酒蔵に聞く

ホタルが舞う、淡麗辛口のふるさとを守る。「久保田」40周年のその先へ。[朝日酒造/新潟]

淡麗辛口の新しい風を日本酒に吹き込んだ「久保田」は、2025年に発売40周年を迎える。その「久保田」の開発と同じ頃に始まったのが、酒蔵周辺の清らかな環境を守る「ホタルの里づくり」。移り変わる時代に応え続けた淡麗辛口の味わいと、それを支えた40年にもわたる環境づくり。ふたつの物語を追った。

  • この記事をシェアする

2025年に発売40周年を迎えた「久保田」。1985年に登場し、すっきりとした口当たりと軽やかな味わい、そして鋭いキレで、“淡麗辛口”という新しい日本酒の方向性を切り拓いた。清酒王国・新潟を代表するこの銘柄を造るのが、長岡市にある[朝日酒造]だ。

実はこの[朝日酒造]は、「久保田」の開発と同じ頃に、蔵の周りに住むホタルを守る「ホタルの里づくり」の活動を始めた。清らかな水と空気を守るために始まった活動は地域の人々の協力を得て、40年が経った今でも続いている。

淡麗辛口の代名詞とも言える「久保田」と、その土台となる環境を支えた「ホタルの里づくり」。40年間ともに歩んできたふたつの取り組みについて、常務取締役の安澤義彦さんに話を聞いた。

この方に話を聞きました

朝日酒造株式会社 常務取締役 生産本部副本部長兼製造部長 安澤義彦さん
プロフィール
1993年、朝日酒造に入社。醸造、研究開発、営業などを経て2024年に現職に就任。酒米を栽培する関連会社、(有)あさひ農研の代表取締役も務める。

時代と風土が造った「久保田」の淡麗辛口

青々とした緑が目に眩しい田んぼが続く風景の中に、ひときわ目を惹くコンクリート造りの大きな建物がある。広い敷地にふたつの製造所や精米棟、貯蔵棟、製品工場などの他に、2024年に蒸留酒事業に新規参入した越路蒸留所を構える[朝日酒造]だ。


1830年、朝日村(現・長岡市)に「久保田屋」の屋号で創業し、ながらく「朝日山」を主力商品としてきた。当時の状況を安澤さんはこう語る。

「今でこそ“淡麗辛口”という言葉がよく使われますが、当時はその逆で“芳醇旨口”なタイプのお酒が主流でした。肉体労働をする人が多く、汗をかいた体を癒すような濃い味が好まれていたんです。流通も今とはちがい、町の酒屋さんが毎月、一升瓶のケースを各家庭に届ける“御用聞き”のスタイルが一般的でした」

ところが1980年代に入り、経済の発展に伴って労働者が肉体労働から頭脳労働へと移ったことで、食の好みに変化が生じていく。さらに町の酒屋に代わるディスカウントストアの登場により、値下げ競争が起こるようになった。

「価格と価値は連動するものなので、価格を下げて売るようになると、つられて価値も下がっていく。そこに危機感を持った4代目・平澤亨社長が、技術者として名高い新潟県醸造試験場長の嶋悌司さんを招き、[朝日酒造]のフラッグシップとなる日本酒を造りました。それが1985年に生まれた『久保田』です」

杜氏と蔵人、そして嶋氏の日夜にわたる試行錯誤の末、完成した「久保田」。そのすっきりとした綺麗な味わいは、消費者の嗜好の変化に応えると同時に、新潟の風土を活かしたものでもあった。

「新潟の代表的な酒米・五百万石は、抜群の製麴特性がある一方で、溶けにくい性質がある。それが新潟の軟らかな水と相まって繊細な味わいを作り、のどごしの良さやすっきり感につながります。さらに、この地域は越路杜氏と呼ばれる優れた杜氏の里でもあり、まさに新潟の米・水・人の技の結晶が『久保田』なんです」

安澤さんが代表を務める(有)あさひ農研が育てる五百万石の田んぼが、酒蔵の奥に広がる

40年間、最高の応援団に支えられて

「久保田」の開発と同じ頃、もうひとつの活動も動き出した。それが「ホタルの里づくり」だ。そのきっかけは、「久保田」の誕生にも大きくかかわった嶋氏だった。

「6月の中頃でしょうか、酒蔵の敷地内を散歩していた嶋さんが、ホタルが飛んでいるのを見たそうです。ホタルと綺麗な水は切っても切れない関係。そんなホタルが飛んでいる敷地の水で造られたお酒は、日々の食卓を潤すものとして、良いものにちがいないと。それをなんとか守らなければ、という想いから始まったそうです」

そうして始まった活動は、多岐にわたる。
ホタルの生息数を確認する定点観測は、初期から続く取り組みのひとつだ。また、地域の農家と協力して農薬の削減を進めるほか、小・中学校に社員が出向いてホタルの授業をしたり、子どもたちと校内のビオトープを整備したりしている。
さらに、これらの活動を所管する事務局を社内に置き、長く続けられる仕組みも作った。

小・中学校での授業風景(写真提供:朝日酒造)

ビオトープでの作業風景(写真提供:朝日酒造)

40年ものあいだ、こうした取り組みを続けてこられたのは「地域の方々の応援あってこそ」だと安澤さんは言う。

「酒造りって、元々地元で作られている農作物を加工し、付加価値をつけて商品にすることが根幹にあると思うんです。ですから、地域の皆さんにそっぽを向かれてしまうと成り立たない産業とも言えます。

