酒好きに聞く

「医者に止められても毎日の晩酌はやめません」日本酒好き作家・山口恵以子さんに聞く『食と酒』

「食と酒」をテーマにした小説を多数上梓している作家の山口恵以子さん。著書の中にはストーリーに直接関係があるかどうかを問わず、数々の日本酒が登場し、文中で存在感を放っている。きっとご自身も日本酒好きに違いないーー実際にご本人にお話を伺った。

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49歳のときに作家デビューを果たし、長編小説『月下上海』で「第20回松本清張賞」を受賞した山口恵以子さん。当時、丸の内新聞事業協同組合の社員食堂で働いていたため、「『食堂のおばちゃん』が賞をとった」と大きな話題になった。

そんな山口さんが2018年から執筆を続けているシリーズ『婚活食堂』の第14弾が、2025年11月に出版された。
本作は、主人公の元占い師・玉坂恵が営む「めぐみ食堂」を舞台に、さまざまな男女の縁が結ばれていく様子を描いている。
作中に登場するさまざまな料理はどれも、読むだけでお腹が減ってくるほどの“逸品”ぞろい。合わせるお酒の描写も際立っていて、とくに日本酒の存在感は大きい。

少女漫画家から脚本家へ。名画座通いで変わった夢

早稲田大学第二文学部を卒業している山口さんだが、実は筆者もOB(政治経済学部)である。まずは自己紹介がてら、“先輩”にその話を振ってみると、

「私、大学にはほとんど行っていなかったんですよ」

なんでも、学生時代は近隣の名画座に通い詰めていたのだという。

山口さん
「飯田橋にはギンレイホール、高田馬場にはパール座と早稲田松竹があって。当時は500円で2本立ての映画が見られたんです。ほとんどは洋画でしたね。当時は映画を見ていたか、漫画を読んでいた思い出しかなくて、小説家デビューしてからのほうが、食事会に呼んでいただいたり、『早稲田学報』に寄稿させていただいたりと、関わりが深くなったような気がします」

卒業後は、宝石と毛皮の輸入販売会社に就職した山口さん。当時は、幼少期からの夢だったという、少女漫画家を目指していた。

山口さん
「子どものころ、ちょうど『マーガレット』や『別冊少女フレンド』が創刊されたんです。もともと読書が好きだったこともあって、自然と読むようになりました。『ベルサイユのばら』や『ポーの一族』、『アラベスク』に『ガラスの仮面』と、少女漫画の金字塔のような作品をリアルタイムで読んで、もう夢中になっていました。
だんだん自分でも真似して描くようになって、そのうちオリジナルのキャラクターやストーリーもできてきました。ただ私、持ち込みをした編集者に太鼓判を押されるくらい、絵が下手だったんです(笑)」

憧れはあったものの、日々の生活のなかで少しずつ創作から遠ざかるようになったある時、松竹シナリオ研究所の研修生募集記事に目が留まる。すぐに受講を決めた山口さんの夢は、少女漫画家から脚本家へと変わった。

山口さん
「あれだけ名画座に通っていたんだから、もっと早く選択肢に出てきてもよかった気はするんですけどね。30歳前後で、山田太一さんの『早春スケッチブック』や『ふぞろいの林檎たち』、向田邦子さんの『阿修羅のごとく』や『あ・うん』といった作品をよく見るようになって、初めて脚本家という仕事のすごさを思い知りました。

洋画ばかり見ていたときは、『目』でセリフを読んでいたのに対して、邦画や日本のドラマは『耳』で直接言葉を聞く。これはそれぞれ、まったく違うものなんです。『君の瞳に乾杯』なんて、字幕ならいいけど、実際に聞かされたらこそばゆくて嫌ですよ(笑)。
一方で、ありふれた日常的な言葉でも、ぴったりとハマったシチュエーションで聞くと、大きな感動を生むんです」

「書いて生きていく」ために始めた“食堂のおばちゃん”

