Sake Trivia

問いを秘める文化、問いを放つ文化「日本酒の先生」としてつなぐSAKEの世界

唎酒師の資格保有者が5万人を突破し、大小様々な講座が開かれるなど、「知識」としての日本酒への関心が年々高まっている。一方で、"教える側”がどのような心境で向き合っているかを知る機会はまだ少ない。そこでSake Worldでは、世界最大の酒類教育機関「WSET(Wine and Spirits Education Trust)」の日本酒クラスで講師をつとめる山口吾往子氏に、直近開催の講義とともに振り返ってもらった。

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複雑で奥深い日本酒の世界を繋ぐ「日本酒の先生」

私は2019年より大阪を中心に、WSET(Wine and Spirits Education Trust)の日本語・英語での日本酒教育課程を実施しています。日本でのWSET認定校の一つ「キャプラン・ワイン・アカデミー」に在籍するWSET Sake Educatorの一人です。
WSETはイギリス・ロンドンに本部がある世界最大の酒類教育機関です。醸造酒・蒸留酒について世界70カ国以上で講座が開かれ、年間受験者は10万人以上。ワインを含めたこれまでの総資格者は150万人を超えます。こちらでは、日本酒部門でも体系的な知識習得を目指すプログラムを提供しています。

講座は通年実施していますが、9月のシルバーウィークでは、「WSET Sake Level 2」の3日間集中講義がありました。
これは中級クラスにあたり、稲の生育過程、醸造学の基礎などを含めた日本酒の製造工程や日本酒テイスティング手法などを学ぶカリキュラム。日本語・英語のクラスがある中で、9月は英語クラスなので英語漬けの3日間になります。つまり、朝10時から夕方4時半まで日本語は“封印”。英語ネイティブではない私にとってはなかなかの労力です笑

受講生については、2019年に大阪でWSETの講義を始めた頃は、インバウンド対応で英語での日本酒説明を必要とする酒蔵関係者や、飲食業、観光業に従事する日本人が圧倒的多数を占めていました。
ところが、今年に入り状況が一変。今回の大阪Level 2(中級)クラスと、9月頭にあったLevel 1(初級)クラスは、一人を除いて全て外国ルーツの受講生ばかりでした。

「酒飲みとして好きなことを人に伝える」という、単純な喜びから始まった日本酒講師の仕事ですが、実際やってみると、想像以上に複雑で奥深い世界が広がっています。

教室には様々な国籍の受講生が集います。学び方に違いこそあれ、文化や言語の壁を越えた日本酒(SAKE)への情熱と真摯に学び合う姿があります。

静かに話を聞き、進行に協力的な日本人

日本語・英語を問わず、日本人の多いクラスはとにかく静かです。
「何か質問はありませんか?」と問いかけても、みんなうつむいてしまいます。手も挙げてくれない、なんなら目を合わせてくれないことも。質問がある場合でも、授業時間終了後にそ〜っとやってきたり。
でもこれが日本人の学び方でもあります。質問しないけれど、ちゃんと学びを深める。関西に長く住んでいる私としては、「おもんなかったやろうか?」と時々心配になりますが(笑)。

こうした静かな日本人受講生の学びにも、とてもいいところがあります。
私がどのように進めたいのかを察してくれて、その通りに進めることにとても協力的なんです。授業中に突然あさっての方角から突飛な質問が飛んでくることもなく、カリキュラムも予定通りスムーズに進行できるんです。

活発な議論が前提、海外からの受講生対応の魅力と挑戦

一方、海外からの受講生が多いクラスは全くの別世界。
遠慮なしにバンバン質問が飛びます。授業内容から逸れた質問もザラ。

「酒造好適米と食用米の値段の違いはわかった。ならば、なぜ値段の高い純米大吟醸に食用米を使う酒蔵があるの?」
「純米吟醸を名乗れるのになんでわざわざ『特別純米』を名乗るの?」
「あなたなら、このお酒にどんな料理を合わせる?理由も教えて!」

なんて内容が次から次へと飛んできます。それら全てに「私の考えでは〇〇だ」と、明快な答えが要求されます。

先日の授業では、北陸新幹線の延伸計画と酒どころである京都・伏見の地下水への潜在的影響や、昨今の米価の高騰が日本酒産業に与える影響にまで質問が及びました。英語で説明するだけでも冷や汗ものです。「沈黙は金」ってどこの諺だっけ…元は英語じゃなかったか?(※イギリスの歴史家トーマス・カーライルの言葉)
そんな時、最も苦労するのが時間配分です。コスト、地域性、酒蔵の哲学…様々な要因が絡み合う内容に対する私なりの回答を瞬時に考え、それを限られた時間で伝えなければいけません。授業時間は限られており、質疑応答だけで時間が押してしまうことも許されません。

「ごめん、後で説明するからとりあえず一旦進めさせて!」と悲鳴をあげることも枚挙にいとまがありません。
同時に、講師として受講生の質問に流されず、あらかじめ用意されたスケジュールに信念を持って、「今は答えられないので授業後に聞きにきてね」とはっきりと伝えることも重要になってきます。

だが、彼らの学習意欲には毎回感動させられます。一つの答えが新たな疑問を生み、それがまた次の質問へとつながるんです。
それの何が素晴らしいかって、みんな自分なりのオリジナルな答えを見つけようとしていること。他人の顔色を見ながら、当たり障りのない無難な答えを捻り出すだけではダメだということです。それでは世界では通用しないのだと痛感もする場面でもあります。

共通する「SAKE」への想い

対照的な両者ですが、共通する瞬間もあります。それは「あ、それ面白い!」と感じてくれた時です。
静かな日本人受講生でも、賑やかな海外からの受講生たちでも、目がキラッと輝き、表情が豊かになります。言葉や文化の違いを越えて、日本酒の魅力が確実に伝わっていることを感じます。

講師としての私は、まだまだ完璧からは程遠く、日々改善が必要なことを痛感する毎日です。
それでも、この授業に真摯に向き合い、一生懸命伝えようとする気持ちは国境を越えるものだと信じています。これが日本酒に対する愛情として受講生の心に届いてくれていたらこの上ない喜びです。


日本酒を愛するすべての人に、その魅力を伝えたい。そんな想いから、私はこれまで講師をつとめてきました。
国籍、言語、文化も全て異なる人たちが、同じ土壌で”SAKE”を囲み、語り合う。そんな光景を思い浮かべながら、拙い英語と表現力ながら今日もまた教壇に立ちます。
日本酒って、本当に人と人を繋げてくれるんですよね!
(文:山口吾往子 写真:櫻井大祐)

筆者プロフィール:
英検1級、ケンブリッジ英検Certificate of Proficiency in English (CPE)保持。全国通訳案内士。
酒好きが高じて、唎酒師と国際唎酒師、FBO認定日本酒学講師資格を取得。
The Sake Educational Councilの認定資格、Certified Advanced Sake Professional (ASP)取得。
また、ロンドンに本拠をおくWSET(Wine and Spirit Educational Trust)の、Sake Level 3取得、2019年5月よりWSET sake Educatorとして大阪心斎橋にて英語でプロ向け日本酒講座を行っている。
また、酒ジャーナリストとして2017年より各種メディアで日本酒の内外での動きについて伝える。
焼酎唎酒師資格も所有。2023年、日本在住の日本人として初めてWSET Award in Spirits Level 3に合格。焼酎、国産クラフトジン・ラムなどのスピリッツについても執筆活動を行っている。

キャプラン・ワイン・アカデミーWSET日本酒講座
https://lp.caplan.jp/wine/lp/sake/01/

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