22か国への輸出と、5か国での醸造経験。新潟から世界へ羽ばたく[塩川酒造/新潟]の歩み
国内市場が縮小するいま、日本酒の輸出に活路を見出す酒蔵は多いが、日本とは勝手の違う海外で売り込むことは並大抵のことではない。そんななか、計22か国に輸出し、輸出比率は6割、さらには海外5か国での醸造経験を持つのが新潟発のグローバル酒蔵・塩川酒造だ。

2025年の春、アメリカに取材に訪れた際に、現地の日本酒専門店や大手スーパーマーケットでアンガス牛が大きくデザインされた銘柄をよく見かけた。その名も「COWBOY YAMAHAI(カウボーイヤマハイ)」。誰もが知る現地の大手メーカーの酒と並んで、その銘柄は堂々とした存在感を放っていた。
この銘柄を造っていたのが、新潟の[塩川酒造]。なんとこの[塩川酒造]、これまでに22か国に輸出し、輸出比率は6割という驚異的な数字を誇る。さらに代表の塩川和広さんは、インドネシア、中国、アメリカなど海外5か国での酒造りの経験があるという。
なぜ、これほど多くの国に販路を広げることができたのか?海外での酒造りを始めたきっかけは?新潟の小さな酒蔵が挑む、グローバルな取り組みに迫った。
この方に話を聞きました

- 塩川酒造株式会社 代表取締役 塩川和広さん
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プロフィール新潟県新潟市出身。1998年、塩川酒造に入社し製造と営業を担当。2003年から杜氏を務め、2016年に4代目代表に就任。輸出や海外醸造の他、新潟大学の学生と米作りから取り組む日本酒造りや共同研究にも力を入れている。
右肩下がりの市場で生き残るために
[塩川酒造]は大正元年(1912年)、現在の新潟大学にほど近い、新潟市西区内野町で創業した。4代目代表を務める塩川和広さんは、幼い頃から微生物が好きで、顕微鏡を使ってよく遊んでいたそう。
「元々、うちの父は次男だったので当初は酒蔵を継ぐつもりはなかったそうですが、私が12歳の時に急遽呼び戻されて酒造りをやるようになったんです。私は一人っ子だったので、自然と自分が継ぐものだと思っていましたし、お酒造りが微生物と関わりが深いと知ってからは楽しそうだなと感じていました」
東広島にある醸造研究所(現・酒類総合研究所)で2年間、微生物や発酵に関する知識を学んだ塩川さんは、1998年に[塩川酒造]に入社。当初は、冬は酒造りをしながら夏は営業も担当していたという。ところが、時代は日本酒の消費量が減り続けていた頃。塩川さんは当時をこう振り返る。
「自信作ができて営業に行っても、『おたくのは美味しいけど、取れない』と言われることがよくあったんです。美味しいものを造れば買ってくれると信じてやってきたけど、市場が右肩下がりでは、いくら美味しいお酒ができても酒販店には買う余裕がない。それで、もう国内では勝負できないので輸出だなと思ったんです」
そうして輸出の必要性を感じていた2006年、たまたま蔵見学に来た香港のバイヤーから声がかかったことが、海外へと販路を広げるきっかけになった。
22か国に販路を広げた常識破りのスタイル
まさに渡りに船のタイミングで始まった海外輸出の商談だったが、最初から順風満帆だったわけでない。
「香港の方との商談は、契約書の内容を細かく詰めるのに1年以上かかった結果、お互いに嫌になって自然消滅してしまったんです。それ以来、契約書は交わさず互いの信頼関係をベースにして取引するスタイルに変えました。先に商品を送るのでそのあとお金を振り込んでください、と言えば先方も取引しやすい。今まで全てその方法でやっていますが、取りっぱぐれたことは一度もないです」
常識破りとも言えるスタイルだが、まずは小ロットから始めて徐々に取引のボリュームを増やすことで、うまくリスクを管理しているという。
JETRO(※)が国内で主催する輸出商談会や、海外のバイヤーとZoomで繋ぐオンライン商談会、海外でのサンプル展示などに積極的に参加することで、徐々に販路を広げてきた。その結果、今では輸出実績は22か国に広がり、海外販売は6割という圧倒的な数字になっている。

ベトナムで開かれた日本酒イベントに出展した際の様子(写真提供:塩川酒造)
アジア、北米、ヨーロッパ、オセアニアなど様々な国に輸出するなかで、国を問わず好まれるポイントもあれば、国によって好みが分かれる部分もあることがわかってきたそう。
「海外全般に言えますが、淡麗辛口よりも味の濃いお酒の方が好まれると感じます。あと、うちは英語名の商品が結構売れているのですが、台湾では根付かなくて。英語や、中国にもある漢字よりは、ひらがなを使った名前の方が日本らしさがあっていいと言われました」
こうした消費者の反応を踏まえてできあがったのが、「COWBOY YAMAHAI」や「のぱ」などの、個性豊かな輸出商品だ。
(※)JETRO:独立行政法人日本貿易振興機構の略称。全世界に70か所以上ある拠点を活かし、国内企業の海外展開を支援している。
個性豊かな3つの輸出商品

