新潟・高の井酒造が進める寒造りとは
雪の蔵に息づく酒造りの魂
新潟県小千谷市。日本有数の豪雪地帯として知られるこの地にあるのが、江戸末期創業の老舗酒蔵「高の井酒造」だ。この時期の酒造り「寒造り」といえば、クリアでキレがあり、そして香り高い酒に仕上がる。今回実際に3日間滞在し、本場の寒造りの現場や地域社会との交流の模様、蔵元や蔵人の想いを密着取材。
「友が集うところ田友あり」
出迎えてくれたのは代表取締役の山崎亮太郎さん。柔らかな笑顔の奥に、時折鋭く光る情熱的なまなざしが印象的だ。

「江戸時代から代々続いた酒造りは、昭和12年の大火で焼失しました。なんとか再起したものの第二次世界大戦時のコメの統制で酒造りができず、現在にもつづく味噌と醤油の醸造を始めました。戦後、酒造を再開した際に、所在があった高梨町にちなんで『高の井酒造』としました」
応接室には代表銘柄「田友(でんゆう)」の特別純米と純米吟醸が展示。
田友は、平成 19年より新潟産酒造好適米「越淡麗」が県内の蔵元でも契約が可能となり、その際に新たにスタートしたブランド。小千谷の棚田で地元農家が契約栽培したものを100%使用し、米のふくよかな味わいと、馥郁たる香りが絶妙にバランスが合わさった食中酒だ。
筆者も以前より愛飲しているが、ラベルの「田友」の筆文字が滲んで見えることがかねてより気になっていた。

「塩沢の書家岳川(がくせん)氏に書いてもらった際に、彼がイメージしたのは『水田にみんなで入って水に浸っている様子』でした。文字が滲んでいるのは、田んぼの水がもたらしてくれる潤いの表現なのです」
元々ラベル部分は、黒単色の墨文字で統一されていたが、輸出国側から品種の違いを分かりやすくしてほしいとの声があり、純米吟醸は緑金、特別純米酒はオレンジ金の文字に。緑は田植え後の清々しい田んぼを、オレンジは秋の稲刈り前の黄金の田んぼの様子を彷彿させる狙いなのだそう。
「米の声を聞く」
話を続けていると杜氏の木村さんが応接に現れ、「これから作業を始めますよ」と蔵の中に招き入れてくれた。中へ入ると、蒸気が立ち込め、ふわりと米の香りが鼻をくすぐる。

木村さんは、生まれも育ちも小千谷市で、新潟清酒学校を首席で卒業し、24歳ころから蔵人として酒造りに携わってきた。初見は寡黙な印象だったが、酒の話になると一気に熱を帯び、毎年正月は、醪管理や分析作業を行いながら酒蔵で過ごすという。
高の井酒造では、毎朝8時に全社員が集まり朝礼を行い、その後製造部のミーティングが続く。
「全員が同じ情報を共有していないと、仕込みの流れが噛み合わなくなるのです」
朝礼では当日の作業内容を細かく確認し合い、役割分担や注意点を念入りにすり合わせる。午前中の作業後にも再び短い打ち合わせを行い、進捗や変更点を共有する。
「田友に関しては、水・米・酵母に加えて人の全てが『新潟』。他県では表現できないような味わいを表現することにこだわっています。」
滞在期間中に見せてもらった工程は、「酛麹引込み」「添仕込み」「仲麹引込み」「生酛仕込み」。いずれも繊細な作業の連続だった。
「機械造りと手造りを交互にやっています。二十代の若手は機械の操作ができたとしても、理屈がわからないといい酒ができない。手造りをすることで、機械にどう反映させるかっていうことも教えながらやっています」という木村杜氏。
挑戦的な酒や新技術を試す部分は手造りで行う一方、安定品質が求められる酒は、機械造りで大量生産する。
自動車でいえば、F1など最先端の技術開発に挑み、成果を市販車の品質向上へ還元していく構図。蔵の現場に立つと、その比喩が決して大げさではないことがわかる。
作業着に着替えた蔵人たちはまず蒸米の準備から。米を洗い、浸漬し、蒸し上げる一連の工程は時間との勝負だ。

「米の吸水は秒単位で変わるんです。気温や湿度で毎日違うからストップウォッチで時間管理します」
木村さんの言葉通り、工程管理は緻密そのもの。蔵人は吸水工程の最後の10秒は呼称し、3,2,1とカウントして停止する。
秒単位の判断、温度の微調整、そして積み重ねられた経験。 まるでF1マシンを支えるスタッフの動き。 高の井酒造の酒造りは、伝統と最新技術の両輪で走り続ける“酒造りのF1チーム”と言っても過言ではない。
午前中は仕込みや麹の引込みと手入れ、午後はタンクの温度管理や分析作業、全ての機器や道具に至るまでの洗い物や清掃など、細かな作業が続く。夕方には明日の準備を整え、ようやく一日が終わる。
新潟産100%と、厳寒下の寒造り
高の井酒造の酒造りは、地元とのつながりの中で育まれている。使用酒米はすべて新潟県産。中でも「越淡麗」や「五百万石」は、小千谷の契約農家が丹精込めて育てたものだ。地元の米を使うことで、地域に還元でき、なにより“この土地の味”が出る。
蒸し上がった米はいち早くに麹室へ。
ここ数年の高温で米は硬めで溶けにくくなり、浸漬による水分量は以前よりも多くし、製麹では早めに麹菌をふるそう。ふったあとは布で丁寧に包んで、6時間後に切り返してから一晩寝かせる。

