今さら聞けない教えて!?シリーズ「元はと言えば、酒は酛(もと)」
Sake World 新人編集部Yoikoが日本酒について聞くシリーズ。 今回は「元はと言えば、酒は酛(もと)」について杜氏屋主人・プロデューサー・中野恵利さんに聞いてみた。
Sake World 新人編集部Yoikoが日本酒について聞くシリーズ。 今回は「元はと言えば、酒は酛(もと)」について杜氏屋主人・プロデューサー・中野恵利さんに聞いてみた。
この方に話を聞きました
- 杜氏屋主人・プロデューサー中野恵利さん
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プロフィール1995年、大阪・天神橋筋に日本酒バー「Janapese Refined Sake Bar 杜氏屋」を開店。日本酒評論家、セミナー講師、作詞家としてさまざまな分野で活躍。
話を伺いました
- Sake World編集部。
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プロフィールお酒好きの姉のSawako(左)と日本酒初心者の妹のYoiko(右)Yoikoは日本酒に関して日々勉強中
-「元はと言えば、酒は酛(もと)」今回は酛についてお伺いします。
中野さん「日本酒は、大きなタンクに、蒸したお米と米麹、水を入れて造ります。でも、最初から大きなタンクで造ると、タンクの中に酒造りに利用できない微生物が入ってきたとき、大きな災いとなります。不用な微生物が侵入し、勢力が増すと、酒質を悪くしたり、腐造 (お酒を腐らせる)の原因となったりするのです。 そこで、醪を健やかに発酵させるために、あらかじめ小さなタンクや桶で、”酛(もと)” または ” 酒母(しゅぼ)” と呼ばれる粥状のものを造るようにしています」
-酒母は聞いたことがあります。
「酛(酒母)は、文字通り ” お酒の元 ” ” お酒のお母さん ” となるもので、お酒を造るベースとなります。蒸したお米・米麹・酵母・水・乳酸によって酛(酒母)は造られます。酛(酒母)を造る大きな目的は、アルコールを生成するための酵母を大量に培養することです。酵母はとてデリケートなので雑菌が入り込むと死んでしまいます。そこで、酸性に強いという酵母の特徴、酸性に弱いという雑菌の特徴を生かし、酛(酒母)を酸性に保つことにしているのです。この“酛”ですが造り方によって“速醸酛”や“生酛“、“山廃酛“、“菩提酛“という風に分類します。」
-生酛や山廃などは銘柄やラベルにも表記されていますね。
「酛(酒母)を酸性に保つために乳酸を用いるのですが、この乳酸をどのように得るかで、” 速醸系酒母 “と”生酛系酒母” に分けられます。生酛系酒母は、蔵の中に棲息している乳酸をタンクの中に導き入れることによって造られます。自然界に棲息している微生物が相手ですから、手間も時間もかかります。思うがままに自生してきた乳酸は、それぞれの棲む酒蔵の環境に合わせた生き方をしてきたため、生酛系酒母で造られたお酒は、蔵の特徴が出やすいと言えるでしょう。蔵の特徴を ” 蔵癖 (くらぐせ)” と言ったりもします。」
「生酛系酒母の中に、” 生酛仕込み ” と” 山卸し廃止酛仕込み “があります。” 山卸し” という、蒸したお米と米麹を、” 爪 ” や ” 蕪櫂 (かぶらがい)” といった棒状の道具ですり潰す作業を行うのが生酛仕込み。この作業は、” 酛すり” とも言い、江戸時代に完成された日本独自の酵母培養法です。山卸しをすることによって、麹の酵素作用を促進させ、乳酸菌が発生しやすい環境にします。」
「蔵人が、三人ひと組となり行うことが多く、昔々は、身体のリズムを合わせ、時間を計るために、” 酛すり唄 ” を唄いながらすり潰していました。酒造りのドラマティックなシーンのひとつと言えるでしょう。
「山卸しを行わないのが山卸し廃止酛仕込み。1909 年( 明治42)、国立醸造研究所の技師・嘉儀金一郎が、酵素の働きに着目し、あらかじめ水に米麹を浸漬させ、麹の持つ酵素を水に溶け込ませると、山卸しを行う生酛仕込みと変わらない効果が得られることに気づいたことから採用された仕込み法です。」
-では速譲系酒母とはどのような作業ですか?
中野さん「醸造用乳酸を、人の手によって投入したものは ” 速醸酛 “と呼ばれ、高温糖化酒母や希薄酒母などがこのグループに入ります。乳酸の生成と乳酸菌の増殖にかかる時間を大幅に短縮できるため、現在最も多く用いられている方法です。この、乳酸を添加することによって酵母を純粋培養する酛(酒母)の育成法は、1910 年( 明治43)、国立醸造研究所で、技師・江田鎌治郎によって体系づけられた醸造界の大発見です。」
なるほど酛、または酒母と呼ばれるものは、どんなお酒を造るにも欠かせないものですね。
中野さん「まさに健やかな発酵をもたらす元になってくれる、雑菌から守ってくれるお母さんのような存在です。お酒を飲んで、蔵人たちの唄声が聞こえてきたなら、素敵なお酒飲みになったって証拠かもしれませんね。唄声が聞こえるまでお酒に強くなりたいものです。」