松竹シナリオ研究所を卒業したあと、作品の企画や物語の骨子を書く「プロットライター」の仕事を始めた山口さん。同期と比べても好調なすべり出しだったものの、脚本家デビューへの道は厳しかった。それでも、創作意欲はまったく衰えなかったという。

山口さん
「研究所2年目のとき、『自分は書いて生きていく』と覚悟が決まったんです。少女漫画家に対する漠然とした憧れとは違って、とにかく脚本家として1本の作品を書き上げることが、自分の人生の具体的な目標になりました」

ただ、当時のプロットライターの報酬は1本あたり5万円あればいいほうで、筆の早い山口さんでも1ヶ月に1、2本書くのが限界だった。書き続けるためには、ほかの仕事で収入を得なければならない。そんなとき見かけたのが、丸の内新聞事業協同組合(以下、マルシン)の社員食堂の求人だった。

山口さん
「勤務時間は平日の朝6時から11時まで、時給は1,500円で交通費は全額支給。スナックで働くよりもいい条件で、すぐに『これだ!』と思いました。調理補助のパートだから調理師免許も必要なしで、しかも定年が60歳だったんですよ。当時、派遣社員として働いていたので、運よく採用が決まったときは、『これでしばらく職探しをしなくていいんだ』と、肩の荷が下りる思いがしましたね。
私は子どものころから食いしん坊で、よく台所に出入りしては母の手伝いをしていたので、料理はもともと大好きだったんです。大学生のときには、私が家族の夕飯作りを担当していたこともあるんですよ。ただ、食堂の先輩たちはみんなベテランで、技術も私とは桁違い。クビにならないように、必死で仕事を覚えました」

今思えば、マルシンで働き出してから、運命が好転していったと語る山口さん。“二足のわらじ”を順調にこなしていた45歳のとき、大きな転機を迎えることとなる。

「年齢制限」はない-49歳で文壇デビュー

山口さん
「あるプロダクションでプロットを採用していただいて。本来は私が脚本も手掛けることになっていたのですが、いろいろな事情で実現しなかったんです。新人が担当するのは難しいという判断になったと聞いています。
そのことには納得していますし、プロダクションもきっちり違約金まで払ってくれたので遺恨はありません。ただ、担当したプロデューサーが自分と同世代だったんです。
そのとき『脚本家デビューは難しいな』と感じました。だって、30代ですでに成功している人もいるし、どうせ新人を使うなら伸び代がある若者のほうがいい。プロットライターとして、少しずつ脚本家の夢に近付いているつもりだったけど、実際はネズミが回し車で走り続けるように、同じ場所でジタバタしていただけだったんですよね」

でも、「書いて生きていく」ことを諦めるつもりはないーー別の道を進もうと目指した先にあったのが、小説家という新たな目標だった。

山口さん
「小説家に年齢制限はないですから。加藤廣さんが『信長の棺』でデビューしたのも74歳のときですし。でも、長年追っていた脚本家の夢を諦めて、小説に転向しようと思えたのは、やっぱりマルシンで働いて生活が安定していたおかげだと思います。
日々の暮らしが落ち着いていたから、客観的に自分を見つめることができたんですよね。もし、ずっと派遣社員を続けていたら、別の道を目指すという決心はできていなかった気がします」

プロットライターとしての仕事はほとんど断るようになり、小説の執筆に打ち込んだ山口さん。それは、「やっぱり脚本家デビューできるかも」という雑念がわいてしまうのを断ち切るためでもあった。

“大物”から打診された「食堂と酒」

49歳のときに『邪険始末』で文壇デビューを果たし、初の長編小説『月下上海』で「松本清張賞」を受賞した“食堂のおばちゃん”。
当初は主にミステリーものを書いていくうち、次第に「食と酒」をテーマにした作品を手掛けるようになる。
それは、かつて「出版の革命児」と謡われた角川春樹氏から、「食堂小説を書かないか」と直々に持ちかけられたことがきっかけだそう。

