イベントレポート

福井の食材と黒龍の美酒、京料理の匠が奏でる極上のマリアージュ『御食国プレミアムディナー@ESHIKOTO』レポート

2024年の暮れも迫る12月、福井県永平寺町にある黒龍酒造が2022年に開設した複合施設「ESHIKOTO(えしこと)」にて、2日間にわたるプレミアムディナーが12月11日と12日に開催された。このレポートでは、筆者が実際に参加した12月12日の様子をお伝えする。

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「御食国プレミアムディナー@ESHIKOTO」は2023年に一夜限りで行われたこのイベントだが、2024年度は規模を拡大。京都の銘店の匠が福井の食材を用いた料理に黒龍酒造の極上の酒をペアリングし、福井の「開花亭」のサービススタッフや地域のソムリエが会場を盛り上げた。

会場となった「ESHIKOTO臥龍棟」は、サイモン・コンドル氏設計の厳かで特別な空間で、地元の笏谷(しゃくだに)石を使用した建築と約11メートルの高い天井が大聖堂を思わせる。普段は非公開で、半分がスパークリング日本酒の瓶内二次発酵や貯蔵に使われ、もう半分はイベント用のフリースペースとして活用されている。この独特の空間が、クリスマス時期のイベントに特別な演出を加えている。

臥龍棟内には、黒龍酒造8代目蔵元・水野直人社長が地元の山から選んだ樹齢200年の一本杉を加工したカウンターが2箇所設置されている。正面カウンター上には、上木美枝さんによる越前漆器や和紙、寄木細工など福井の伝統工芸品を用いた展示があり、視覚でも「福井の美」を楽しめる工夫が施されている。

この日の黒龍酒造の日本酒ラインナップは以下の通り。(左より)
・ESHIKOTO AWA 2020 Extra Dry
・ESHIKOTO 水仙 2023 純米大吟醸
・ESHIKOTO 永(とこしえ)五百万石 特別純米
・ESHIKOTO 永(とこしえ)さかほまれ 特別純米
・黒龍 大吟醸 龍

黒龍酒造の次期蔵元、ESHIKOTOマネージャーの水野真悠さんが施設の説明とお酒の説明をしてくれた。
構想10年を経て2022年にオープンしたESHIKOTOは、2024年11月にオーベルジュ「歓宿縁(かんしゅくえん)ESHIKOTO」、そば屋「蕎麦山や」、パン屋「ハレヤ」を加え、さらなる進化を遂げた。「歓宿縁」という名は、「またとない縁を歓ぶ」という仏教用語に由来する。「ユネスコ無形文化遺産に登録された日本酒をさらに盛り上げるため、この会を開けることを大変嬉しく思います」と、水野さんは想いをこめた。この会に向けて福井県内外、遠くは東京から足を運んだ参加者もいた。「ぜひ多くの方に永平寺町に来て頂き、永平寺参拝、黒龍の美酒とグルメで身も心も清めて欲しい」と水野さんは願う。

乾杯酒は、「ESHIKOTO AWA 2020 Extra Dry」で。瓶内二次発酵を、この「臥龍棟」で15ヶ月以上行ったスパークリング日本酒だ。

先付は「木乃婦」の高橋拓児さんが仕上げた栗の白和え。京都丹波産の渋皮栗を3日かけて炊き上げ、銀杏や利休麩を白和えにした一品である。永平寺の典座(てんぞ・料理担当責任者)、西村眞典老師の精進料理にヒントを得て作ったもので、西村老師も絶賛したという。栗の味わいと香り、銀杏からくるナッツの風味、揚げた利休麩のコクが、オフドライで綺麗な酸、背景のほのかな苦味と交わり、白和えの衣の口当たりをきめ細やかな泡が包み込む。スタートから絶品のペアリングだ。

次に供されたのは、「ESHIKOTO 水仙 2023 純米大吟醸」。
ラベルに描かれた可憐な水仙は、京都在住の日本画家・森田りえ子さんの作品だ。冬に咲く福井県の花・水仙にちなみ、ESHIKOTO店舗で冬季限定発売の希少な逸品だ。控えめだが水仙を思わせるフローラルの香りが上品に立ち、口当たりは柔らかい。兵庫県産山田錦の奥行きある旨味が広がる。酒と出汁・料理の旨みが調和。匠の技が光る。

イベント2日目の12日は、木乃婦で修行を積んだ料理人2人と、師匠である高橋拓児さん、さらに司会を務めた「鳥米」の田中良典さんが競演し、「図らずも木乃婦デーで味の統一性がとれている」と高橋氏は表現した。(写真は左から、「木乃婦」高橋拓児さん、「松正」小笹正義さん、「松廣」北倉滉大さん。)

温物は、若狭ぐじ(甘鯛)の蕪蒸しに山葵を添えた一品。手がけたのは京都府亀岡市の料亭「松正」の料理長・小笹正義さんだ。かつて塩をして若狭から京へ運ばれた若狭ぐじの歴史に触れ、小笹さんは「今回の蕪蒸しでは、若狭ぐじの脂や塩味、亀岡市名産のかぶらの甘味と旨味をバランスよく調え、優しい味わいに仕上げた」と語り、自信を覗かせた。