右から「COWBOY YAMAHAI」「のぱ」「生酛系古代」
①COWBOY YAMAHAI(カウボーイヤマハイ)
ステーキに合う日本酒を目指して開発した、山廃仕込みの純米吟醸原酒。しっかりとした酸味が肉の脂分を洗い流し、山廃ならではのやわらかい旨味がステーキのコクとマッチする。
「サンフランシスコ初の日本酒専門店『True Sake』を営むボー・ティムケン氏の発案で開発しました。現地で好まれる酸度の高い味わいに加えて、ラベルを見ただけで直感的に肉料理との相性がわかる点が魅力です」
②のぱ
海外での現地醸造の経験を活かして玄米や低精白米を使用し、発酵の際の温度コントロールをせずに造ったお酒。季節によって発酵温度が変わるため、四季ごとに異なる味わいが楽しめる。
「甘酸っぱい酒質で、若者や女性に人気があります。アメリカでの現地製造の際にこれと同様の製法で造った試作品が、サンフランシスコのレストランNOPAで好評だったのが名前の由来です」
③生酛系古代
古代米とも呼ばれる紫黒米を玄米のまま使用し、生酛仕込みで醸した、まるで赤ワインのような深い赤色のお酒。フルーティーな香りにキレのある酸味や深みのある渋味が調和し、複雑な味わい。
「米の外側に最もその米の個性や味わいが凝縮されているので、それを余さず使うために造りました。ワインのような熟成も楽しんでほしいので、毎年造ったお酒のうち一部はストックとして残し、時期をみて販売する予定です」
常夏のバリ島で酒を造る
塩川さんは輸出に力を入れるだけではなく、自ら海外に出向いて現地での醸造指導も行っている。これまでに挑戦したのはインドネシア、中国、アメリカなどの5か国。きっかけは2011年に、バリ島で清酒を造りたがっている人がいるので、協力してくれないか?という依頼が来たことだった。
「杜氏になって8年ほど経ち、塩川酒造の中で造るには何の問題もなくできるようになっていた頃でした。そのタイミングで海外醸造の話が出たので、海外でも酒造りができるのか、試してみたくてしょうがなくなったんです」
父の反対を押し切り、渡航費用も自分で負担して、バリ島での酒造りが始まった。“寒造り”という言葉に象徴されるように、日本酒造りでは低温での発酵がスタンダード。だが、バリ島では常夏の環境下でもできる清酒の開発が求められた。

(写真提供:塩川酒造)
「試作した8種類のうち3種類は冷蔵庫で、残り5種類は常温で造りました。結果は、現地のインディカ米や水を使った影響もあるのか、常温の方が評価が高かったんです。それが、日本とは違った環境でも良いお酒を造れるという自信になりました」
その後、バリ島での実績が評判を呼び、中国の農家やアメリカのソムリエ、とある国のビールメーカーなどから依頼され、酒造りを教えるようになった。海外での酒造りを重ねるなかで、塩川さんが最も苦労したというのが精米だ。
「米や水は現地のものでも造れますが、精米に関しては海外の機械だと精米歩合が90%くらいまでしか削れないんです。そのため、日本では100年ほど前まで主流だった玄米や低精白米でお酒を造る技術が、海外醸造でのキーになりました」

中国での醸造指導の様子(写真提供:塩川酒造)
冷蔵設備や高性能の精米機がなかった時代に先人たちが編み出した酒造りの手法が、時を越えて、海外での酒造りを支えていた。そして、塩川さんが海外で試行錯誤を重ねた常温発酵や玄米を使った造り方は、「のぱ」や「生酛系古代」の原型となって今の酒造りにも活きている。
「思い立ったが吉日、やりたいと思ったことはすぐやる。」
日本とは全く違う海外の風土や食文化、商習慣の中で日本酒を売り込み、さらには現地で製造することは決して簡単なことではない。ただ、塩川さんに話を聞いていると、それらの取り組みに対して常にわくわくした気持ちを持ち、挑戦すること自体を楽しんでいるように思える。インタビューの最後に、そのエネルギーの源泉について聞いてみた。
「やっぱり、挑戦しないで後悔したことが何回もあった結果じゃないですかね。なんでも挑戦しないと、後悔がついてくる。そうならないために、やりたいと思ったことはすぐやるようにしています。思い立ったが吉日ですね」
「毎年一つは新しいことに挑戦することをモットーにしている」と語る塩川さんが、次はどんな世界の扉を開くのか。[塩川酒造]の新たな挑戦が今から楽しみでならない。
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ライター:卜部奏音
新潟県在住/酒匠・唎酒師・焼酎唎酒師
政府系機関で日本酒を含む食品の輸出支援に携わり、現在はフリーライターとして活動しています。甘味・酸味がはっきりしたタイプや副原料を使ったクラフトサケが好きです。https://www.foriio.com/k-urabe

塩川酒造株式会社
- 創業
- 1912年
- 代表銘柄
- 越の関、越、願人、千の風、Cowboy Yamahai、Fisherman
- 住所
- 新潟県新潟市西区内野町662番地Googlemapで開く
- TEL
- 025-262-2039