酒屋に聞く

酒を起点に人が渦巻く街広島・竹原
[前川酒店]と[道の駅たけはら]を探訪

かつて製塩業で栄え、“浜旦那”と呼ばれた豪商たちが築いた広島県竹原市の象徴的存在が、落ち着いた風情を漂わす国の重要伝統的建造物群保存地区にも選定された「たけはら町並み保存地区」だ。

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「安芸の小京都」の玄関口といえるのが、竹原三蔵(竹鶴酒造、藤井酒造、中尾醸造)の地酒をはじめとした瀬戸内の味を伝える[前川酒店]と「町並み保存地区」のゲート部分に位置する[道の駅たけはら]だ。
酒と食を通じ、“現代の竹原”をつないでいく人々の営みがある両店。恩人から託された暖簾を守り続ける店主、心意気を胸に道の駅を支える駅長から話を聞く。

商社マンから酒屋へ

前川酒店は、竹原の中心市街地の一角に店をかまえる。店内には、竹原にある3つの酒蔵「竹原三蔵」をはじめとする中国・四国の銘酒が約150種類並ぶ。

山田智嗣さん 後継者の山田時生さんとともに

店を率いるのが、竹原のお隣呉市出身の山田智嗣(のりつぐ)さん。
父が当時呉にあった前川酒店の常連だった縁で、店主である創業者・前川康憲氏の仕事を手伝い、流通の現場を肌で覚えた。

大学卒業後は商社へ就職した山田さんだが、28歳のとき、父を突然亡くしたことを機に転機が訪れる。前川氏が「竹原に新しく立ち上げるショップを任せたい」と声をかけたのだ。
幼い頃から息子のように可愛がってもらった恩人から”のれん”を託される形で、竹原の地に入り、酒販の世界に飛び込んだ。

竹原店は2001年に法人化され、山田さんが代表に就任。だが直後に訪れた酒販規制の緩和で大型量販店が台頭する。逆風の中、山田さんは竹原に加えて、隣接する三原・東広島両市まで自ら営業をかけ、地元での認知と信頼を着実に積み重ねていった。同時に竹原の酒蔵三蔵も頻繁に訪れ、造り手と対話を重ねた。

やがて農家・漁師・飲食店と連携する「竹原の食を考える会」会長として、地元食材と地酒の可能性を探り、地域の食文化を立体的に伝えられる酒販店として、前川酒店の存在価値を高めていったという。

「竹原には磨けば光る宝が山ほどある。50年先まで届け続ける仕組みを今つくりたいですね」。そう語る山田さんの姿に、”まちづくりの立役者”としての存在感がにじむ。

前川酒店で買えるおススメ地酒!

地域のハブとしての役割を長年担ってきた前川酒店。竹鶴・藤井・中尾の「竹原三蔵」を中心に、瀬戸内の風土が育んだ地酒が約150種類並ぶ店内には、ここでしか買えない個性的な一本も多い。

1.藤井酒造「ちぬ賛舞(ざんまい)」純米吟醸

写真左の「前川酒店オリジナル笹酒」は、藤井酒造の竹原限定笹ラベル。精米歩合60%の純米酒で、芳醇な味わいが和食、洋食にもよく合う。

瀬戸内海で最も身近な魚、クロダイ(チヌ)の”本当の魅力”をもっと知ってもらいたい――。そんな思いから生まれたのが、市内のイタリア料理店店主を中心とした有志による「瀬戸内の恵みプロジェクト」が発案した純米吟醸酒「ちぬ賛舞(720ml税込2,860円)」だ。

チヌは潮通しの良い綺麗な海域で漁獲され、適切に処理された旬ものは、真鯛に匹敵する美味しさを持つ。一方で、水質の悪い場所に生息する個体は、餌の影響などで磯臭さや泥臭さで品位を落とすこともあるという、釣り人には人気の魚だ。

日本中の”チヌ愛好家”にも知ってほしい想いから生まれた「ちぬ賛舞」は、すっきりとした飲み口に、魚介の旨味を引き立てる穏やかな酸、そして後味にほのかな米の甘みが感じられる。刺身や塩焼き、カルパッチョと合わせると、魚の持つ繊細な甘みと酒の旨味が一体となる。まさに瀬戸内の恵みを映す一本だ。

なお、写真左側の「前川酒店オリジナル笹酒」は、店舗ではここでしか購入できない貴重な一本だ。竹原を訪れた際には探してみたい。(ふるさと納税にも一部提供)

