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海外SAKE事情インド編
~進化する“食”と”酒”文化~

日本の國酒「日本酒」は海外ではどのように取り扱われているのか。Sake World海外特派員が「JapaneseSake事情」を報告する。今回は世界一の人口を誇る・インド。

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近年訪日市場としても注目されている新興マーケット [インド]。
新興経済国家「BRICS」の一角にも数えられ、経済成長とともに拡大する中間・富裕層の購買力は、日本の観光や食文化、酒類市場にとっても大きな可能性を秘めている。本稿では、急速に変化するインドの食文化や飲酒事情を概観しながら、特に“日本酒”という視点からその普及可能性と課題について探っていく。

変化する食風景

経済発展が著しいインドでは、特に都市部の富裕層を中心に食文化が急速に多様化している。

料理も伝統的なインド料理だけではなく、グローバルな食体験が求められるようになった。2023年時点でのインドの外食市場は前年比で約12%成長し、外食比率の上昇とともに、国際料理の需要が高まっている。Statista※のデータによれば、都市部の外食利用者のうち約35%がインド料理以外の料理を積極的に選んでおり、特に中華料理、和食、イタリアンの人気が高い。
高級レストランが次々とオープンし、和食・イタリアン・フレンチなど、多様な国際料理が楽しめるようになっている。
※参照:Indians becoming experimental with food – Restaurant India

飲酒に関しては、宗教や習慣からアルコール摂取に一定の制限があるため、全体としては控えめである。2023年時点でのWHOの統計※によると、インドの15歳以上人口のうち飲酒経験があるのは約18.8%であり、その多くが都市部の男性に集中している。一方、2010年時点での飲酒経験率が約17.1%であったことから、13年間で1.7ポイント増加している。緩やかではあるが飲酒経験者は着実に増加している。
※参照:Alcohol

それでも都市部の富裕層を中心に、飲酒文化が徐々に浸透しており、「食事と共に楽しむ高級酒」としてウイスキーやワイン、クラフトジンの人気が高まっている。

中上流・富裕層ってどんな人?

インドの中上流・富裕層の世帯年収は概ね年間約200万ルピー(約350万円)以上であり、多くは経営者や高度な専門職に従事している。ライフスタイルもグローバル志向で、海外旅行を頻繁に行い、高級ホテルやレストランで洗練された食体験を求める。

特に2022年から2024年にかけては、新型コロナウイルスの影響からの回復に伴い、インド人の海外旅行者数が急増している。インド民間航空省や観光統計レポート※によると、2022年には約1,800万人だった海外渡航者数が、2023年には約2,100万人、そして2024年には約2,800万人に達したとされている。
※参照:How to Grow Inbound Tourism in India: Unlocking Long-Haul Opportunities – Skift Research

特に富裕層を中心に顕著に回復しており、こうしたグローバルな移動と体験の増加が、旅行先の現地各国の食文化や酒類消費にも大きな影響を与えている。

フランスではミシュラン三つ星の高級レストランでフレンチを堪能し、イタリアでは本場のピザやパスタを楽しむ傾向にある。アジアではシンガポールや香港の高級中華料理店やタイの高級タイ料理店も人気である。
そして日本を訪れる富裕層は、東京や京都のミシュラン星付きレストランを訪れ、寿司や懐石料理を体験することが多い。京都では、「ELLE Gourmet」が特集したように※、京町家を改装したレストランや、素材にこだわるオーセンティックな和食の提供により、国内外の美食家を惹きつけている。
こうした多様な食体験から、日本食とともに日本酒への関心も高まりつつある。
※参照:A Vegetarian’s Guide To Eating And Drinking In Kyoto

「食」「酒」文化の特徴と変遷

インドの富裕層は主にウイスキーを好み、とりわけスコッチや高級ウイスキーの消費が多いが、近年はワインとクラフトジン市場が著しい伸びを見せている。
2024年時点でインドのワイン市場は783.7百万米ドルに達し、2025年から2030年にかけて年平均成長率(CAGR)14.2%が見込まれている。※
※参照: India Wine Market Size & Outlook, 2024-2030

また、クラフトスピリッツ市場は2023年に398百万米ドルに達し、2024年から2030年のCAGRは34.3%という急成長が予測されている。※
※参照: https://www.grandviewresearch.com/horizon/outlook/craft-spirits-market/india?utm_source=chatgpt.com