現在は、食堂を舞台にした3つのシリーズ「ゆうれい居酒屋」「食堂のおばちゃん」「婚活食堂」を定期的に上梓している。

そのなかのひとつが2025年11月に最新刊が出版された「婚活食堂」シリーズ。山口さんが得意とする「食と酒」に、「婚活」という要素をプラスした本シリーズは、これまで43回のお見合いに失敗したという経験を踏まえて描かれている。

山口さん
「将来のことを考えると、やっぱり家庭を持ったほうがいいとは思っていました。それこそ書き続けるために、結婚して生活を安定させたくて。一種の就職活動ですよ(笑)。
でも今思うと、私には『どうしても結婚したい』という強い意思がなかったような気がします。ずっと『いい人がいたら』なんて小娘のようなことを思っていましたから(笑)。それは『恋愛したい』と言っているのと変わらないんですよ。だからお見合いもうまくいかなかった。
マルシンに勤めて生活が安定したあとは、結婚する動機もなくなってしまって。正直、忙しくてそれどころじゃなかったというのもありますけどね」

「婚活食堂」最新巻は「今まで以上に“会心の出来”」

山口恵以子 著『婚活食堂 14』(PHP文芸文庫)

「婚活食堂」の主人公・玉坂恵が営むのは、「めぐみ食堂」という小さなおでん屋。元占い師で料理人経験のない恵が1人で切り盛りするとしたら、おでん屋しかないと思い至ったという。
また本作は、2023年にドラマ化もされた。主演を務めたのは菊池桃子さん。原作の雰囲気がそのまま表現されていて、これは諦めたはずの脚本家の夢も“半分叶った”といってもいいのではないだろうか。

山口さん
「自分の作品が映像化されたのは初めてだったので、本当にうれしかったです。
でもね、実際にドラマを見て、やっぱり脚本家さんってすごいなとしみじみと思いました。
だって正味20分くらいで、作品の一貫したストーリーをつめこみながら、1話完結の話もまとめないといけない。脚本家の方はすごく苦労なさったと思いますよ。ドラマオリジナルのキャラクターやストーリーもあったんですが、原作の雰囲気もしっかりといかしてくれて。
おかげで物語の幅も広がりましたし、いろいろと工夫してうまくやっていただいたなと、感謝の気持ちでいっぱいです」

そんな「婚活食堂」最新14巻は、山口さんいわく「会心の出来」とのこと。

山口さん
「『婚活食堂』は、3つの『食堂と酒』シリーズのなかで、1番苦労して書いています。
というのも、1冊のなか一貫したストーリーがあったうえで、短編が連なっていくという建付けにしているので、長編を書いているような感覚なんです。それなのに、14巻はすいすいと書き上がってしまいました。
『忠さん』という焼き鳥屋の親父が出てくるんですが、彼のキャラクターが、我ながらとてもよくて。実在したら友だちになりたいと思うくらい、いい感じの男なんですよ。忠さんを中心に、相手の女性だったり、彼と対照的な嫌な男だったり、登場人物たちがいきいきと動いてくれて。
ここまでスムーズに書けたのは、このシリーズでは初めてのこと。ぜひ、たくさんの人に読んでいただきたいですね」

なお、最新14巻だが、紀文食品協力のもと、作中に登場する料理を再現した「婚活食堂のレシピ帖」も同時発売。おでん一品と料理一品、そこに合わせるお酒がおいしそうな写真付きで紹介されている。ぜひ参考にしたいところだ。

山口恵以子 著『婚活食堂のレシピ帖 季節のおつまみ52選』(PHP文芸文庫)

山口さん
「おでんって出汁も具材も、市販のもので事足りるじゃないですか。しかも煮込んでおけば、あとはお皿に取って出すだけでいい。つまり、料理をする必要がないわけですよ。素人がワンオペでやるなら、おでん屋以外ないなと。
家で作ろうとすると、なんとなく面倒に感じると思うんですが、4種類くらいの具材を好きな出汁で煮込めば、それだけで満足できるんです。ご飯のおかずにも酒の肴にもぴったりなので試してみてほしいですね」