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2.中尾醸造「まぼろし黒箱純米大吟醸原酒

中尾醸造が年に一度だけリリースする限定酒が「まぼろし黒箱(720ml税込3,300円)」。精米歩合45%、アルコール度数17度。前川酒店でも毎年11月に限定販売され、売り切れ次第終了となる人気銘柄。記念日の特別な一本や、贈答品としても喜ばれる逸品だ。
リンゴのようにフルーティーな香りを放つ「リンゴ酵母」を使った酒は、全国品評会で1位を受賞し、3年連続で皇室の新年御用酒に選ばれた経験を持つ。

[黒箱]は、その当時の製法を忠実に再現した一本で、グラスに注ぐと、青りんごを思わせる華やかな香りが立ち上る。一口含めば、雑味のない透明感と、原酒ならではの力強い米の旨味が口中に広がり、その“余韻”が次の一口を誘う。10℃前後に冷やしてワイングラスで楽しむのがおすすめだ。牡蠣のオイル漬けや白身魚の刺身と合わせれば、酒の華やかさが魚介の繊細な旨味を引き立てる。

<前川酒店>
https://www.takeharakankou.jp/souvenir/18523

道の駅を支える「キーパーソン」

「竹原観光の玄関口」として機能する重要拠点が、町並み保存地区のゲートに位置する[道の駅たけはら]。開業当初から勤め続け、昨年駅長に就任してこの道の駅を支えるのが大久保史代さん。

「本当は、人前に出るのが得意じゃないんです」
そう笑う大久保さんは、15年のキャリアを地道に積み重ねるうちに、”生き字引”として、スタッフや出品者から頼られる存在になった。

2014年から2015年にかけては、竹原出身でニッカウヰスキーの創業者である竹鶴政孝とその妻リタをモデルとしたNHK朝の連続ドラマ小説『マッサン』が放送されたこともあり、「道の駅たけはら」の年間来場者数は20万人を超え、大型バスが次々と到着し、連日満員の盛況だった。

ブームが一段落し、さらにコロナ禍が直撃する中、大久保さんはそこを、考え直す「チャンス」と捉えたという。

「休みが増えた分、カフェや農家さん、加工場さんのお手伝いに行けるようになって。レモンやジャガイモ、魚介類……”こんなにおいしいものがあるのに、なぜ表に出ていないんだろう”って、改めて気づかされました」

コロナ禍を機に、店内の品ぞろえは地元や隣町の「本当においしくて、続いてきたもの」と変化し、自分や家族のために買いたくなる一品を中心に据えるようになったという。

農家や漁師、菓子屋、工房など約200社が出品している現在で人気なのは、地元産牡蠣のオイル漬け(810円)、三原産の燻製ナッツ、市川菓子店のレモンケーキ(150円)、地元のお母さんが毎朝手作りする弁当、そして道の駅オリジナルのタレを使った白身魚の漬け丼(1,880円)だ。大久保さんが「もう少し甘く」「もう少し辛く」と何度も試作を重ねて完成させたという。

「道の駅オリジナル商品は全て企画から関わっています」と大久保さんはさらりと言うが、その背景には「生産者が作るのをやめないで済むように」という強い思いがある。

「チヌや鯛はたくさん獲れても地元では売価が安価で儲からない。でも漬け丼にすれば、県外のお客さまが”おいしい!”って喜んでくださる。そうやって需要をつくることで、少しでも続けてもらえたらと思うんです」

なお、「道の駅たけはら」指定管理者をつとめるのは、先ほどご紹介した前川酒店・山田さん。長年の地域貢献から自然と名前が挙がったそう。2023年にまちづくり会社「株式会社いいね竹原」の代表に就任し、”酒屋の社長”と”道の駅の運営責任者”という二つの顔を持つ立場となっている。

道の駅たけはらで出そろう「地酒」「酒肴」

旅の途中、あるいは帰り道―「ちょっと一杯やりたいな」と思わせる相棒たちが、道の駅たけはらには豊富に取り揃えられている。ここからは筆者おススメの”酒友”を厳選してご紹介。

1. 瀬戸内の海を閉じ込めた「牡蠣のオイル漬け」

広島の海で育った牡蠣を、にんにくやハーブとともにオイルに漬け込んだ一品。プリッとした牡蠣の旨味とコクのある塩気が、純米酒のふくらみや生酛系の酸としっとり寄り添う。特に竹鶴の純米酒とはコクのある旨味同士が好相性。お土産にも文句なしの”鉄板”だ。

