酒蔵に聞く

日本酒×ポテトチップス!?[越銘醸/新潟]が拓く、異業種コラボの新たな世界

湖池屋(菓子メーカー)やスノーピーク(アウトドアメーカー)といった異業種とのタッグを次々に成功させてきた新潟県長岡市の[越銘醸]。2025年10月に就任した新社長にコラボレーション成功の秘訣と、今後の向かう先について聞いた。

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日本酒とポテトチップスのペアリングと聞くと、どんな印象を持つだろうか?
近年、和食だけでなくイタリアンやフレンチとのペアリングも増えてきた日本酒だが、ポテトチップスとの組み合わせは意外に感じる人も多いのでは。

今回、話を聞いたのは、新潟県長岡市の酒蔵[越銘醸]。2021年に菓子メーカーの湖池屋とタッグを組み、日本酒とポテトチップスのペアリングセットを発売した。最高のマリアージュを目指してオリジナルで開発した日本酒とポテトチップスは評判を呼び、2024年にかけて第3弾までが発表されるほどの人気商品となった。

さらに、[越銘醸]はアウトドアメーカーのスノーピークともタッグを組み、酒蔵や酒米を育てる田んぼの見学、ペアリングディナーを組み合わせたローカルツアーを2024年に実施。異業種とのコラボレーションを積極的に行い、新たなファンを獲得している。

今回は10月に[越銘醸]の新社長に就任したばかりの吉原さんと、彼とともに異業種コラボレーションの実現に尽力した五十嵐さんにインタビューを実施した。異色のコラボレーションが生まれた経緯や、新社長のもとで[越銘醸]が目指す方向についてたっぷりと伺った。

この方に話を聞きました

越銘醸株式会社 代表取締役社長 吉原雅史さん(左)、総務・経理部長 五十嵐昭夫さん(右)
プロフィール
吉原雅史さん 2020年越銘醸に入社。蔵に入り、洗米、仕込み作業、商品開発を担当。趣味は料理とサウナ。五十嵐昭夫さん 2011年越銘醸に入社。現場(製品部)と経理を担当し、国内外のイベントに参加。趣味は旅行と温泉。

花火師から蔵人へ。入社直後を襲ったコロナ禍

[越銘醸]の創業は江戸時代末期の1845年。創業家である小林家が、親戚の多田家から酒造株を譲り受けたのが始まりで、今年で創業180年目を迎える。以前は山城屋酒舗という社名だったが、1934年に酒蔵のある長岡市・栃尾で初めての株式会社として、現在の[越銘醸]へと改名した。

その[越銘醸]に吉原さんが入社したのは2020年。五十嵐さんの姪にあたる妻との出会いがきっかけだった。「元々は花火師として20年近く働いていたんです」という吉原さん。花火の世界で生きていくつもりだったが、結婚を経て新しいことに取り組みたいという好奇心が芽生え、妻の実家である[越銘醸]への転職を決断した。しかし、入社から数か月が経つ頃、コロナウイルスの大流行が起こる。

「うちのお酒は飲食店での取り扱いが多かったので、コロナで大打撃を受けました。そこからなんとか立て直すために、五十嵐さんと2人で外へ外へと色々な案件を取りに行きました」(吉原さん)
「ありとあらゆることを試した」という吉原さんと五十嵐さん。そうして様々な場所にまいた種から出た芽のひとつが、湖池屋とのコラボレーションだった。

ポテトチップスとのペアリングのきっかけは、杜氏の一言

日本酒とポテトチップスという異色のペアリング。このきっかけは、「アテがない時は、ポテトチップスを食べながら酒を飲んでいる」という杜氏の一言だった。そこから、ジャンクフードとも呼ばれたポテトチップスのイメージを高級化するため日本酒とのペアリングを構想していた湖池屋との縁が繋がり、プロジェクトが進み出す。コロナ禍により人々が飲食店へ出かけられない状況だったため、家飲み用として日本酒とポテトチップスのセットを通販で販売することになった。

「まさかこんな大企業と組めるとは思ってもいなかった」と五十嵐さんは当時の驚きを振り返る。「コラボレーションの話が出た翌日には湖池屋のポテトチップスを20種類ほど食べ比べ、合うお酒を考え始めていました」と吉原さんも当時の高揚した様子を語る。

最終的には、[越銘醸]と湖池屋のそれぞれが、ペアリングに最適な日本酒とポテトチップスを開発することになった。ポテトチップスとのペアリングで最も難しかったのは、「香気成分の選び方」だと吉原さんは言う。「ペアリングセットで使用した日本酒『山城屋』は新潟酵母を使うというコンセプトがあったので、限られた香りの選択肢の中で、グルコース濃度や酸度のバランスも考えながら選んでいきました。口の中でポテトチップスとしっかりマリアージュし、かつお客様にとって飲みやすいお酒を意識して、杜氏と話しながら酒質設計をしていきました」。

試行錯誤の結果、「海老と牡蠣のオリーブオイル仕立て」をイメージしたポテトチップスに穏やかな果実香を持つモダンな生酛「山城屋 Special class」を合わせ、「あわせて旨みがふくらむセット」として発売。結果は、用意した1万セットが1か月で完売するという大きな反響を呼んだ。翌年には第2弾も発売し、第3弾では明治時代の牛鍋をイメージした濃厚な「赤べこ 牛鍋チップス」にキレの良い辛口の「純米大吟醸   志々雄」を組み合わせた。

(写真提供:越銘醸)

(写真提供:越銘醸)

このペアリングセットを通して「日本酒がポテトチップスに合うのが意外だった」「贈答用として使いやすい」といった評価を得たほか、[越銘醸]にとって初となる通販に取り組んだことで「数字の動き方などが勉強でき、非常に良い経験になりました」と吉原さんは振り返る。

