澤酒造さんですね。元禄2年(1689)の日本酒だったそうです。昭和63年に醸造生物学の博士である故・坂口謹一郎さん、当研究会の顧問も務めて頂いた故・本郷信郎さんらがNHKの番組内で開けたと言われています。今の酒類総研の前身の団体である国立醸造試験場が成分分析し、アルコール度数は25.5%だったと記憶しています。

自宅でも熟成古酒はできますか?

できます。暗所で保管してください。“冷”暗所ではなく常温がおすすめです。紫外線は良く無いとされていますので、新聞紙などに包んでクローゼットの中にでも入れてみてはいかがでしょうか?開ける時に当時の出来事が懐かしく楽しめます。(実は個人的に紫外線に当て日光臭をつけるのも悪くないと思っています。世界にはわざわざ日光臭をつけるタイプのお酒もあります。)そして低精米の純米酒を選んでみてください。もし「全麹仕込み」という日本酒が手に入れば、熟成による変化が楽しみやすいと思います。そのほか、甘口のもの、無濾過のもの、酸度の高いものがお勧めです。出来れば生酒は避け、火入れ酒が良いです。そんなに深く考えずお好みと直感を信じてやってみてください。(くれぐれも自己責任でお願いいたします。)

タイプ別、熟成に適した日本酒

タイプ
熟成方法・特徴
純米酒/本醸造/低精米
無濾過/山廃など
甘味、酸味のあるもの 
↓ 
濃熟タイプへ

・常温保管で、棚の隅やクローゼットの中など
・一般的に約3年ほどで劣化現象が止まって熟成に向い、7~8年で飲み頃となるものが多い。淡黄色から、琥珀色、赤褐色へと色の変化が楽しめ、さらに20年もすれば「解脱※」し、冷やからぬる燗まで楽しめます。
大吟醸酒・吟醸酒
↓
淡熟タイプへ

・最初の1年間は、冷蔵庫の中など4度くらいの低温で寝かせ、1年過ぎたら15~18度くらいの場所に移す。
・熟成しても色の変化が少なく、うっすらした淡黄色になる程度ですが、12~13年で飲み頃を迎えるものが多く。冷ややオンザロックなどでもおいしく楽しめます。

 

※全ての日本酒がおいしく熟成するかどうかはわかりません。よっぽどのことが無ければ未開封の日本酒が腐る事はありませんが、ご自分の責任でお試しください。基本的に日本酒には賞味期限はありません。
※熟成古酒が、およそ熟成10年~20年の間に、色つや、香り、味わいの面で総合的に劇的な変化を遂げることを、長期熟成酒研究会では「解脱」と呼んでいるそうです。

熟成古酒は悪酔いしにくいそうですが?

なぜか熟成古酒は、飲んだ後の「酔い覚めの良さ」が特徴だと言われる事があります。江戸時代の「訓蒙要言故事」には、「新酒は、頭ばかり酔う。熟成酒は、からだ全体が潤うように気持ち良く酔う」と書かれています。しかし、医学的根拠はまだ無いと思います。たくさん飲まれるようになれば、そういった研究も進むかもしれません。

熟成古酒の未来

とは言っても、熟成古酒の世界はまだまだわかってないことだらけです。例えば、甘味と酸味あるタイプが濃熟しやすいのですが、どういう酸が熟成に向いているかと言われれば、わからない。酒になる前の原材料である米、米麹、水も当然関係しています。最近では海外への輸出の観点からもGI(Geographical Indication)が叫ばれるようになってきましたが、まずは「地の酒」のありかたの追求が一番重要で、熟成も当然その上に成り立っていると思います。その土地の気候風土、テロワールが米というレコードに深く刻まれています。地元の人が何を食べていて、どういった味わいに酒を合わせてきたのか。文化や歴史背景を抜きに語ることもできないですし、これを十把一絡げに、味の評価をすることも少し無理があります。3ヶ月でも熟成だし、20年でも熟成。もっと言えば、火入れ後の冷却までの間は短時間でも「加温熟成」です。着色を防ぐためになるべく早く冷却するのが常識ですが、常識にとらわれず、微細な変化にも気を留め、日本酒の味わいを研究していきたいと思います。ほんとうに一生追求できるテーマです。

今後の課題

当研究会での熟成古酒認定制度もありますが、個人的にはもっと厳密化していかなれかばと感じています。フランスやイギリスを中心に、飲む酒から、資産としての酒市場が存在していて、1本数百万円など、上を見たら値段のキリの無い超高級酒世界があります。そして、資産ですから、相続の控除対象になる、ならないなど、国によって定めもあります。その時に問題になってくるのが、証明書で、米の原産地証明などトレーサビリティやGIは、NFTなどのIT技術を駆使する必要もあると感じています。前述のとおり、熟成させればなんでも美味しくなるわけでも無く、ますますの化学的な研究と、厳格な管理や定義が必要かもしれません。これからの課題ですね。

今回試飲させていただいた古酒の一部

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京都府・木下酒造「玉川 山廃純米 ビンテージ 2017」は江戸時代の製法で造ることで現代のオーソドックスな日本酒と比べて約7倍の約アミノ酸が生成される。瓜や奈良漬を思わせる風味で重厚な味わいかと思いきや、酸がきれいにまとめてスッとした飲み口。「玉川 Time Machine ビンテージ 2017」はコーヒー、カラメル、ナッツ、干しぶどうなど熟成を感じる様々な要素をバランスよく感じ、甘め。どことなくコーヒーっぽくもあり、バニラアイスにかけて食べたくなる味。

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長野県・麗人酒造の4種類。製法も醸造年度も違う。熟成酒にいちもくを置く各蔵では、日々試験的な試みが行われている。

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新潟県・下越酒造「麒麟 時醸酒(きりん じじょうしゅ)」の2003年と2001年の飲み比べ。2003年は酸の立つ独特な味わい。蜂蜜や杏を思わせる芳醇なタイプ。2003はさらに熟してウッディーな香りも加わりつつも、2001よりキレよくまとまりがある。

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兵庫県・本田商店「龍力 純米 熟成古酒vintage1999」は複雑な香り。わら・ほうじ茶・米・カシューナッツなど様々な香りがひろがるが、苦味が引き締めて後味をまとめている。まさに24年熟成の成せる技。「龍力 長期熟成酒 J-SALIQ(ジェイ・サリック)」は木香、バニラ香を中心としたエレガントな香りに、クセのあるナッツ香がありエキゾチック。酸味がきれいで、輪郭を整えている。こちらはなんとシェリー酒と日本酒の混和。ですので品目はリキュールとのこと。

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福井県・南部酒造場「花垣 貴醸年譜 20年」は濃密なカラメル香が特徴の貴醸酒。若干の酸味も感じ、杏のドライフルーツのようなねっとりした甘味が奥から出てくる。みたらし団子の風味にも感じられる。プリンにかけて食べたい!

熟成古酒処(ジュクセイコシュドコロ)

熟成古酒処(ジュクセイコシュドコロ)

住所
東京都港区新橋2-21-1 新橋駅前ビル2号館 B1FGooglemapで開く
TEL
090-7719-1331
営業時間
17:00~22:00
定休日
土曜日、日曜日
飲めるお酒
※営業時間・定休日は変更となる場合あり。来店前に店舗に確認ください。 ※カード可、電子マネー可

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