そのまま食べても、バゲットに乗せても、パスタに和えても美味。常温保存が可能だが開封後は要冷蔵となる。

2.香ばしいスモーク香が印象的な逸品「三原発燻製ナッツ」

三原で作られる燻製ナッツはアーモンド、カシューナッツ、くるみをミックス。ナッツそのものの甘みと、香ばしいスモーク香が印象的な逸品だ。

純米酒系に合うのはもちろん、意外なのだが、日本酒だと、吟醸系のフルーティーな香りともなぜか相性が良い。冷やした「幻」や「龍勢」と合わせると、瀬戸内らしい”海の風味”と、樽香にも通じるスモーキーさがグラスの中に立ち上がる。キレのある後味がナッツの油分を洗い流してくれる。もちろんビールや焼酎にも合うが、日本酒と合わせるとワンランク上の”大人の晩酌”が楽しめる。

3. あえての調味料!竹原名物「竹焼き塩」&大崎上島「木桶醤油」

道の駅たけはらでは、瀬戸内の旨みをギュッと閉じ込めた魚介類「乾き物」のラインナップも豊富だ。
だがここはあえて、お酒が進んでしまう優れものの「調味料」を「あて」として推す。

冒頭で述べた通り、かつて竹原は塩が名産品だった。残念ながら高級塩は廃れてしまったが、「竹焼き塩」は竹原に唯一残る、竹筒に塩を詰めて高温で焼き上げた逸品だ。

角のとれたまろやかな塩味と、ほのかな旨味が特徴で、特に冷奴に振ると、ひとつまみ振るだけで、豆腐の持つ大豆の甘みを強調し、まろやかな竹原の日本酒の旨味を引き立てる。枝豆やトマトに振れば野菜の甘みが際立ち、天ぷらの付け塩として使えば素材の風味を邪魔せず引き立てる。おにぎりに混ぜ込めば、ほんのりとした旨味が米の甘みと調和する。

調味料としても万能で、料理好きへのお土産にも喜ばれるだろう。シンプルな肴としても、酒の個性をじっくり味わう”通な家飲み”の脇役としておすすめ。

木桶醤油は、竹原からフェリーで20分程度の沖合にある大崎上島の岡本醤油が醸造。今では珍しい、厳選した原料を杉の木桶でじっくり1〜3年熟成させる昔ながらの醤油づくりを守る老舗だ。深い旨味と豊かな香りは、まさに竹原三蔵の美酒との相性抜群。

このほか、地元のお母さんたちが毎朝手作りするお弁当も人気。具材は季節により変わるが、卵焼きやその時々の魚のお惣菜などが入った素朴で優しい味わい。ほっとする”おふくろの味”が旅の疲れを癒してくれる。数量限定なので、午前中に訪れて確保し、竹原の海を見ながら食べるのもおすすめ。観光の合間の軽食としても、ドライブの車中でも、家に帰ってからの晩酌のお供としても活躍する一品だ。

竹原三蔵の地酒は「飲み比べセット」で!

道の駅たけはらでも、もちろん地酒を取り扱っている。
特におススメなのが竹原三蔵の飲み比べセット(720ml×3本 約4,500円)。それぞれの個性を味わいながら、自分好みの一本を見つける楽しみは格別だ。同じ町の水と風土で育まれた三つの酒が、これほど異なる表情を見せることにきっと驚くはず。

<道の駅たけはら>
https://www.iine-takehara.com/michinoekitakehara

家に帰ってからも楽しめる、竹原の「物語」

前川酒店で選ぶ一本も、道の駅たけはらで見つかる地元のおつまみも、どれも竹原が持つ「物語」を静かに語りかけてくれる。

次の休日、ちょっと足を伸ばして竹原へ向かってみるのはいかがだろうか。酒を真ん中に、人が渦を巻く町が、今日もあなたを待っている。

竹原酒マップはこちら!

ライター:
山口吾往子
1995年京都大学法学部卒。2010年2月英語通訳案内士合格。日本酒好きが高じて、唎酒師と国際唎酒師、FBO認定日本酒学講師資格を取得。The Sake Educational Councilの認定資格、Certified Advanced Sake Professional (ASP)取得。2017年より日本語・英語双方のメディアで記事を執筆、日本酒の内外での動きについて伝える。また、2019年5月よりWSET sake Educatorとして大阪心斎橋にてWSET日本酒講座を行っている。

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