平べったい形のまま白米にする「扁平精米」も、採用するようになったという。
扁平精米されると、同じ60%精米であっても雑味の原因になる成分を効率的に除き、旨味を残すことができる。「田友 手造りプレミアム 特別純米酒」の製造に採用。
仕込み水は信濃川の伏流水。雪解け水が長い年月をかけて地中を流れ、やわらかな軟水となって湧き出す。
「水と米は全て新潟ですが、田友に関しては酵母も新潟県醸造試験場が開発したものを使用しています。リンゴやバナナなど、フルーツ香をはじめ酵母によって出る香りは様々ですが、酵母の数が圧倒的に多いとその特長が出やすい。醪での発酵にも影響するので、発酵がうまくいかない時はだいたい酒母の段階でおかしい時が多いです。」
日本酒には発酵過程で酵母が生み出す「カルバミン酸エチル」という物質ができるが、これは国際機関により「おそらく発がん性がある」に分類されている。新潟県醸造試験場で開発した酵母は、これの生成を根本的に抑えることができ、さらに雑味が少なく、きれいな味わいを生むため、 安全性と酒質の両方を高められる酵母としても強い。
山廃から生酛へ
高の井酒造では、2025年より山廃から生酛造りへ切り替えた。 仕込み時の水分量が雑菌の繁殖に大きく影響するためだ。
生酛により、入れる水の量をあえて少なくすることで、仕込み直後の状態を「雑菌が増えにくい環境」にしやすい。水が少ない分、菌が活動しにくくなり、結果として衛生的に安定しやすいため、安全に酒母を育てられるようになった。

生酛造りの酛仕込みも見せてもらった。
ずらりと並ぶ断熱材でくるまれたサーマルタンクは、木村さんが杜氏就任の際に導入されこの冬で13造り目。中心部のタンクの形状は細長いため、タンク内で起きる発酵対流で自然に中身が混ざり、仕込んだ後で毎日朝晩に櫂入れ(かいいれ)作業が要らないそうだ。
麹造りや発酵、貯蔵工程での温度管理も、手造りでのノウハウを機械造りに導入し、それに近い味わいが出せないか日々考えながら作業を行っている。
高の井酒造では、盆明けから仕込みを始め、翌年4月末まで続く。搾りが終わるのは5月下旬頃で、ようやく気温が上がり始める時期だ。
しかし酒粕は栄養が豊富なため、暖かくなるとカビが生えやすく、匂いが酒に移ってしまい、いわゆる“カビ臭”につながる。そこで搾り室に空調と除湿を徹底し、カビの発生を防いでいる。
充填ラインは、最先端のビン燗殺菌ができるパストライザー、無接点充填設備を導入し、格段に品質が向上した。
雪中貯蔵酒の発祥蔵
高の井酒造は、雪中貯蔵酒の発祥蔵としても知られる。今でこそ様々な酒蔵が手掛けるが、元々は同社が商標登録し、全国ニュースでも紹介されたことがある小千谷の冬の風物詩だ。
社員が新雪をスコップでタンクにかけて完全に埋め、一定の温度と湿度を保ちながら熟成させる。 雪は天然の冷蔵庫であり、酒に丸みと落ち着きを与える。別の場所には、38%まで磨いた純米大吟醸の瓶詰を雪中貯蔵した。

味のコンセプトは、「フレッシュさの中に、まろやかさを表現」といういわば相反したユニークなもの。1本1本全て手作業でキャップを締め、袋に入れてから丁寧に雪に埋める。
2026年は4月中旬に一本16,500円で300本限定販売を予定。

新しい価値の創造
山崎さんとは、今後の酒造りに対する課題感についても聞いた。その中で「価格」についての疑問が話題となる。
「ワインの世界では発想がまったく違うんですよ。ロマネ・コンティがなぜあれほど高いのかというと、彼らは『世界的な需要があっても、100万円で売れるなら100万円で売る』と考えるんです。畑の面積には限りがあり、世界市場での価値を基準にしているんですね」
日本酒の価格は、一般的に酒米や瓶、資材のコストを積算し、「○○ならこのくらいが妥当だろう」という“積み上げ方式”で決まる。
「自分たちの酒が世界でこれだけ評価されるなら、その価値に見合う価格で売ってもいいのではないか」 という発想から、四合瓶で4~5万円といった高価格帯のものも登場してきている。
そうした価値観を象徴する一本が高の井酒造にもある。 20年熟成酒「20年の眠り」だ。
「これは父が40歳のとき、自分の還暦祝いに飲むために仕込んだいわば道楽の酒なんです」
20年間の出来事や流行を年表にまとめ、さらに伝統工芸の小千谷縮で包んだのが「20年の眠り」。当時は長期熟成酒自体が珍しく、大きな話題を呼んだ。
「最近は高額の熟成酒を出す蔵も増えましたが、うちは20年ものですから。本当はもっと高くてもいいと思っているんです」
“価値”で価格を決める――。 その視点が、日本酒の未来を静かに変えつつある。
高の井酒造では、Sake Worldが運営するオリジナル日本酒づくり体験施設『My Sake World』のブレンド日本酒のひとつとして「田友」を納入している。
淡麗辛口の代表格として人気が高いフラグシップを、異なる酒蔵の酒とともにブレンドすることへの考えを聞いた。

