酒蔵に聞く

米国西海岸発、異色の経歴を持つ醸造家の挑戦[Den Sake Brewery/オークランド]

高層ビルが立ち並ぶサンフランシスコの対岸、オークランド。ここに元ミュージシャンでソムリエという異色の経歴を持つ日本人が立ち上げた醸造所がある。日本とは異なる環境で何を想い、どのような日本酒を造っているのか。代表の迫義弘さんに話を聞いた。

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アメリカ・オークランドで日本酒造りに挑む迫義弘さんは、異色の経歴を持つ醸造家だ。ミュージシャンとしての感性と、ソムリエとして培った知識を融合させ、「酸を高める」ことを意識した日本酒を生み出している。その味わいは、ワイン文化が根付くアメリカの食卓にも溶け込み、多くの人々に受け入れられている。なぜ日本酒造りの道に踏み出したのか。そして、アメリカという地でどのような酒を追求しているのか——その想いを取材した。

この方に話を聞きました

Den Sake Brewery Head Brewer, Co-Owner 迫義弘さん
プロフィール
神奈川県相模原市出身。2000年に渡米し、音楽活動と並行してサンフランシスコにて日本酒とワインのバイヤーや、ソムリエを経験。2017年にサンフランシスコ郊外のオークランドにてDen Sake Breweryを創業し、酒造りを一手に担う。

ミュージシャン、ソムリエからの転身

アメリカを代表するITの街・サンフランシスコから、ベイブリッジを隔てて対岸に位置するオークランド。溶接や木材加工、陶芸など様々な作業場が集まるエコパークの一角、トタン屋根で囲まれた倉庫の中に迫義弘さんが立ち上げた[Den Sake Brewery(デン・サケ・ブルワリー)]がある。

迫さんはミュージシャンとして音楽活動を行う他、日本酒とワインのバイヤーとして7年、ソムリエとして7年をサンフランシスコで過ごした経歴を持つ。ペアリングイベントの開催や、レストランやバーでの日本酒クラスの授業など、現地の飲食業界で長く日本酒と関わってきた。

消費者に提供する立場から、自ら造る側の道へと進んだ理由をこう話す。「社交性が求められる接客業の世界で働く中で、音楽活動をしていた頃に持っていたクリエイティブな部分や内向的な部分を恋しく感じるようになりました。『アメリカで日本らしいことをしたい』という想いもあり、元々日本酒が好きだったこともあって自分で造ってみることにしました。」

日本と違いアメリカでは自家醸造が禁止されていないため、自宅でお酒造りを始める人も多い。迫さんもその一人だったそうだ。「まずは友達の家の庭を借りて造り始めました。コンテナの中に小さいタンクを入れて仕込み部屋にして、麹室はテントを使いました。その後、バイヤーだった時の伝手で塩川酒造(新潟県)で酒造りの基礎を学び、2017年にオークランドに自身の醸造所を立ち上げました。」

自家醸造をしていた頃に使っていた麹室用のテント(写真提供:Den Sake Brewery)

醸造所を立ち上げたものの、実際に醸造するための機械を日本から輸入するには莫大なお金がかかる。そこで頼りになったのが同じエコパークに入居する事業者達だった。「木材加工や溶接をできる人達がいたので彼らに手伝ってもらい、醸造のための設備はほぼ手作りしました。甑は中華料理で使う一番大きい蒸し器を、仕込みタンクはワイン用のものを改造しています。」

他にも、日本でよく使われる杉の代わりに現地のホワイトパインを使った麹室や、跳木を利用した搾り機など工夫を凝らした手作りの設備が所狭しと並ぶ。

ワイン文化が根付く地で受け入れられるには

迫さんはソムリエとしてレストランで日本酒を提供していた経験から、ワイン文化が根付くアメリカで日本酒が受け入れられるには「酸を高める」ことが重要だと考えている。

「ワインの味の屋台骨である酸には口内を洗い流してさっぱりさせてくれる効果があります。アメリカは乳製品や肉を使ったこってりした料理が多いので、口の中の脂身を切ってくれる酸が合うんです。日本酒は旨味が味の中心ですが、酸を高めることで洋系の料理と合いやすくなるのではと考えています。」

科学的な正解があるように思われるペアリングだが、実は“その人が何を食べて育ったか”に左右される部分も大きいと、自身の経験から感じているそうだ。「こちらの人はワインの酸に慣れているので、その前提でペアリングが成立しています。自分もワインに慣れていた頃に日本酒を飲んだ時は、酸が足りないと感じていました。ワインで育った人の口を日本酒に慣らしていくには時間がかかりますが、それができれば日本酒はより広く受け入れられると思います。」

