酒蔵に聞く

日本酒のイメージを変えたい。米国市場に挑む[Nova Brewing Co./ロサンゼルス]に密着!

ロサンゼルスで本格的な日本酒造りに挑む[Nova Brewing Co.]。造りたての美味しいお酒で、現地の人の日本酒に対するイメージを変えたいと願うJames Jinさんと田邉恵美子さんの取り組みをインタビュー。

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「伝統的酒造り」がユネスコ無形文化遺産に登録され、海外での日本酒人気の高まりを耳にする機会が増えた。だが、輸出先上位国のアメリカですら、アルコール市場に占める日本酒の割合はわずか1%。そこに挑むのがロサンゼルス出身のJamesさんと新潟県出身の恵美子さんが立ち上げた[Nova Brewing Co.(ノヴァ・ブルーイング)]だ。現地で調達できる機材を工夫して使用し醸すこだわりの酒、その背景にある物語、そして彼らの目指す未来を取材した。

この方に話を聞きました

Nova Brewing Co. Head Brewer/James Jinさん(左)Owner/田邉恵美子さん(右)
プロフィール

James Jinさん
カリフォルニア州ロサンゼルス出身。貿易会社での日本酒の営業を経て2019年、Nova Brewing Co.を共同創業しHead Brewerに就任。

田邉恵美子さん
新潟県直江津市出身。2015年にロサンゼルスへ移住し、現在はNova Brewing Co.の共同創業者として経営を担当。

“サケボム”のイメージを変えたい

ロサンゼルス中心部から車で約30分。製造業が盛んなエリアに、広々としたタップルームを備えた[Nova Brewing Co.]がある。現在はJamesさんが酒造りを、恵美子さんが経営を担い、2名のスタッフと共に働いている。

大手貿易会社で唎酒師として、輸入された日本酒を現地のレストランなどに販売する仕事をしていたJamesさん。「お米がこんなに美味しい飲み物に変わるのが興味深くて、自宅で造るようになりました。」ときっかけを振り返る。

一方、恵美子さんはアメリカでの日本酒のイメージに違和感を抱いていた。「アメリカでサケボムというゲームが流行ったことがあって、お猪口をビールの入ったグラスの中に落として一気飲みをするんです。当時は輸送の過程で品質が落ちた日本酒も多く、美味しくないとか悪酔いするというイメージが付いてしまった状況を変えたいと思っていました。」

SSA(Sake School of America)(※1)で出会った二人は、当時酒蔵がなかったロサンゼルスに、造りたての美味しい日本酒を飲める場所を作ろうと意気投合。Jamesさんは「日本酒造りをきちんと学びたい」と日本に向かい、茨城県の稲葉酒造と木内酒造で修業した。恵美子さんは元々ビールとワインの醸造所だった場所を購入し、酒蔵の経営方法について学んだ。Jamesさんの帰国後、2019年に二人で[Nova Brewing Co.]を創業し、既存の設備を活かしたビール造りと新たに日本酒の醸造を始めた。

(※1)SSA(Sake School of America):ロサンゼルスに拠点を置く、日本酒や焼酎などの日本産酒類に特化した教育機関。

ないなら作る!設備の工夫

「日本酒造りのための設備を揃えるのに最も苦労しました。」とJamesさん。アメリカには日本酒用の醸造機械を作る会社がなく、日本から輸入すると非常に高額になる。「投資家を入れずに自己資金だけで始めたかったので、元々あったビールやワインの設備を活用しています。」例えば、蒸した米を冷ます放冷機は、ワイン造りに使う葡萄を潰すためのコンテナを活用。洗瓶機も手作りだ。

「Jamesは酒造りに強いこだわりがあるので、利益や儲けを考える投資家が入るとそれが実現できなくなるんです。」と恵美子さんが笑う。

「一番大変だったのは醪を搾る槽(ふね)です。均等に圧力がかかるようにデザインを自社で行いました。原理がわかれば作れると思いました。」とオンラインで資料を模索してデザインしたというから驚く。

発酵中の醪。仕込み室内には甘い香りが漂う。

研究を重ねた3銘柄

[Nova Brewing Co.]のお酒はどれも理想の味を追求し「R&D(研究開発)に時間をかけた」力作ばかり。中でも代表的な3銘柄をJamesさんのコメントと共に紹介する。

①Eclipse

(写真提供: Nova Brewing Co.)

