京都の日本酒・地域プロジェクト「さけまっち」&「てらのみ」が“酒と場”について語り合う!
京都では登録有形文化財の町家やお寺で日本酒イベントが開催されている。どのような集まりなのか、なぜその場所で日本酒を飲むのか?について「さけまっち」篠塚さん、森山さん「てらのみ」油小路さんに語り合ってもらった。
日本全国さまざまなイベントがあるが京都では登録有形文化財の町家で開く「さけまっち」、お寺を開放する「てらのみ」という日本酒イベントがある。京都ど真ん中の六角通りにある、意外な場所で行われる二つの日本酒の会について、イベントを主宰する「さけまっち」篠塚さん、森山さん「てらのみ」油小路さんに対談形式で話を聞いた。
この方に話を聞きました
- さけまっち代表 篠塚 尚明さん
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プロフィール熊本県出身。京都大学大学院で物理学を専攻。東京で[NEC]勤務後、IT関係の会社を立ち上げる。その後は京都に移住し、2024年7月に中小企業のIT全般の支援を行う「株式会社尚」を創業、代表取締役。唎酒師。
この方に話を聞きました
- さけまっち代表 森山さおりさん
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プロフィール埼玉県出身。中国・北京大学で言語学を学ぶ。東京の旅行会社に勤務後、親である書道家、岩田正直が主催する書道団体「墨晨社」の代表代理を務める。唎酒師。
この方に話を聞きました
- 佛現寺副住職 油小路和貴さん
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プロフィール14代続く浄土真宗本願寺派佛現寺の長男。中学校から大学はキリスト教系の同志社で学び、3年間銀行員を務める。その後仏教に興味を持ち、龍谷大学大学院実践真宗学研究科を修了。「とまり木」プロジェクトを幼馴染が代表を務める[株式会社Gns]とともに立ち上げて活動中。
INDEX
日本酒について学べる「さけまっち」
―「さけまっち」とはどんなイベントですか?
篠塚さん「蔵元さんをお招きしたり、ほかにも『春酒の会』や『雄町の会』とテーマを決めて、お酒を提供しています。それから必ず座学の時間を設けているのが、うちの特徴ですね。飲む前に30分ほどプロジェクターを使い、蔵元さんには歴史や酒づくりへの想いを、また提供するお酒の説明、今後の取り組みなどもお話しいただいています」
森山さん「さけまっちのロゴが七宝のマークなのは、ご縁を象徴する柄だからなんです。参加者同士のご縁、私たちとのご縁、蔵元さんとのご縁、お酒とのご縁。それらの縁を繋ぐ会となって欲しいですね。いつも集合写真を撮影する時には、両手でSマークを作って『さけまっち!』と言ってもらってます。ちょっと恥ずかしがられるんですが、それで自然と打ち解けあえたりしますね」
お寺で日本酒を楽しむ「てらのみ」
― 佛現寺さんでは2022年から「とまり木」プロジェクトのもと、お寺を開放してさまざまなイベントを行なわれています。なぜ「てらのみ」という日本酒の会を始めたのですか?
油小路さん「おもしろさや楽しさを伝えるには、自分が本当に好きなものを選ばなければと。それが日本酒だったんです。歴史的にも深いつながりがあって、かつてはお寺で日本酒を作っていたこと。それから我々の浄土真宗本願寺派では、昔からお参りに来られた方にお酒を振る舞っていたし、法事の後にみんなで食事とお酒を一緒に楽しむお斎(おとき)という伝統もあります」
―どんなイベント内容ですか?
油小路さん「毎回テーマを設けて、15種類ほどの日本酒を自由に飲み比べしています。ただし単にお酒を並べるだけではなく、参加者に『何かいいな』と感じてもらうことを大切にしています。途中で30分くらい読経と法話を挟みますが、その間は皆さん飲まずに集中して聞いてくださいます。仏教、お経、僕の話、そして日本酒を通じて何か心に残るものを持ち帰ってほしいと思っています」
会をきっかけにこの「場所」を知ってもらいたい
―さけまっちは登録有形文化財の町家、てらのみはお寺という変わったロケーションでの開催になりますが、この場所だからこそという思いはありますか?
