伝統を受け継ぎ革新へ
日本酒の未来を拓く[齊藤酒造]齊藤洸氏の取り組み
「異なる酒蔵が造る日本酒をブレンドする」という発想から、Sake Worldでは京都の3酒蔵と共同開発したオリジナルブランド[Assemblage Club(アッサンブラージュ クラブ)]やオリジナル日本酒づくり体験施設[My Sake World]といった形で表現している。蔵の垣根を超えたチャレンジには、サポートしてくれる存在が不可欠。実際に応援してくれる方たちから話を聞く。

オリジナル日本酒づくり体験施設[My Sake World]でのブレンド日本酒(英勲古都千年)の提供や、JRA京都競馬場開場100周年を記念した[名馬乃雫]で開発協力した酒蔵の一角に名を連ねるなどといった形で、Sake Worldに協力する[齊藤酒造]。
当初はアッサンブラージュへの参加に慎重だった同社が、最終的に参加を決めた経緯について、現当主である齊藤洸(ひろし)社長に話を聞いた。
この方に話を聞きました
- 齊藤酒造株式会社 13代目 代表取締役社長 齊藤洸さん
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プロフィール1990年2月9日生まれ。東京農業大学で醸造学と経営学を学んだのち同社に入社。製造、営業を経験し、2022年に代表取締役に就任する。
呉服商から転向の“新参”
京都・伏見の銘酒として知られる齊藤酒造を営む齊藤家は、もともとは呉服商が祖業。
元禄時代より「井筒屋伊兵衛」の屋号で商いを営み、着物や衣料品を扱っていたが、明治期の動乱をきっかけに、1895年(明治28年)に酒造業へ転業している。創業数百年の酒蔵が多い中では、比較的“新参”といえる。
創業時の銘柄は「柳正宗」と「大鷹」。その後、1915年(大正4年)の大正天皇御即位大典を記念し、10代目当主・貞一郎氏が現在の代表銘柄「英勲」へと変更している。
1960年(昭和35年)には法人化し、1974年(昭和49年)には現在の場所へと本社移転。近代的な設備を備えた酒蔵を築いた。平成以降は、普通酒中心から特定名称酒へと方針変更し、全国新酒鑑評会では14年連続で金賞を受賞するなど、その酒質は高く評価されている。
2022年(令和4年)には13代目 代表取締役社長 齊藤洸さんが就任。
同社事務所の受付には、コインを入れると齊藤酒造の様々な日本酒が楽しめるサーバーや、ノベルティが景品として当たるガチャガチャを設置し、日々来場者を楽しませている。
日本酒というジャンルの「外」に出る
―社長就任以降、どのような取り組みを進められましたか?
齊藤社長(以下略)「商品面では、『スパークリング清酒』を新たにリリースしました。このお酒は主にフレンチやイタリアンレストランで、シャンパンなどが並ぶラインナップに加えていただくことを予め想定して、価格面も念頭にいれながら開発しました」

▲英勲 SPRKLING SAKE
「さらに今年の春からは、酒蔵ツーリズム専門の部署を新設しました。蔵見学対応などに関しては、これまではその時空いているスタッフが担当していましたが、本腰を入れるには専任が必要だと感じてのものです。担当は蔵見学だけでなく、旅行会社との商談などにも対応しています。スパークリングも蔵見学も、『日本酒』というジャンルの“外”に出るという考えが根底にあります」
―海外展開などはいかがでしょうか?
「輸出はこれまでも注力しており、現在は全体売上の1割程度が海外販路となっています。主要取引国としてはカナダ、オーストラリア、香港となります。他の酒蔵と比較して、少し珍しいかもしれませんね」
―「アッサンブラージュ」についてはどう考えていますか?
「コロナ禍のタイミングで、他社から伏見の酒蔵での日本酒ブレンドという提案をいただきました。私自身は賛成でしたが、当時社長だった父(12代目・透氏)は慎重な姿勢を見せていました。アッサンブラージュした日本酒に『英勲』が入っている場合、販売すると当然名前がラベルに記載されますが、味わいとしては全く違うものとなる。その点を懸念していたようです。
私としては、アッサンブラージュ日本酒は混ざりあった先の味わいにテーマ性があって、そこにどの日本酒が入っているかはそれほど重要ではないと考えていました。極端な話、各銘柄名を伏せていても買う人は買うと思うんですよね。一つの蔵では不可能な取り組みなので面白いなと思っています」
―その後、社長就任を機に参加された?
「そうです。改めてお声がけいただき、その場で了承しました」
―先代の意見はどうでした?