「日蝕」を意味するEclipse。2種類の麹を半分ずつ使っており、「太陽」に見立てた黄麹を「月」の黒麹が侵食していく、というコンセプトから名付けた。
「白ワインのような酸味を出したかったので、クエン酸を多く出す黒麹を使いました。貿易会社にいた頃に扱った黒麹のお酒が大好きで、いつか自分でも造りたいと思っていたんです。同じくクエン酸を大量に出す白麹を使う蔵が増えた時期で、他とは違うことがやりたいという気持ちもありました。」

②Gravity

(写真提供: Nova Brewing Co.)

「重力」を意味する名前の通り、圧力を一切かけずに醪自体の重さだけで搾る、非常に手間のかかる“袋吊り”のお酒。
「取れる量を犠牲にしても味を重視する、クラフト精神が詰まったお酒です。酸味が強いEclipseに比べると伝統的な日本酒の味に近いですが、カルローズ米(※2)を使うなどカリフォルニアらしさも意識しています。」

③どぶろく

(写真提供: Nova Brewing Co.)

研究を重ね、完成までに4年の歳月を要した。昨年、どぶろくの勉強のために日本を訪れ、目に付いたどぶろくを全て購入して試したそう。
「どぶろくはとても幅が広い。どんなスタイルが好きか知るために50種類も飲んだのですが、その時はさすがに飽きました(笑) カルローズ米は硬いので最初はお米が溶けず苦労しました。」

(※2)カルローズ米:カリフォルニア州で開発された食用米。日本で一般的な短粒米とタイ米などの長粒米の中間にあたる。

売れる日本酒のためのストーリー戦略

ラベルデザインはJamesさんが手がける。日本酒であることが分かりやすいよう、あえて漢字をデザインに入れる。

お酒造りで意識していることについて、Jamesさんはこう語る。「私は元々日本酒を売る仕事をしていたので、何を言えばお客さんが興味を持ってくれるかを知っています。他のお酒が沢山ある中で選ばれるには、独自のストーリーが必要です。」

例えばEclipseは「黒麹を使うとワインのような酸味が出る」、Gravityは「袋吊りという手間がかかる造り方をしている」、どぶろくは「昔、農家の人が自分の家で造っていた飲み物」と説明すると興味を持たれやすいという。「どうやって売るかをまず考えてから、そのストーリーに合う味を造っています。」

また、恵美子さんは「日本酒という枠から離れすぎずに、でもカリフォルニアならではの味も出したいという絶妙なポジションを狙っています。」と話す。そのために、米は全てカリフォルニア産の50%精米のカルローズ米を使用している。

[Nova Brewing Co.]が見据える未来

[Nova Brewing Co.]のお酒は、New York Wine and Spirits Competitionで継続的に賞を獲得している他、カリフォルニア州全土でチェーン展開する有名レストランの日本酒メニューとして初めて採用されるなど、その品質が高く評価されている。順調な道のりを歩む二人に、今後の展望について尋ねた。

(写真提供: Nova Brewing Co.)

恵美子さん「まずは日本酒を造り始めることが第一ステップだったので、それはこの場所で叶えることができました。」一方で、市街地からのアクセスが悪かったり、設備やレイアウトが最適化されていなかったりといった不満もあるそう。遠方からはるばる来てくれるお客さんが多いため、街に近い場所への引っ越しを計画している。「新しい場所ではレストランを併設してペアリングも追求していきたいです。」と期待を込める。

Jamesさんは「お酒のレシピを増やしたい」と意気込む。「カリフォルニア産の山田錦で仕込んだり、餅米で麹を作ったり、ビール酵母をどぶろくに使ったり、色々試しているところです。ある日いきなり『こういうお酒を造ると面白いな』と思いつくので、今は樽での熟成をテストしています。」

型にはまらない自由なアイディアと品質への徹底的なこだわりで生み出される[Nova Brewing Co.]のお酒。日本酒のイメージを変えるため、彼らの挑戦は今日も続く。

※地理的表示の定義では「日本酒」は国内産米を使い、かつ日本国内で製造された清酒のみを指しますが、本文では海外で作られる清酒も便宜的に「日本酒」と表記しています。


ライター:卜部奏音

新潟県在住/酒匠・唎酒師・焼酎唎酒師
政府系機関で日本酒を含む食品の輸出支援に携わり、現在はフリーライターとして活動しています。甘味・酸味がはっきりしたタイプや副原料を使ったクラフトサケが好きです。https://www.foriio.com/k-urabe

Nova Brewing Co.

Nova Brewing Co.

創業
2019年
代表銘柄
Gravity
住所
1580 W. San Bernardino Rd UnitH&I, Covina, CA, 91722Googlemapで開く
HP
https://novabrewingco.com/
営業時間
金17:00~21:00、土12:00~20:00、日12:00~20:00
定休日
月~木

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