この地域の方々はそういった私たちの酒造りに対する姿勢や、地域のストーリーに共感して一緒に活動を続けてくれる、最高の応援団なんです。その応援に対して、こちらもきちんと応えなければいけない。『正道を歩む』という言葉のように、地道なことをコツコツと積み上げていくと、その跡に地域の皆さんがいっぱいに花を咲かせてくださる。そんな良い関係ができているんじゃないかと思います」

お酒を構成する米と水。その土台となる環境そのものを豊かなまま維持し、次世代に引き継ぐ[朝日酒造]の活動は今や県全体に広がり、県内の自然環境の保全活動などに資金助成を行う「こしじ水と緑の会」も立ち上がっている。

(写真提供:朝日酒造)

“キレ”を守りながら広がるラインアップ

「ホタルの里づくり」と歩みをともにした「久保田」は、2025年に発売40周年を迎えた。 “淡麗辛口”の代名詞として多くの日本酒ファンに愛され、「百寿」「千寿」の2商品から始まったラインアップは、今や17種類にまで増えた。その転換点は6代目・細田康 現社長が就任してからだという。

「『久保田』という銘柄をより広く、わかりやすく伝えていく方向に転換しました。TPOに合わせて選べるように、また、若い人にも楽しんでほしいという想いから、さまざまな商品を世に出すようになりました」

(写真提供:朝日酒造)

そのひとつが、アウトドアブランド「スノーピーク」とのコラボで生まれた「久保田 雪峰」。 “アウトドアで楽しむ日本酒”をテーマに開発し、キャンプの夜に焚火を囲みながら日本酒を飲む、という新たな楽しみ方を提案した。

(写真提供:朝日酒造)

他にも、当時25年ぶりに通年商品として加わった「久保田 純米大吟醸」や、「千寿」「萬寿」の商品ラインアップの拡充など、「創業当時から味が変わっていないものはひとつもない」と言うほど、消費者が求めるものを敏感に感じ取り、取り入れてきた。ただ、その中でも「変えてはいけないもの」はしっかりと守ってきたという。

「『久保田』の真骨頂はやはり味わいの“キレ”で、だからこその“淡麗辛口”なんです。そこは守りながら、もう少し香りを豊かにしたり甘味を広げたりと、ニーズに合わせて美味しさを進化させてきました」

変えてはいけないもの。変えるべきもの。

そうした「変えてはいけないもの」と「変えるべきもの」を見極める姿勢は酒造り以外にも通じている。

「変えてはいけないものというのは、まさに『ホタルの里づくり』のような、環境に対する活動。こうした活動が、地域ぐるみで世代を超えて続いていけたらすごく素敵なことだと思うんです。ほかには、お取引先を含めた、今あるお客様との関係性もそのひとつです。品質で勝負し、お客様を大切にするという“品質本位” “お客様本位”の考え方もずっと変わらないところだと思います。

一方で、日本酒に親しんでもらうためのイベントなど、新しいお客様との接点づくりは、柔軟に色々な方法を試していきたいですね」

日本酒に親しみを持ってもらえるよう、酒造りについて解説する「あさひ日本酒塾」を新潟、東京で開いている(写真提供:朝日酒造)

コツコツと丁寧に紡いできた地域やお客様との関係を守りながら、この先出会うお客様を喜ばせるために、時代に合わせた変化を怠らない。そんな[朝日酒造]の真摯な姿勢が、長く愛され続ける銘柄を生む秘訣なのだろう。

ホタルが舞う里で、生活を彩るお酒を造る

インタビューの最後に、40周年を迎えた「久保田」をどんな存在にしていきたいか、安澤さんに尋ねた。

「ハレの日も普段の日も、生活の中でそっと傍らにあって、食事や会話を楽しむ時間を潤すような存在であればうれしいですね。お酒は人と人のつながりの潤滑剤。それはこの先もずっと変わらないことだと思います」

(写真提供:朝日酒造)

「久保田」が歩んできた40年間は、 “淡麗辛口”という日本酒の新しい価値を切り拓く挑戦だった。そして[朝日酒造]にとっては、酒造りを支える環境を守り、地域との関係性を丁寧に育んでいく道のりでもあった。
ホタルが舞うふるさとを次の世代へとつなぎ、人々の生活を豊かに彩るお酒を造り続ける。40年間の「久保田」と「ホタルの里づくり」の歩みは、この先もたしかに続いていくことだろう。


ライター:卜部奏音
新潟県在住/酒匠・唎酒師・焼酎唎酒師
政府系機関で日本酒を含む食品の輸出支援に携わり、現在はフリーライターとして活動しています。甘味・酸味がはっきりしたタイプや副原料を使ったクラフトサケが好きです。https://www.foriio.com/k-urabe

朝日酒造株式会社

朝日酒造株式会社

創業
1830年
代表銘柄
久保田、朝日山
住所
新潟県長岡市朝日880-1Googlemapで開く
TEL
0258-92-3181
HP
https://www.asahi-shuzo.co.jp/
営業時間
9:00~17:00
定休日
土、日、祝

特集記事

1 10
FEATURE
Discover Sake

日本酒を探す

注目の記事