酒の原点を見に行くローカルツアー

こうして異業種コラボレーションを成功させた[越銘醸]が次に組んだのが、洗練されたキャンプグッズなどで人気のアウトドアメーカー・スノーピークだ。スノーピークのスタッフが[越銘醸]の「壱醸」という銘柄のファンだったこと、そして同社の本社から[越銘醸]まで車でわずか20分と非常に近い距離にあったことがきっかけだった。

「壱醸」は[越銘醸]が地元の酒販店や農家と一緒に棚田で育てた酒米「越淡麗」だけを使用して造るのが特徴だ。2024年11月にスノーピークが企画した、酒造りをテーマにしたローカルツアーには、日本酒とのペアリングディナーや[越銘醸]の酒蔵見学のほか、棚田や水源めぐりが組み込まれた。

キャンプ場で提供された越銘醸の銘柄(写真提供:越銘醸)

北海道や首都圏から約10人が参加したツアーに、吉原さんは手ごたえを感じたという。「今後はこうして外からいらっしゃる方を受け入れていくことが、酒蔵の認知を広げるうえで重要だと感じています。今考えているのは、ただ酒蔵を見学して試飲して終わりではなく、もうひとひねりできないかと。栃尾には恵まれた宿泊施設がないので日帰りになってしまったり、駅からの交通手段が限られていたりといった課題があり、そこも併せてどうにかできないかと行政とも一緒に考えています」

[越銘醸]を訪れる日本酒ファンにとっても、酒の原点とも言える米作りが行われる場所や過程を見学することは、さらに味わい深く日本酒を楽しむことに繋がるだろう。酒蔵だけに閉じることなく地域全体を盛り上げるため、吉原さんは[越銘醸]にできることを考え続けている。

伝統文化への情熱と海外への憧れ。日本酒がどちらも叶えてくれた

10月に新社長に就任した吉原さんがこれから力を入れたいと考えているのが、販路の開拓だ。ここ数年、積極的な設備投資や杜氏との綿密な打ち合わせによって確実に酒質は上がってきた。その手応えをもとに、次のステージとしてさらに多くの人に[越銘醸]の酒を飲んでほしいと願っている。

「IWC(注1)で金賞をいただいたりSAKE COMPETITION(注2)で4位に入賞したりと、これまでの地道な酒質向上の成果が一昨年ぐらいから目に見えてわかるようになりました。今は積極的に海外バイヤーとの商談会に参加したり、酒販店へヒアリングして売り方を一緒に考えたりしています」(吉原さん)

(注1:毎年ロンドンで開かれる世界最大級のワインコンテスト「インターナショナル・ワイン・チャレンジ」の略称。2007年にSAKE部門が創設され、日本酒の海外進出において重要なコンテストとなっている)
(注2:「世界一おいしい市販酒」を決める世界最大級の日本酒品評会。蔵元や有識者によるブラインドテイスティングにより審査が行われる)

酒質の向上と販売力の強化。この両輪をうまく回すことが、新たなファンの獲得には欠かせないのかもしれない。インタビューも終わりが近づく頃、花火師という異業種から酒造りの世界に入った吉原さんにとって日本酒とはどんな存在か尋ねてみた。

「これまでは花火という伝統文化に情熱を注いで来たので、日本酒を通して再び伝統文化に携わらせてもらえることには運命的なものを感じています。花火も日本酒も『ものづくり』という点では似ていて、花火を上げるための動線の組み方は酒造りにも通じるところがあります。『段取り8割』といって、事前の段取りがとても大事だというのは、まさに共通するところですね。一方で、酒は生きものであり瞬間瞬間で変わっていくところと、人の口に入るという緊張感は、花火とは違う部分です」

さらに、日本酒が海外とつながるきっかけになったと言う吉原さん。「日本酒を通して、学生の頃から抱いてきた『世界に挑みたい』という想いが形になり始めたのは確かです。しかし、それで夢が叶ったとは到底言えません。ただようやく、長い道のりのスタートラインに立てただけ。ここから先、[越銘醸]のお酒をどう世界へ届けられるのか──その道筋を問い続け、選び続ける、走り続けることが、いまの自分に課せられた本当の挑戦だと思っています」

花火師から酒蔵の社長へ――遠回りにも見えるこの道のりは、実はひとつの想いに静かにつながっていた。それは、受け継がれてきた日本の美しさを、遠く離れた世界の人々へ届けたいという願い。

日本酒は、その想いにそっと火を灯してくれた存在だ。花火が夜空を照らすように、日本酒もまた、人の心に静かにひかりを宿す。その魅力を海外の人々へ伝えられる場所に、ようやく立つことができた――そんな実感が、吉原さんの胸に静かに広がっている。

湖池屋やスノーピークとの挑戦が象徴するように、[越銘醸]は常に伝統と革新の間で息づき、180年の歳月を重ねてきた。その歴史を絶やさず、未来へと手渡していくこと。そして日本の文化を、国や言葉を越えて届けていくこと。それこそが、自らに託された使命なのだと、吉原新社長は深く心に刻んでいる。


ライター:卜部奏音
新潟県在住/酒匠・唎酒師・焼酎唎酒師
政府系機関で日本酒を含む食品の輸出支援に携わり、現在はフリーライターとして活動しています。甘味・酸味がはっきりしたタイプや副原料を使ったクラフトサケが好きです。https://www.foriio.com/k-urabe

越銘醸株式会社

越銘醸株式会社

創業
1845年
代表銘柄
越の鶴、山城屋
住所
新潟県長岡市栃尾大町2-8Googlemapで開く
TEL
0258-52-3667
HP
https://koshimeijo.jp/
営業時間
9:00~17:00
定休日
日、祝

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