ステーキとチミチュリソース(アルゼンチン発祥のソース)とのペアリング (写真提供:Den Sake Brewery)

他のこだわりとして、常に同じ味わいを目指すのではなくタンクごとの個性を活かすようにしているという。「醪の品温経過を変えてみるなど、毎回実験するような気持ちで敢えて違うことを試しています。」

これには仕込みに使う水の性質も関係している。使用する地元・オークランドの水は意外にも柔らかいそうだが、干ばつの多いカリフォルニアでは雨が降らない時期は貯水池の水位が下がり、水が貯水池の壁に触れる時間が長くなる。「そうすると石から染みだすミネラルの影響で水の硬度が上がるんです。季節によって硬度が変わる現象は日本にはない面白い部分なので、それによる味の変化も楽しんでほしいと思っています。」

個性豊かな4つの銘柄

現在は以下の4銘柄をそれぞれ、生と火入れの2種類ずつ製造している。

(写真右から)

①Den 90 Kimoto
星付きレストランでも使われているという、無農薬・有機栽培のルーナコシヒカリを90%精米し、生酛の手法で醸した。まろやかでコクのある口当たりと、米の旨味が凝縮された力強い味わいが特徴。「アメリカでは今、生酛が日本食だけでなく現地系レストランで大変人気です。乳製品やたんぱく質が多い現地の食事とのペアリング能力の高さが、シェフやソムリエ達に認められつつあります。」

②Den Blue Label
80%精米の山田錦を使用した定番商品。チーズやヨーグルトのような乳酸系の香りと、葡萄のようなフルーティーな香りが調和し、爽やかな後味が特徴。酒母にはクエン酸を多く出す白麹を使い、その酸で酵母を守ることで乳酸を添加せずに造っている。

③Den Blanc
Blue Labelと同じく山田錦を80%精米し、白麹を酒母だけでなく、醪の仕込みにも使用。レモンやグレープフルーツなどの柑橘を思わせるフレッシュな酸味が強まり、白ワインに近い味わい。現地系レストランでの取り扱いも多いという。

④Den Red Label
山田錦を60%精米した吟醸酒。軽快な甘酸っぱさがありながら、後味には苦味や渋味を感じられる複雑な味わい。「苦味があることで様々な食べ物と合わせやすくなる他、余韻を切ってくれる効果もあるので大事にしています。」

「この土地でしか出せない味」を造りたいという想いから、水と同じく米も全てカリフォルニア産のものを使う。「何の品種かよりも、無農薬で栽培しているなど農家が持つストーリーの方にお客さんは興味を持ってくれます。」と語るように、品種よりも農家のストーリー性を重視して選んでおり、その姿勢はラベルに農家の名前を記載することにも表れている。

また、精米歩合については次のように考えているという。「米の外側が土壌の影響を最も受けやすく、地域性を出すことに繋がるので、なるべく削らない方向を考えています。ただ、高精白した酒ならではの旨さも確実にあるので、その点で60%精米のRed Labelは残していくつもりです。」

新たな場所で、新たな挑戦を

現地の米や水の特徴を活かしながら、「この土地でしか出せない味」の追求に励む迫さんに今後の展望について聞いた。

「近々サンフランシスコに醸造所を移転する予定で、機械をアップグレードして製造量が増えるので、実験的な酒造りに取り組んでいきたいです。今もアイディアは沢山あるのですが、僕一人で造っていて製造量がこれ以上増やせないため、実現できていません。例えば、この土地ならではの味を出すため今は天然の微生物を利用する生酛のお酒を造っていますが、次は野生酵母を使ってみたいです。」

ミュージシャンとして培ったクリエィティビティと、ソムリエの経験を通じて知ったアメリカの消費者のリアルな嗜好。二つの強力な武器を掛け合わせ、土地の自然や季節を反映した酒造りを続ける迫さんの造る新しいお酒が待ち遠しい。

※地理的表示の定義では「日本酒」は国内産の米を使い、かつ日本国内で製造された清酒のみを指しますが、本文では海外で作られる清酒も便宜的に「日本酒」と表記しています。


ライター:卜部奏音

新潟県在住/酒匠・唎酒師・焼酎唎酒師
政府系機関で日本酒を含む食品の輸出支援に携わり、現在はフリーライターとして活動しています。甘味・酸味がはっきりしたタイプや副原料を使ったクラフトサケが好きです。https://www.foriio.com/k-urabe

Den Sake Brewery

Den Sake Brewery

創業
2017年
代表銘柄
Den
住所
2311 Magnolia St. Oakland, CA94607Googlemapで開く
HP
https://densakebrewery.com/

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