篠塚さん「会場の旧伴家住宅は近江商人の歴史を感じられる魅力的な建物で、非常に素敵な場所です。ただ元々ホテルのラウンジとして利用されていて、宿泊客以外は入れませんでした。この空間を市民や観光客の文化活動の場としても活用しようと『伴市プロジェクト(※)』が始まったのですが、運営メンバーに知り合いがおり、『日本文化や日本酒の会を発信していきたい』という話をいただいたのが、さけまっちという会を立ち上げることになったきっかけです。旧伴家住宅は京都市の有形文化財ですが、地元の方にもあまり知られていないという現状なのが残念です。この日本酒のイベントやその他の催しを通じて、もっと多くの方に知っていただきたいと思っています」
※伴市プロジェクト:京都市登録有形文化財「旧伴家住宅」を文化やアートの発信の場として活用する、市民グループとカンデオホテルズの協働による公益事業。
油小路さん「お寺の本来の姿というのは、いろんな方が人生のとまり木のように気軽に訪れられる場所であるべきだと思っています。これまでお寺は信者さんに支えられてきましたが、それだけで閉じた空間になるのは本来のあり方とは違うと常々感じていました。私の好きな日本酒を通じて、もっとたくさんの方にお寺を知っていただきたい。そんな想いから“てらのみ”を始めました。場所というものは、いろんな人に踏まれることで育つと思っています。このお寺に来てくださる方々がこの場を踏んでくださることで、その空間の空気感や雰囲気が育っていく。このお寺が人のご縁を結ぶ場として育つことによって、いい循環が生まれる。そこがお寺でイベントをすることの意義でもあると思っています」
「日本酒」には人と人とをつなげる温かさがある
― お気に入りの日本酒はありますか?
油小路さん「てらのみでは僕の独断と偏見で好きな日本酒を選んで出してるんですが、特に滋賀県の[不老泉]は欠かせない。会で扱うのは基本的に純米生酒が多いです。生酒は冷蔵庫から出して開栓した瞬間から味わいが変化していくのですが、その様がめちゃめちゃ諸行無常だなと(笑)。人間の細胞が常に入れ替わり、心も変化し続けるように、日本酒も温度や湿度によって味が変わっていく。その変化はまさに諸行無常。人生における変化についても、日本酒を片手に思いを馳せていただけたらなと思います」
油小路さん「いずれの会でも単に飲んで終わるのではなく、日本酒が人と人をつなげる温かさがありますね」
森山さん「そうそう、日本酒ってほっこりする感じがあるんですよね。ゆっくりゆったりとした時間を楽しめる」
油小路さん「てらのみでは、日本酒の背景や造りかたの違いについてもお話しています。同じお米でもどうしてこんなに味が違うのか、蔵ごとにどんな工夫をしているのか、お経の文言から日本酒にまつわる話に結びつけたりすることもあります。ただ楽しかったねで終わりではなく、そういった深さや、その後の交流が続くような繋がりが生まれたらいいと思っています」
森山さん「そういう形で酒蔵さんも、主催者である私たちも、そして参加してくださるお客様も、みんながうれしくなるような仕組みがいいですよね。三方よしという形で」
会を通して人と人との繋がりが生まれる
― 皆さんお互いの会に参加されたり、交流があるんですね。
油小路さん「さけまっちは蔵元さんが来られて、まず日本酒の歴史や文化を頭で学び、その後に体で日本酒と出会える。いつも楽しませていただいています。来られる皆さんもおもしろい方が多くて、そこでの出会いが好きなんです。それとさおりさんのMC回しがさすがだなと(笑)」
森山さん「私はてらのみでもお世話係で。皆さんに『飲みすぎないように』『水飲んで!』って注意をしています。でないとおじいちゃんたちが座敷に転がっちゃうからね(笑)」
油小路さん「ほんと、おかげで毎回ありがたいことに粗相をする方がおられない」
篠塚さん「てらのみに限らず『とまり木』プロジェクトがきっかけで、お寺という場がここまで開かれる形になったのは想像以上でした。それまではお寺といえば、ひっそりと存在していて入り難いもの。それが町なかの方や行政、大手企業にもどんどん認知されて、全国的にも注目を集めるまでになったのはすごいことだと思います。これはやっぱり、油小路さんの人柄ですよね。お寺でお酒を飲むというのはなんか空気感が違って、居酒屋では味わえない特別な体験。そこで生まれるご縁もあって、とてもいい会だと思っています」
森山さん「初めての方も最初は『早く来すぎちゃいました』なんて緊張されていますが、会が進むと自然と打ち解けてリラックスされますね」
篠塚さん「畳に座ってお寺の空間で話するという特別感。お坊さんとこんなに喋っていいんだってね」
森山さん「普通だったら話しかけてもいいのかしらって感じだし」
篠塚さん「お坊さんがお酒注いでる、とかね(笑)」
― 実は弊社「Sake World」は日本酒の零下熟成とブレンドの事業も携わっています。日本酒の熟成やブレンドを楽しまれることありますか?