この一品に、先ほどの「水仙」と、「ESHIKOTO 永(とこしえ)五百万石 特別純米」を合わせてみる。後者は生酛(きもと)造りを活かした特別純米酒で、プリンスメロンを思わせる香りとクリームのようななめらかさ、気品がある旨味にすっきりとしたキレのある余韻が特徴だ。面白いことに、この2種をこの蕪蒸しに合わせた時、全体の印象が異なる。「水仙」はぐじの脂身の旨みとかぶらの甘味を引き立て、「五百万石」はかぶらの持つ瓜系のフレッシュ感と口当たりのまろやかさを際立たせる。同じ料理でここまで異なる印象を見せるのは驚きだ。

造りは再び「木乃婦」の高橋拓児さんによる、湯引きクエと雲子に福井県産の香味野菜を添え、ポン酢ジュレをかけて仕上げたもの。これには「五百万石」が絶妙にマッチする。特に雲子のクリーミーさと酒の柔らかな口当たりが調和するのが素晴らしい。

御椀は、伏見深草の料亭「松廣」の料理長・北倉滉大さんが手がけた。越前がにを使った蟹真丈に蓮餅、柚子、金時人参を添えた力作だ。ホタテをベースに越前産の紅ズワイガニを入れた真丈に、揚げた蓮根餅を添えた。鰹出汁にもカニの風味を感じる。

これには「ESHIKOTO 永(とこしえ)さかほまれ 特別純米」が相性抜群。福井県産さかほまれを100%使用した、先述の特別純米の米違いだ。柚子やグレープフルーツの皮を思わせる柑橘系の香りが特徴。旨みがやや強く、余韻も長めなこの酒には、蟹の旨みや磯の香り、揚げた蓮根餅のコクを受け止める懐の広さがある。

揚げ物も「木乃婦」の高橋さんによるもの。海老芋の間にカラスミを挟んで揚げ、出汁あんをかけて柚子を振った。海老芋の柔らかな食感とカラスミの濃厚な旨み、柚子の香りを、「さかほまれ特別純米」の柑橘感と旨みが受け止める。

煮物は、松尾大社門前の鳥料理の名店「鳥米」の田中良典さんによる一品。合鴨の下に旨みたっぷりに炊いた淀大根を敷き、九頭竜まいたけとフレッシュな香茸を添えて仕上げた。

この煮物には、「黒龍 大吟醸 龍」を。七代目蔵元・水野正人さんが、ワイン熟成の技術を日本酒に応用し、昭和50年に発売した黒龍酒造の転機となるロングセラーの銘酒だ。
酒の透明感と複雑性は時に相反する。複雑で面白くとも透明感を欠く酒や、逆に透明で美しいがシンプルすぎて物足りない酒も少なくない。しかし、この「黒龍 大吟醸 龍」は、透明感と複雑性が高次元で調和する稀有な銘酒だ。リンゴや洋梨、パイナップル、夕張メロンの重層的な香りと柔らかな口当たり、凝縮された旨みが伸びやかで美しい余韻を残す。この酒が合鴨の旨みや九頭竜まいたけ、香茸の香り、丸大根の甘味を名指揮者のように見事にまとめ上げた。

「お後、お食事になります」という言葉は懐石料理の終わりが近いサインだが、このイベントではご飯ものにも演出が光る。おかゆが炊き上がる間を活用し、参加料理人4人による軽妙なクロストークが行われた。「師匠と一緒にイベントに参加することが夢だった」と語った松正の小笹さんに、会場から温かい拍手が送られる場面も。きっちり笑いも取りつつ感動も織り交ぜた進行は、さすが食のみやこの料理人たちの腕の見せ所だ。

そして満を持して登場した芋粥は、福井県産いちほまれを炊き、あわら市富津地区産のとみつ金時を加えた一品。「おかゆの賞味期限は10分」と高橋さんが教えてくれたが、炊き立てのおかゆに、「米の香り」があることを初めて知った。そこに、ほっくりしたさつまいもの強い甘味。今まで風邪をひいた際、テキトーに冷やご飯から作っていたものとは全く異次元。プロの技に脱帽だ。

最後、水物はミルクアイスとブラジルナッツのキャラメリゼにいちごのエスプーマを乗せたもの。素晴らしい饗宴を締めくくるのにぴったりなデザートだった。

このイベントは、福井県の食材や黒龍酒造、京都の日本料理の匠たちが協力して実現したものだ。2年目となる2024年の新たな取り組みとして、料理人たちは福井の産地を訪ねて情報を仕入れ、その学びを活かしてメニューを作成した。イベントの総合司会を務めた「鳥米」の田中良典さんは、事前に料理人全員で福井の漁港や農家など食材の生産地を訪ねる視察旅行を行ったことが深い学びになったという。「たとえば九頭竜まいたけの産地や環境を理解し、自分の中に落とし込んでから料理に活かせた」と、喜びを語ってくれた。
木乃婦の高橋拓児さんは、「日本料理の料理人も産地に直接赴き、技術研鑽や情報交換を行うことが重要。このイベントがそうした機会を提供し、日本料理と食材の産地の未来を明るくすることを願う」と語ってくれた。このイベントは来年も更なる進化を遂げるに違いないと、早くも期待が高まる。


ライター:山口吾往子(あゆこ)
酒ジャーナリスト。全国通訳案内士、国際唎酒師、日本酒学講師、WSET Sake Educator資格保持。2019年から大阪心斎橋でWSET Sake講座を英語で担当。日英で日本酒記事を執筆している。2023年WSET Spirits Level 3取得、スピリッツ関係執筆も。

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住所
福井県吉田郡永平寺町下浄法寺第12号17Googlemapで開く
HP
https://eshikoto.com/
営業時間
10:00~17:00
定休日
水曜日・第1・3・5火曜日

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