イベントレポート

『ウチとソト~混ざると変わるニッポンの未来』一日限りの特別授業をレポート![尾畑酒造/新潟]

「日本の縮図」と呼ばれる日本最大の離島・佐渡島で、年に一度だけ開かれる“授業”がある。主催は地元酒蔵の[尾畑酒造]。地域課題や日本の未来を語り合う一日限りの学びの場が、今年も多彩なゲストと共に開催された。

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毎年6月に、廃校となった佐渡島の小学校で開かれる一日限りの授業がある。「真野鶴」の銘柄で知られる[尾畑酒造]が主催する、「学校蔵の特別授業」だ。

日本海を見渡す丘の上に建ち、「日本一夕日がきれいな小学校」と呼ばれた西三川小学校。惜しまれつつも廃校となったのを[尾畑酒造]が“学校蔵”として生まれ変わらせたのは2014年のことだ。その学校蔵で、地域の課題や未来をゲストスピーカーや市民と共に話し合う「特別授業」が2014年から毎年開催されている。

第11回目となる2025年は『ウチとソト~混ざると変わるニッポンの未来』というテーマで、6月14日(土)に行われた。本記事では、授業に参加した様子をレポートする。

1限目:混ぜて変わった日本 混ざると変わる未来

スピーカー:藻谷浩介さん(日本政策投資銀行研究員)

(写真提供:尾畑酒造)

1限目では、「混ぜる」ことで生き延びた人類の歴史と、「混ざる」ことが少なくなった社会で起きる問題について講義が行われた。

氷河期の頃、日本海は巨大な湖で佐渡はその上に浮かぶ島だったという驚きの事実から授業を始めた藻谷さん。氷河期が終わって海面が上昇し、湖だった日本海が外洋と繋がって暖流が「混ざる」ことで、日本は現在の温帯気候になった。

他にも、人類史上で「混ぜて変わった」事例は多々あるとして、通婚の慣習を紹介。核家族を集団の最小単位としてきた人類は、遠く離れた民族同士の通婚でDNAを「混ぜる」ことで、血が濃くなることを防ぎ生き延びてきたという。

その一方で、異質なものが混ざらない社会になると、事実とは異なるイメージが人々の思考を支配する「イメージの専制支配」が起こると指摘する。ペリー来航前の江戸時代がその状態だったそう。

そして今、まさにイメージの専制支配が起こっている日本社会では、次の3通りの「混ざる」ことが必要だと締めくくった。
「①人々が東京から地方に移住することで『混ざる』②外国人が日本に『混ざる』、そして③外から来た婿が代々続く企業に『混ざる』ことで、変わるチャンスが生まれるのです」

2限目:ムコ学

スピーカー:朝霧重治さん(COEDOブルワリー代表取締役社長)、江口公浩さん((株)美々卯 代表取締役社長)、平島健さん(尾畑酒造(株)代表取締役社長)

(写真提供:尾畑酒造)

2限目では、3人の「婿経営者」のトークセッションが行われた。それぞれ異業種から配偶者の家業を継いだ3人が、婿入りして経営を行う中で得た経験や感じたことが語られた。

「業界の常識は世間の非常識」という言葉がある。まさにその言葉通り、初めは「全てがひっくり返る違和感」や、「代々商売を続けてきた人達の考え方がわからなかった」といったもどかしさがあったそう。
一方で、外からきた人間だからこそ業界の常識に囚われずに、これまでの非効率なことを変えやすいメリットも感じているとトークは続く。

更に、婿入りした先では「奥さんだけが唯一の味方」。婿として厳しい道を進む原動力は「(妻への)愛しかない」という実体験から生まれた深い結論も飛び出した。終始なごやかに、笑いもまじえながらのトークセッションは大盛り上がりだった。

3限目:地方創生のこれまでとこれから

スピーカー:村上敬亮さん(デジタル庁統括官)

(写真提供:尾畑酒造)

3限目では、地方で起きている課題と、それを乗り越えるための4つのキーワードや、すでに各地で始まっている取り組みが紹介された。

一つめのキーワードは「生産性」。初めに村上さんは「牛乳配達現象」を例にあげた。人口減少で利用者が減っても同じペースでサービスが減らせるわけではないことを、牛乳配達員の仕事にたとえた言葉だ。

バスや病院、学校など、生活に不可欠なサービスは利用者が減っても廃業できない。そのため、人口減少が激しい地方ではサービスの生産性が下がり、東京との給与格差が広がる。それにより、さらに地方から人が流出するという悪循環が起こっているという。

この悪循環をたちきるのが二つめ・三つめのキーワード「自助と共助」「認証」。完全な自助だけでは、人口が減る地方でサービスの生産性は維持できないので、新しい形の共助が必要だ。また、乗る人の都合にあわせて配車するバスのような、需要側の事情を先取りするサービスを提供しないと生産性は上がらない。そこで必要になるのが個人の需要を細かく伝えるデジタル技術であり、「この人はサービスを必要とする本人なのか?」を確認する「認証」だそう。

最後に、これらの改革を行うには四つめのキーワード「well-being」を目指す、という社会全体でのビジョンの共有が必要だと締めくくった。

4限目:生徒総会

スピーカー:尾畑留美子さん(尾畑酒造(株)専務取締役)他

(写真提供:尾畑酒造)