「新潟の酒蔵同士でも、それぞれの酒を持ち寄ったブレンド酒を造ったことがあったんです。均等配分でブレンドしたため、酸味の強いものに香味が引っ張られてしまったんですが、そういうことも含めて新しい造り方に挑戦したり、飲み方を提案することは大切ですね。何かのきっかけで日本酒に興味を持ってもらえるチャンスが増えるし、新しい体験が消費を広げることになります」
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ファンとともに醸す仕込み体験
高の井酒造ではファンとのつながりを大切にしている。象徴ともいえるのが毎年開催される「田友仕込み体験」だ。
2026年は1月31日、厳寒の朝に18名の参加者が蔵に集まった。地元新潟を中心に、中には東京からの熱心な来訪者も。

「おはようございます!今日は蒸しあがったばかりの米を冷やして、2回目の仲仕込みを皆で一緒にやりましょう!」
木村さんの掛け声でスタートした体験では、午前中の作業で2人ペアで蒸米を運ぶ。参加者たちは、重みを実感しながら目を輝かせて作業に没頭。木村さんや蔵人たちも丁寧に手順を教えながら、時折冗談を交えて場を和ませる。
体験を終え、場小千谷名物「へぎ蕎麦」老舗店に移しての懇親会。
「今日皆様にお手伝いいただいたお酒は、 1ヶ月後ぐらいに商品になります。計画していた設備投資も完了し、品質を上げるため、いろんなことにチャレンジしていきます」

乾杯の音頭を取った山崎社長とともに「田友」で乾杯。
小千谷の宴席では、乾杯後約15分ごろに「天神囃子」を皆で歌うのが慣習。唄い終わると各自が徳利をもって杯を注ぎ合い始め、場が一気に和んでいった。
小千谷から世界へ、世界から小千谷へ
「食べ物や飲み物は、その土地で味わうのが一番なんです」
名物のへぎ蕎麦も、東京で食べるのと小千谷で食べるのとでは、どこか違うという山崎社長。
「空気や湿度もありますけど、一番大きいのは水でしょうね。うちの酒も同じで、東京や香港、台湾、オーストラリアなど、各地で飲んでもらえるのは本当にありがたい。でも、それをきっかけに小千谷に来てもらえたらより嬉しいんです。『お酒が美味しかったから来ました』って言われるのが、いちばんの喜びですね」
小千谷には、古くから受け継がれる「小千谷縮」や「錦鯉」といった文化財も存在する。
「これって実はすごく贅沢な財産なんですよ。もっと自信を持っていいと思うんです。価値があるなら、価格だって高くていい」
「台湾や香港なんて、情報量は東京とほとんど変わらないですよ。東京で流行っているものは、ほぼ同じ速度で揃います」
海外の市場感覚にも触れてきた中で、山﨑社長はある体験が印象に残っているという。それは東京銀座のスペイン料理店で、料理とワインのペアリングを楽しんだときのことだ。
スペイン料理は濃い味付けが多く、ワインはすっきりした味わいで合わせる。
「これ、日本酒に変えたらどうなるんだろうって思ったんです。新潟の酒はすっきりしてるから、きっと受け入れられるはずだと」
以前、とあるイベントでソムリエの田崎真也氏に、「肉料理と日本酒は合うのか」と尋ねたところ、「砂糖・塩・酢・味噌・醤油――“さしすせそ”で味付けしてあれば、日本酒は何でも合いますよ」と返ってきたことがある。
こってりしたソース料理には日本酒はやや不向きだというが、山崎社長は、日本酒の楽しみ方の可能性はもっと広いと考える。

「土地の水と空気がつくる味わいを、ぜひ小千谷で体験してほしいんです」
高の井酒造の銘酒は、ただの酒ではない。「友が集うところ田友あり」、人と人をつなぎ、土地の記憶を語り、季節の移ろいを映す“物語”だ。 今は静かに雪深い蔵の中で紡がれている。
■ライター:
岸原文顕/ ソムリエ、HBAカクテルアドバイザー。日本酒をはじめ世界の酒類文化と旅をこよなく愛する「旅するソムリエ」。世界3大ビールブランドや洋酒類のブランドマネジャーを歴任、
京都のクラフト醸造所経営など、国内外での酒類事業経験32年。日本発の志ある酒類の世界展開を支援。BOONE合同会社代表。全国通訳案内士。東京在住。

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