世界のSAKE

海外SAKE事情 スペイン編

日本の國酒「日本酒」は海外ではどのように取り扱われているのか。Sake World海外特派員が「JapaneseSake事情」を報告する。今回は情熱の国・スペイン。

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前回の「ポルトガル編」につづいて、今回は情熱の国スペインから。スペインは、多様な風景、豊かな文化、鮮やかな料理、情熱、洗練、美しさで旅行者を魅了する国。
その独特の食文化の中で「日本酒」の現状は? 最新の現地レポートをお届けする。

南欧州、イベリア半島の広大な国家

スペインの人口は約4800万人。大航海時代にはアメリカ大陸はじめ各地で多くの植民地を獲得して繁栄、その名残で現在も中南米諸国の多くはスペイン語圏だ。
ヨーロッパでは数少ない日本より面積の広い国で(日本の約1.3倍)イベリア半島の大部分を占める。フランスとの国境に続く険しいピレネー山脈の南西側に位置し、国土の大半は広大なイベリア高原。平均標高が約700mで西の隣国ポルトガルへと続く。北西部ガリシア地方の海岸は典型的なリアス式海岸で、入江を意味するスペイン語の「リア」がこの海岸地形の名称の由来だ。

今回はイベリア高原と“本家リアス”の2エリアを列車で訪問し、食文化とSAKE事情を探った。

歴史が食文化を彩ってきた

歴史的背景と豊かな自然によって形作られてきたのがスペインの食文化だ。ローマ帝国、イスラム王朝、キリスト教王国の影響を強く受けている。

ローマ時代(紀元前1世紀~4世紀)にオリーブ栽培やワイン醸造が発展し地中海食の基礎ができ、イスラム時代(8〜15世紀)には、アーモンドや柑橘類、スパイス、米が伝わる。大航海時代(15〜17世紀)には、アメリカ大陸からのトマト、ジャガイモ、唐辛子などが食文化を革新させてきた。

大西洋と地中海に面し、多様な気候帯を有するスペインでは、料理も地方ごとに異なる。
北部(バスク、ガリシアなど)では海産物が豊富で、タコやアンコウ、貝類を使った料理が多い。中央部(カスティーリャ地方)では寒暖差が激しく、羊肉や豚肉を使った料理が目立つ。
一方、地中海沿岸(カタルーニャ、バレンシアなど)ではオリーブオイルや新鮮な魚介類をふんだんに使い、温暖な南部(アンダルシア地方)は冷製スープ「ガスパチョ」や、隣国モロッコからの影響でスパイス料理が発達。

イベリア半島の山の幸と地中海の海の幸を生かしたスペイン料理は、いわば味の万華鏡。2010年にはユネスコの無形文化遺産に登録されている。

酒はご当地グルメとともに愉しむもの

スペインの国民酒はワイン。料理と一緒に飲み、会話を楽しむためにある。ジュースで割ってフルーツを浮かべた[サングリア]もスペイン発祥だ。
イベリア半島産ワインはローマ帝国時代の時点で高く評価されており、その後のイスラム支配下でも人々はワインを飲み続けたそう。ブドウ栽培に適した土壌に、全土で栽培される品種はなんと400種以上!

スペインお酒事情

料理との組み合わせ(マリアージュ)が非常に重要視されるのも、スペインでの飲酒の特徴だ。土地の気候や土壌によって個性が生まれ、地元の食材と調和する。ここからは具体例を紹介する。

①鮮度抜群の海鮮と白ワイン~ビーゴ~

北西部ガリシア州にあるビーゴ(Vigo)はスペイン最大の港町。大西洋に面したスペイン随一の魚介類の宝庫だ。
この地域の食文化は、新鮮な海産物を活かしたシンプルな調理法が特徴。リアス式海岸で獲れた魚介、中でもぶつ切りにして茹でたタコにパプリカパウダー、塩をまぶしてオリーブオイルを掛けたポルボ・ア・フェイラ (Polbo á feira) は代表的な料理だ。
それに合うのはやはり地元ガリシアのワイン。ガリシア地方は、白ワインの名産地として知られており、特にアルバリーニョ(リアス・バイシャス産)の爽やかな酸味とミネラル感が、海産物の持つヨウ素の風味と調和し、旨味を引き立てる。

スペイン・ガリシア地方のタコ料理ポルボ・ア・フェイラ(Polbo á feira)。パプリカパウダー(スモーキーなパプリカ)とオリーブオイル、岩塩とタコの旨味が合わさり、パプリカの香り、オリーブオイルのコクが特徴。 そして茹でたタコは驚くほどやわらかい。

【日本酒とのペアリング】
これには、吟醸系のややドライな日本酒(または辛口の純米吟醸)が合うだろう。
吟醸系の重すぎずすっきりとした酒質がタコの繊細な旨味を活かし、滑らかな口当たりがオリーブオイルと調和、軽やかな香りはパプリカパウダーのスモーキーな香りとバランスする。辛口でキレがあるタイプを選ぶと、後味もすっきりしそうだ。

②王宮から庶民まで多彩なラインナップ~マドリード~

スペインの首都であるマドリードは、海から遠く離れた内陸だが、食文化は非常に多様だ。
歴史的にスペイン各地から食材が集まり、王宮料理や庶民の伝統料理が発展した。国内外のさまざまな料理も楽しめる。

メニューは内陸の気候に適した肉料理や煮込み料理が中心。冬は寒さが厳しく、体を温めるためにボリュームのある料理が好まれる。
代表的存在は、豚や鶏肉、生ハム、チョリソー、ベーコンなどの肉類を豆や野菜と一緒に煮込んだマドリード風のコシード (Cocido madrileño)。煮込んだ具材とスープを2~3つの皿に分け、煮汁にヌードルを入れたスープ、野菜、肉をコース的に味わえる伝統料理。

