「伝統的酒造り」はどんな酒造り?「ユネスコ無形文化遺産登録記念」 シリーズその③
杜氏や蔵人たちは長年の知恵と経験で酒造りの技を磨き、世界に誇れる文化を築き上げてきた。その伝統的な醸造工程とは?
「伝統的な酒造り」の特徴は、麹菌という小さな微生物の力を上手に引き出すところにある。長い年月をかけて積み重ねられた知恵と経験をもとに、杜氏や蔵人たちは丁寧にこの技を磨き続け、今や世界に誇れる酒造りの文化を築き上げてきた。では伝統的な酒造りにより生み出された日本酒は、実際にどのような工程で進められているのだろうか。
伝統の酒造り、その技と工程
最初の工程は、原料を酒造りに適した状態に整える「原料の処理」である。米の外側を丁寧に削り取り、洗浄してから水に浸し、蒸すことで仕上げる。蒸す工程によって麹菌が育ちやすい状態に整い、後の工程を支える重要な役割を果たしている。
次の「麹づくり」では、「麹室」と呼ばれる専用の部屋で蒸した米に麹菌をふりかけ、混ぜ合わせた後、温度と湿度を管理しながら育てる。麹は米のデンプンを糖分に変えるの役割を担い、日本酒造りの要となる工程と言える。
続いては「酒母(しゅぼ)造り」。蒸米と麹、水を混ぜ合わせた中で清酒酵母を培養していく。この工程で酒母が得られたら、アルコール発酵の出発点となる。
次はいよいよ「もろみの発酵」に進む。もろみとは、日本酒になる前の状態を指し、酒母に蒸米、麹、水を加えて混ぜ合わせたものである。この発酵過程では、日本酒特有の「並行複発酵」が行われる。
「並行複発酵(へいこうふくはっこう)」では、麹が蒸米のデンプンを糖分に変える働きと、その糖分を酵母がアルコールに変えていくという2つの働きが、同時に進んでいく。糖分が徐々に供給されながらアルコール発酵が進むため、高いアルコールのお酒を造れるのが特徴だ。この作業はワインやビール造りには見られない日本酒造りのポイントでもある。
また、この過程では一般的に「三段仕込み」と呼ばれる手法が用いられ、原料を三回に分けて加えることで、もろみの状態が健全な状態に保たれ、理想的な発酵が進む。
発酵を終えたもろみは搾られ、原酒と酒粕に分けられる。搾りたての日本酒は静かに置かれ、濁りを沈ませた後、丁寧に濾過される。その後、火入れ(加熱殺菌)を経て貯蔵され、香りと味わいが溶け合ったまろやかな日本酒へと仕上がる。
酒造りを支える麹の力
日本酒造りにおいて、とくに注目したいのが麹の存在だ。日本酒以外の醸造酒を見てみると、それぞれに特徴的な造り方がある。たとえばビールは、麦芽のデンプンを糖分に変えてから酵母を加える「単行複発酵」という方法で造られ、ワインはブドウの自然な糖分を酵母でアルコールに変える「単発酵」で造られる。
これに対し、日本酒では、麹菌によるデンプンの糖化と酵母によるアルコール発酵が同時に進む「並行複発酵」が行われる。この日本酒ならではの造り方をを支えているのが、日本固有の麹なのである。
麹菌は、私たちの食生活に深く根づいている。日本の自然界に昔から住みついている黄麹菌は、日本酒やみりんを造るだけでなく、味噌や醤油、米酢に漬物など、日々の食卓に並ぶさまざまな発酵食品を生み出してきた。黄麹菌だけでなく、黒麹菌や白麹菌も、それぞれ泡盛や焼酎造りを支える重要な役割を担っている。
海外に目を向けると、東アジアや東南アジアの国々でも麹を使った醸造は行われているが、使割れる菌の種類や麹の作り方は日本とは大きく異なる。日本でこのように独自の麹文化が発展した背景には、麹菌の繁殖に適した気候風土や自然環境があるためだ。この恵まれた環境の中で育まれた日本の麹は、今も変わることなく伝統的な酒造りを支え続けている。
日本酒の新たな可能性を拓く造り手たち
伝統の酒造りを担う造り手たちは、代々受け継がれできた確かな技を大切にしながらも、新しい試みや工夫を積極的に取り入れ、日本酒のさらなる可能性を追求し始めている。
醸造工程では、新しい酵母を試したり、蔵独自の酵母を培養するなど、味わいや香りのバリエーションを広げている。さらに、瓶内二次発酵*によるスパークリング日本酒の製造や、焼酎造りで用いられる白麹菌やワイン酵母を使った発酵など、これまでにない酒質の日本酒を作る試みも行われている。
*瓶内二次発酵:もろみを粗く搾った後、火入れをせずに瓶詰めを行い、瓶の中で発酵を継続させることで自然な炭酸ガスが生まれる製法
さらにこれまで日本酒になじみの薄かった層にも親しんでもらうため、アルコール度数を抑えたり、ワイングラスで気軽に楽しめる軽やかな味わいを追求したりと、新しい切り口での酒造りに挑戦する蔵も増えてきた。従来の飲み方にとらわれず、多様な楽しみ方を提案したいという思いから、各蔵が自由な発想で酒造りに取り組んでいる。
興味深いのは、スマホで温度管理するなど最新技術を導入する蔵がある一方、麹作りを手作業に戻したり、昔ながらの酒母造りを復活させたり、木桶や樽を活用するなど、伝統的な手法や道具に立ち返る動きも広がっていることである。
このように、造り手たちは伝統と革新のバランスを巧みに保ちながら、新しい時代の日本酒造りを切り拓こうとしている。それは、古の知恵が未来へと受け継がれる旅路であり、世界に誇る日本酒文化が新たな地平を目指しながら、さらなる物語を紡ぎ続けていくだろう。
参考:国税庁「日本の伝統的なこうじ菌を使った酒造り」調査報告
「ユネスコ無形文化遺産登録記念」 シリーズその②:風土が育む日本の酒造り文化
「ユネスコ無形文化遺産登録記念」 シリーズその①:日本の酒造りを未来に継承!
文/ 石川葉子
フリーランスライター/Japanese Sake Adviser (SSI)/WSETLevel1/東京出身/アメリカ・ラスベガス在住。
この地でおいしいお酒に出会ってから日本酒に目覚める。最近は飲むはもちろん、自宅でのSake造りも楽しんでいます。
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