森山さん「家では日本酒同士を混ぜたり、同じ蔵で作っている日本酒に梅酒をブレンドしたり。実際やってみると意外と美味しくなる組み合わせがあっておもしろいですよ」
篠塚さん「私もよくやります。一度飲んでみて『これはちょっと酸味が強いかな』と感じたら、違うお酒を混ぜてみたり、しばらく置いて飲んでみたら意外といけたじゃないということもあります。 昭和50年代の神亀という日本酒を持っているんですが、いつが開け時なのか分からない。結局そのまま寝かせてしまっています」
油小路さん「それを開けるのは気合が要りますね(笑)。行きつけの[リカーショップおかやま]さんにはオーナーが勝手に熟成させたお酒のコーナーがあって、8年や10年熟成のお酒を時々購入しています。てらのみでも同じ銘柄の1年違いを出したりすることがあり、例えば『百磐』というお酒の昨年飲んだ青ラベルが薄いと感じたんですが、1年寝かすと結構良くなってて、いい具合に歳を重ねてはるという感じ。うまく言えないんですけど、かっこいいご年配の方みたいなイメージでした」
― では最後に、今後挑戦したいことや伝えたいことがあればお教えください。
篠塚さん「やりたいことは二つあって、日本酒好きの裾野を広げたい。これまで日本酒を飲んだことがなくても、ちゃんと飲んでみたら美味しいと感じる方は多いはず。そういう人を増やしていきたいですね。もう一つは日本酒好きな方には一歩踏み込んで、このお米を使ったり、こういう作り方をしたらこういう味になるよねとか、学ぶことで楽しみはその先に広がっていると思うので、気軽に学べる、楽しみ方の角度を増やせる場所を作りたいと思っています」
油小路さん「もっとご縁を広げたいですね。地元の酒屋さんや飲食店との繋がりを広げて、日本酒と酒蔵、そして人との距離感を縮められる施策をうっていけたらと思います。てらのみを通じて、仏教ってなんかいいやん、お寺ってなんかいいやん、日本酒てなんかいいやんと思ってもらいたい。『なんかいい』があふれる場所って自然と好きになれる。それがまちづくりの根底にあるものだと思います。ぜひそれを感じにきてください」
―皆さま、本日はありがとうございました!
●さけまっち
京都府京都市中京区六角通烏丸西入ル カンデオホテル内(旧伴家住宅)
毎月第2土曜日開催
昼席13:00〜15:00/夜席17:00〜19:00
参加費5000円
https://sake-match.com/(要申し込み)
●てらのみ
佛現寺 京都府京都市中京区六角油小路町316
https://butsugenji-kyoto.com/
毎月第4土曜日開催
14:00〜18:00、夏季(6〜10月)は16:00〜20:00
飲み比べ(飲み放題)2500円、4種飲み比べセット1,500円、1杯400円
日本酒15種程度のほかにクラフトビール(ウッドミルブルワリー)やラムネ、リンゴジュースなどもあり、家族連れでも参加できる。
[ELOVE]おつまみ3種盛り合わせ1,000円、[京つけもの もり]漬物食べ比べ300円
ライター・唎酒師 藤田えり子
大阪の日本酒専門店に世界を広げていただき、さまざまな日本酒や酒蔵に出合う。好きな日本酒は秋鹿、王祿ほか
お酒以外の趣味は鉱物集めとアゲハ蝶飼育。