特に若い世代を中心に新しい酒類への関心が高まり、ムンバイやデリーの高級ホテルでは、各国料理のレストランでペアリングとして提供される機会が増えている。

訪日観光客の間でも、カレーや伝統料理だけではなく、和食をはじめとする各国料理を現地で楽しみたいという需要が強まっている。とりわけ高級感のある空間や、日本ならではの様式、体験型の食事に対する関心が高く、これが日本酒の浸透の機会となると考える。※
※参照:From Tokyo to Mumbai: How Japanese cuisine is winning Indian hearts – Times of India

同様に、欧米への旅行時には、現地の高級ワインやシャンパン(フランス、イタリア)、カバやサングリア(スペイン)など、その土地に根ざした酒文化を積極的に体験する傾向が見られる。アルコールに対する嗜好がより洗練され、ワインやクラフト酒類への関心が広がっている傾向がある。

インドは世界最大の人口(約14億人)を持つが、その内訳はひとくくりにできない。
ヒンドゥー教やイスラム教など宗教的・文化的背景により、インドでは飲酒を控える傾向が広く存在する一方で、その実態は州ごとに大きく異なっている。

The Indian Express※によると、飲酒率は州ごとで最大7倍の差がある。

地域別では、北東部や南インドの一部では高い一方、北インドでは極めて低い。しかし北東部でも、アッルナーチャル・プラデーシュ州では、男性の飲酒率が53%、女性は24%に達している一方、禁酒法があるグジャラート州(アーメダバードなど)とビハール州(パトナなど)では男女ともに1%未満(グジャラート:男性0.4%、女性0.%、ビハール:男性0.4%、女性0.1%)と非常に低い水準にある。
年齢別では25〜29歳男性の飲酒率が約33%と最も高く、60歳以上では14%にとどまる。都市部や若年層を中心に、アルコールへの抵抗感が薄れていることがうかがえる。
州別では、マハラシュトラ州(ムンバイ)で13.9%、パンジャーブ州(アムリトサル、チャンディーガルなど)では24.6%と比較的高く、大都市圏では飲酒文化の浸透が進んでいる。
※参照:Alcohol consumption in India: trends across states, age groups | Explained News – The Indian Express

このように、インドでは宗教・文化だけでなく、地域や世代によって飲酒傾向に大きく左右する。
この地で日本酒を普及させるためには、飲み方や文化的背景を丁寧に伝える教育的アプローチと、地域に応じた戦略的展開が求められる。さらに規制や宗教的背景により、そもそも日本酒の流通自体が困難な地域もあることも留意しなければならない。

日本酒の可能性と取り組み事例

2025年現在、インドにおける日本酒の知名度はまだ限定的だが、「和食とのセットで楽しむ高級な飲み物」として徐々に認知されてきている。都市部の高級ホテルのバーや日本料理店では、試飲会やプロモーションイベントが行われており、少しずつだが存在感を高めている。ムンバイで2月に開催された日本酒プロモーションイベント「ミカ・サケ・グローバル※」では、高級バーやレストランでの日本酒の提供拡大を図った。
※参照:ムンバイで日本酒試飲会、日本酒の魅力を現地メディアにPR(インド、日本) | ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース
また京都の「月桂冠」は、インドのベンガルールで日本酒紹介イベント※を開催している。
※参照:月桂冠がベンガルールで日本酒紹介イベントを開催(インド) | ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース

その他の取り組みとして、「株式会社日本酒にしよう。」は、約5年インド現地にて輸出と現地プロモーションを行っている。
価格競争の激しいインドアルコール業界の中で、日本酒が持つストーリーや歴史にフォーカスして、価値を伝えることを重視したPR活動で、現地レストランやバーとの強固な関係を築いている。

都市部では日本食レストランが着実に増えており、特にバンガロールやデリー、ムンバイなどでは寿司やラーメン、弁当スタイルのレストランが人気を集めている。こうした背景には、アニメや漫画といった日本のポップカルチャーの影響も大きく、日本文化全体への関心が高まる中で、食への興味にも波及している。

こうした取り組みを通じ、インドの“食と酒”文化はさらに洗練され、日本酒をはじめとした日本の食品・酒類が浸透する素地が整いつつある。今後、インド都市部の食文化がさらにグローバル化する中で、日本酒が新たなプレミアムな選択肢として定着し、国際市場全体へと波及する可能性も大いに期待されるだろう。

ライター:大瀧 直文
BRANDit Japan合同会社・代表
日本および海外市場において20年近く広告・マーケティング業務に従事。特にインド市場に精通し、5年間の現地駐在を通じ、JNTOデリー事務所との連携をはじめ、インドでの「Japan」ブランド戦略策定の先駆者となる。
現在は日系企業向けインド市場のプロモーション支援、地元メディアとの協業に、イベントプロデュースや番組制作など、インドにおける観光PR・ブランドマーケティングのスペシャリスト。

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