晩酌は日課。日本酒が主食代わりだった過去も

さて、冒頭の話に戻るが、山口さんの作品には、魅力的な登場人物やおいしそうな料理だけでなく、人間関係の媒介となるお酒の存在も欠かせない。筆者は改めて、山口さんにお酒好きなのかを尋ねた。

「私の血液の半分はアルコールと言ってもいいくらいですよ(笑)」

もともとは、友人と食事にいった先で飲む程度だったのが、マルシンで働き出してから、1日の終わりの晩酌が日課になっていったという。

山口さん
「マルシンは6時始業だったので、始発に乗らないといけなくて、平日は夜9時に寝て、3時半に起きるという生活をしていました。
だから、外食しにいく機会がほとんどなくなってしまって。でもお酒は好きだったので、家で飲むことにしたんです。
晩酌って1度始めると、基本的に毎日続けることになるんですよ。今でもほとんど毎日飲んでますから(笑)」

外で飲むときは、もっぱらワイン派だったという山口さん。日本酒を飲み始めたのも、毎日の晩酌がきっかけだった。

「家にいただきものの日本酒があって、試しに飲んでみたらかなりいけたんです。お米で作られているから、どんな料理にも合うんですよね。これがワインだとけっこう肴選びが難しくて、合わないものだと、“マイナス150点”を叩き出すこともある。
その点、日本酒はわざわざ酒に合わせた料理を作らなくてもいいのが楽で。お米の代わりに、日本酒を主食にしていたようなものです。爽やかですっきりした味わいが好みで、とくに好きなのは『飛露喜』や『八海山』ですね。
ただ50歳を過ぎたころから、日本酒は翌日まで残るようになってしまって。最近はもっぱら、涙の蒸留酒生活。ウイスキーや焼酎を炭酸で割って飲んでいます。もちろん今でも日本酒は大好きなので、ここぞというときには飲んでいますけどね」

“元食堂のおばちゃん”としては、お気に入りの日本酒の肴は何なのだろうか。

山口さん
「お金があるときは、刺し身か天ぷら、金欠のときはおでんか焼き鳥ですね。日本酒は出汁と相性がすごくいいから、家で食べるなら鍋みたいな簡単な料理だっていいんです。おでんも鍋料理の一種ですから、もちろん合いますしね。冬はとくにおすすめです」

やっぱり私はお酒が大好きなんですよ

執筆テーマにしているだけあり、発する言葉に「食と酒」への嗜癖が随所から伺える。人生において、「食と酒」はどんな意味を持つのかも、改めて聞いてみた。

山口さん
「気心の知れた人とは、一緒にお酒を飲みながら食事を楽しみたいですよね。相手のことを理解したり、付き合いを深めたりするのに、おいしいお酒と食事はぴったりのアイテムだと思います。たぶん、テニスやスキーをするより、ご飯を食べてお酒を飲んだほうが、打ち解けるのは早いんじゃないかな。
なかでも日本酒は、肴を選ばない“救世主”。私はフランス料理にも中華料理にも日本酒を合わせますが、とくにあっさりした味の飲茶には、紹興酒よりも日本酒が合うと思う。それから、生物(ナマモノ)は絶対に日本酒がおすすめです。食材の生臭さがぜんぜん気にならなくなりますから。生牡蠣に白ワインを合わせる人が多いけど、絶対に日本酒のほうが合うはず。『美味しんぼ』で海原雄山も言ってたから間違いないです(笑)。正直、日本酒が合わない料理を探すほうが大変なんじゃないかな。
やっぱり、私はお酒が大好きなんですよ。もしも医者に『酒をやめろ』と忠告されても、『それならいっそ死ねと言ってください』と言い返そうと思います(笑)」

<婚活食堂シリーズ>
https://www.php.co.jp/konkatu/

ライター:近藤世菜
東京在住のフリーライター。お米の味わいがいきた甘めの純米酒が好き。現在、日本酒の知識を日々勉強中。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。
X:@sena_kondo

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