4限目では1~3限目までのスピーカーに、特別授業の主催者代表・尾畑さんが加わり、まとめの議論が行われた。

まずは尾畑さんから学校蔵について紹介。2014年に廃校を利用して誕生した学校蔵は、酒造りの他、カフェや宿泊、コワーキングスペース、大学連携など様々な活用が進んでいる。
中でも特徴的なのは、酒造りに興味がある人が実際の仕込みを体験できる「酒造り体験プログラム」。2017年の開始以来、21か国から約180人が参加し、佐渡との繋がりづくりに重要な役割を果たしている。

これを受けて、藻谷さんは「刺激や面白い体験を求めて東京に人が集まっていたのが、地方に行って『混ざる』流れに変わりつつある」と指摘。さらに、混ざること自体が目的ではなく、そのことで自分が持っていた枠が取り払われ「素の自分が取り戻せる」ことが重要だというメッセージを伝えた。

佐渡に戻ってきたばかりの[尾畑酒造]長女夫婦へインタビュー

今回の授業には、尾畑さんの長女・麻帆さんと和田航季さん夫婦も運営側として初めて参加した。これまで働いていた東京を離れ、2025年3月末に佐渡へ帰ってきたばかりだという二人に授業後、インタビューを実施した。

左:和田航季さん、右:和田麻帆さん

-麻帆さんは人材会社、航季さんは広告代理店で働いていたとのことですが、麻帆さんは子どもの頃から酒蔵を継ぐ意識があったのでしょうか?

麻帆さん
酒蔵を継ぐことに対して両親からはあまり言われてきませんでした。ただ、25歳の頃に「継いでも継がなくてもいいけれど、継がないならそれなりの準備が必要なので早めに決めてほしい」と伝えられました。酒蔵の家に生まれた責任を意識し始めるようになっていたタイミングでした。
最初は濁していたのですが、私が継がないと別の人に譲るかM&Aをすることになるだろうなと。それは実家がなくなる感覚で嫌だと思ったんです。彼と出会ったのはちょうどその頃でしたが、一緒に過ごす中で彼も酒蔵の仕事に興味を持ってくれたので、一緒に佐渡に戻ってきました。

-航季さんは元々日本酒がお好きだったのですか?

航季さん
大学生の頃は罰ゲームのイメージがあって苦手でした。ただ、彼女と知り合って日本酒を飲めるちゃんとしたお店に行き始めてから、美味しさに気づいて見方が変わりました。
今は学校蔵の酒造り体験プログラムに運営として参加し、他の参加者と一緒に仕込みもしています。東京では一日中パソコンの前に座って仕事をしていたので、五感を使って働く感覚が新鮮で面白いです。

―今回の授業は「婿」が大きなテーマでした。授業を受けた感想はいかがでしたか?

航季さん
スピーカーの方々のお話を聞いて、婿であることを最大限活かしたいなと思いました。今までのやり方に変に同調する必要はないけれど、リスペクトを持って関わっていくことは大事にしたいです。

麻帆さん
授業にきちんと参加したのは今回が初めてです。ただ、実際に参加すると講義の内容が本当に面白くて、こういった機会を佐渡で作るのは行政でも難しいことだと思うので、企画の意義を感じました。
あとは、参加者がとても楽しそうで、老若男女が集まって一緒に勉強して盛り上がっているのが素敵な光景でした。

―ゆくゆくは尾畑酒造の中核を担っていくお二人ですが、これから佐渡にどんな影響を与えていきたいですか?

航季さん
3限目の村上さんの講義はサービス業の話題でしたが、僕たちのようなものづくりは外部からお金を持ってこられる仕事だと思っています。
島の米や島の人たちの手でお酒を造って、それを東京や海外でしっかり売って、佐渡で新しい雇用を生む。その役割をきちんと果たしていきたいです。

麻帆さん
私も同じことを思っていて、なるべく雇用を生み貪欲に給料を上げていくことで、島の中で経済が回る仕組みを作っていきたいです。そのためにも、まずはしっかり売り上げを作らないと、と思います。
藻谷さんが最後に、「今は東京から地方に行って変化を起こす時代になっている」と仰っていました。ちょうど彼が首都圏出身なので、変化を起こす存在になってもらって注目を集められるように、妻として育てていきたいです(笑)

佐渡の高校生や大人たち、島外・県外から足を運んだ人、酒造り体験プログラムに参加中の外国人、それぞれの専門性を持つスピーカー……。学校という空間に集った多様な人々がまさに「混ざり」合い、自分の枠を超える学びが生まれた「学校蔵の特別授業」。ここで生まれた学びと繋がりが、未来を担う世代をきっと後押ししてくれるだろう。

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ライター:卜部奏音
新潟県在住/酒匠・唎酒師・焼酎唎酒師
政府系機関で日本酒を含む食品の輸出支援に携わり、現在はフリーライターとして活動しています。甘味・酸味がはっきりしたタイプや副原料を使ったクラフトサケが好きです。https://www.foriio.com/k-urabe

尾畑酒造株式会社

尾畑酒造株式会社

創業
1892年
代表銘柄
真野鶴
住所
新潟県佐渡市真野新町449Googlemapで開く
TEL
0259-55-3171
HP
https://www.obata-shuzo.com/home/
営業時間
9:00~16:00(酒造SHOP)
定休日
年中無休(酒造SHOP)

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