「齊藤家には『社長を退いたら口出ししない』という伝統があり、代が変わった瞬間から全てを任されるんです。例えば、父が祖父の後を継いだ際も、社長室の壁紙について相談したら『任せる』の一言だったそうです。そうした細かなことまで全て当代で決めます。ですので、父が今どう思っているかはわかりません(笑)」
―実際に参加してからの感想は?
「以前『My Sake World』でアッサンブラージュを体験してみて、弊社だけでブレンドするのとはまったく異なる、新しい味わいに感動しました。我々の酒だけでブレンドすれば、ある程度似通ったものになるはずです。そこに異なる個性を持つ酒蔵が集まることで、まったく新しい香味が生まれる。とても意義のある取り組みだと思います」
邪道にも「道」はある
―貴社公式Xの投稿では、炭酸割りやジュース割といった日本酒の“新しい”飲み方についても好意的です。
「嗜好に応じて、いろいろな飲み方をしてもいいと考えています。『邪道』と呼ばれる飲み方かもしれませんが、そこにも『道』がある訳です。例えば、ウイスキーのハイボールは日本では当たり前ですが、欧米では珍しい飲み方。これは邪道が『正道』になったいい例かもしれません。
日本酒でも、『大吟醸は冷やして飲むべき』といった意見もありますが、例えば真冬に大吟醸しかない場合、温めて飲んだほうが絶対に美味しく感じるはず。フルーティな香りは飛んでしまうかもしれませんが、シチュエーションや嗜好に合わせた飲み方は大事だと考えています。
そもそも、大吟醸というジャンル自体、30年ほど前までは存在しませんでした。日本酒に限らず、今後は『変わらないと生き残れない』時代です。現時点では正解が分からない中で、模索していくことが大切だと感じています」
「伝統」と「革新」のあいだ
―齊藤酒造としてこだわっていることは?
「京都伏見の酒蔵として、可能な限り京都産の原料にこだわった酒造りを行っています。中でも、京都府限定の酒米『祝(いわい)』は欠かせない存在です。酵母も京都産業技術研究所が開発した『京都酵母』を一部の銘柄で用いるなど、原料選びにおいて京都への思いを強く持っています。
一方、昨今の米価格高騰などを背景に、今後はパック酒など一部銘柄で外国産米の使用も検討しています。大豆や小麦の多くは輸入品で、味噌や醤油もそこから作られています。日本酒も一部を外国産米に置き換えることで、むしろ国産米の付加価値向上につながることも考えられる。これまでの枠を越えて現状を見直すことは、大切な取り組みだと考えています」
―齊藤洸にとって「日本酒」とは?
「2つあります。ひとつは『伝統であり革新であるもの』。私は日本酒を『伝統文化産業』と表現していますが、古き良きを守るだけでは生き残れません。スマートフォンも、かつての手紙や電話が形を変えた結果で、日本酒も時代に応じて変わっていくべきものだと思います。
もうひとつは『エンターテインメント』です。私は日本酒を単なる飲食物だとは見ていません。たとえば、遊園地で一日中遊んだ夜、いつも通りの量の日本酒を飲むかといえば、そうでないことが多いでしょう。これは、『遊園地』という別のエンタメと『日本酒』が競合した結果とも言えます。食シーンでも家呑みなら安く済むにもかかわらず、居酒屋を選ぶ方が一定数いるのは、そこに“日本酒を楽しむ空間”というエンタメを求めているからではないでしょうか」
インタビュー中見せる笑顔が印象的だった齊藤社長。「大学時代、ディズニーランドでのアルバイトで鍛えられた」とのことだ。伝統を大切にしながらも、常に新しい発想を恐れず、そこから日本酒の新たな可能性を広げようとする姿勢が随所に見られ、「楽しみ方」はもっと自由でいいという想いが、言葉の端々から自然と伝わってきた。
「変わらないと生き残れない」
その一言には、時代の先を見据え、伝統の枠を越えようとする13代目当主としての覚悟が込められている。東京農業大学を卒業後、“新卒入社”として家業に入り、「英勲スタイル」で磨き上げた酒造りと経営論。その姿からは、未来へと続く揺るぎない決意が感じられた。
Sake World NFTで出品されている齊藤酒造のお酒はこちら↓
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ライター:新井勇貴
滋賀県出身・京都市在住/酒匠・SAKE DIPLOMA・SAKE・ワイン検定講師・ワインエキスパート
お酒好きが高じて大学卒業後は京都市内の酒屋へ就職。その後、食品メーカー営業を経てフリーライターに転身しました。専門ジャンルは伝統料理と酒。記事を通して日本酒の魅力を広められるように精進してまいります。