コシード。ヒヨコ豆、牛肉、豚肉、鶏肉、チョリソ(辛口ソーセージ)、野菜(キャベツ、ジャガイモ、ニンジンなど)を長時間煮込むボリューム満点の一皿だ。 肉の旨味と脂がしっかりしているので、ワインはそれに負けないストラクチャーのしっかりした「赤」が合う。特にリベラ・デル・ドゥエロのワインは、重厚だけど酸味もあり、脂っこさを引き締めてくれる。

【日本酒とのペアリング】
マドリードの料理は濃厚な味付けが多く、旨味や甘みが豊富な日本酒と相性が良いだろう。煮込み料理のコシード・マドリレーニョの豊かな旨味には、しっかりとしたコクのある山廃純米酒が合うはずだ。
味はコシードのボリューム感に負けない、米の旨味をしっかり感じるタイプが必要。純米酒はふくよかさと酸味を持ち、肉の脂とバランスが取れる。少し熟成感(ナッツっぽさや旨味)があるお酒は、コシードの煮込みによるコクと自然に寄り添うため、古酒もいいのでは。

③歴史が色濃く残る古代都市~トレド~

ヨーロッパ最大級の史跡遺産がそのままの形で残っているトレドの旧市街。そこで食べたのはイカ墨、イカ(もしくはタコ)、コメを用いて作る「アロス・ネグロ」。
一見すると、シーフード・パエリアに似た装いだが、見た目と違い繊細な旨味が味わえる嬉しい一品。

アロス・ネグロ。白米、ニンニク、グリーン・キューバペッパー、パプリカ、オリーブオイル、魚介類の出汁が旨みを引き立たせる。黒いのはイカ墨の色。 イカ墨は魚介類の旨味を増す働きがある。

【日本酒とのペアリング】
軽快な酸を持つ「生酛系」または「爽やかな特別純米・純米吟醸」がいいのではないか。
レモンを絞ることで、イカ墨の濃厚さやコクに爽やかな酸味が加わる。そのため、もともと濃醇な酒より、シャープさやきれいな酸味を持った日本酒のほうがしっくりくる。生酛仕込みの自然な酸味と旨味がレモンの酸ときれいに重なり、イカ墨の余韻も壊さない。または、特別純米や辛口の純米吟醸でも、香りが華やかすぎないすっきり寄りのものなら相性がよいはずだ。

SAKEは文化や和食とともに

豊かな飲食文化に加えて、スペインでは近年日本文化への関心が高まっている。
華道、盆栽などの伝統文化、空手、柔道等のスポーツに加え、漫画、アニメ、ゲームなどのポップカルチャーや文学、科学技術等に対する関心も急速に増大。日本文化に対する関心の深化・多様化が進んで、日本語を学ぶ人も増えているそうだ。

そのような中で日本酒も販促活動が活発となっている。日本各地・県から酒蔵も頻繁にスペインを訪れ、今年5月にはマドリードで“IBERKANPAI”という日本酒&日本食のイベントが初めて開催。多くのスペイン人がグラスを片手に舌鼓を打った。

参考 IBERKANPAI
https://www.iberkanpai.com/

JETRO所長にインタビューを実施

なお、筆者は今回の旅の道中、マドリードにあるJETRO(日本貿易振興機構)事務所を訪問。スペインでの日本酒の現状や今後について、所長の堀之内貴治氏に話を聞いている。

JTEROマドリード事務所にて。堀之内所長(左)と筆者(右)

-日本酒と日本食は切っても切り離せないが、現地での日本食の浸透具合はどうですか?
堀之内所長
「日本食人気が着実に高まっていて、現在マドリードには日本人経営の日本食飲食店は10軒ほど、ローカル経営の寿司チェーンまで含めると200軒はあるのではないでしょうか。
ラーメンも人気でチェーン店もあるが、最近の話題は『おにぎり』。専門店での価格は1個3ユーロ(約500円)、日常食のボカディージョ(大きめの生ハムサンドイッチ)と同じくらいの価格だが、若者にとても人気です。日本のアニメや漫画の登場人物が食べているのを見て、【ONIGIRI】という言葉も現地化していますね。」

流行に敏感なZ世代が日本食人気を加速させているのは間違いなさそうだ。一方で他の世代ではどうだろうか?

堀之内所長
「イベリア航空が日本への直行便を昨秋に再開したので、2025年はスペインからの日本への渡航者が2024年の19万人からますます増えることが期待されています。そうなると、日本滞在中に様々なタイプの日本食を体験してくるので、スペインでの日本食人気は世代を超えて高まるのは間違いないでしょう。」

訪日体験の中で、本場の日本食に合わせたくなるのはもちろん日本酒だが、事前にも楽しみたいのではないだろうか?

堀之内所長
「実際マドリードには『トーキョー屋』という日本食材を売る人気の店があって、日本酒バー&レストラン『Shuwa酒和(シュワシュワ)』も展開されています。素晴らしいラインナップで、日本各地の日本酒を取り揃えています。」

参考 Shuwashuwa
Shuwa Shuwa Restaurante Japonés y Primer Sake Bar de España

情熱の国スペイン、この国の日本酒人気もますます熱を帯びそうだ。ファンタスティコ!

ライター:
岸原文顕/ ソムリエ、HBAカクテルアドバイザー。日本酒をはじめ世界の酒類文化をこよなく愛する。世界3大ビールブランドや洋酒類のブランドマネジャーを歴任、
京都のクラフト醸造所経営など、国内外での酒類事業経験32年。日本発の志ある酒類の世界展開を支援。BOONE合同会社代表。全国通訳案内士。東京在住。

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