143年目の決断!北の大地で新たな酒造りを始めた[三千櫻酒造]を訪ねて
岐阜県で143年続いた[三千櫻酒蔵]が2020年に北海道へ移転。 移転の決め手やこれから先の100年を見越した酒造りをインタビュー。
「移転して4年目の酒造りが終わった。まずまずの手応えを感じている」。そう話すのは、三千櫻酒造六代目社長の山田耕司さん。岐阜県で143年続いた酒蔵が北海道へ移転する決め手とは?これから先の100年を見越した酒造りを聞いた。
この方に話を聞きました
- 三千櫻酒造六代目社長の山田耕司さん
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プロフィール1959年三千櫻酒造の長男として誕生。1995年頃、入社し酒造りを学ぶ。2004年蔵元杜氏就任。2020年より北海道東川町にとって初めての酒蔵として、地元に愛される酒造りを営む。東川町より自信を持って日本全国へ、そして世界へ発信できる酒造りに邁進中。
美しい水の町と出会う
▲東川町に広がるのどかな田畑
山田さん「先に結論から言えば、酒蔵移転のきっかけは蔵の老朽化。岐阜で立て直すのに見積もった金額と、北海道で1から蔵を作るのにかかる費用が同じぐらいだった。しかも地球温暖化の影響で岐阜もだんだん暖かくなってきている。寒い方が良い酒をつくりやすいので北海道での酒造りは、未来を見据えたひとつの答え。蒸米を冷やすのも、外気を入れるだけ。寒冷な北海道でも夏が長くなって米作りもしやすくなった。」
全国的に見てもまだあまり聞かない酒蔵の移転。普通の人でも長く住んだ場所を去る事はそれ相応の覚悟と決断が必要だ。しかし山田さんはあっけらかんと話す。移転から既に4年の歳月が心の整理をつけたのだろうか。
当初はニセコ、帯広で物件を探していたそう。そこへたまたま東川町の役場に出入りしている知人からの紹介で東川町との商談がうまくいき、トントン拍子で蔵の建設が進んだ。聞けば全国でもとても珍しい「公設民営」の酒蔵だという。東川町は米と水の町。町には上水道がなく、綺麗でおいしい水があちこちから湧き出ており町民は各自宅の井戸水で生活が可能。さらに豊かな水の町ではお米造りも盛んだ。そんな東川町に“米と水”の結晶たる「酒」を醸す蔵が無いという状況下で、偶然の出会いがあり、双方の思いが結実した。つまり東川町が蔵を建て、三千櫻が運営するという役割分担となっている。上水道が完全に無い街もめずらしいが、まさに奇跡の街。お風呂もトイレもおいしいミネラルウォーターという贅沢な街での酒造りがはじまった。造りは3期醸造で夏(6月・7月・8月)は酒造りは行わず、掃除やメンテナンス期間にあてている。現在は季節商品にも力をいれており、直汲み、袋吊り、米違い、磨き違いなどで約20種類ほどの商品を展開しているそう。
一舎で二酒を醸す不思議な酒蔵
山田さん「水は中硬水で、岐阜より作りやすいと実感している。酒が湧きやすいし(発酵しやすい)仕込みの順番に絞れるので酒造りも計画的に進み、今のところ順調。酒質は太く、後味は綺麗にキレる。そして、結城酒造の浦里美智子さんがいるので、ある程度は任せられる。だから私は酒造りをしながらイベントなどで外にも出られる」。
浦里さんというのは江戸時代に創業した、茨城県の歴史ある酒蔵「結城酒造」の副社長兼杜氏のことだ。結城酒造は2022年5月に蔵が事故で焼失。失意の浦里さんを励ますかたちで山田さんが声をかけた。「再建まで酒造りができないのでは腕が鈍る」と、ここ三千櫻での醸造を提案。二人はかねてから交流があり、実は火事の直前にも三千櫻で結城酒造の酒を造っていた経緯もあった。同年9月には美智子さんは単身東川に移住。11月には三千櫻の設備を使い、北海道産酒米きたしずくで醸す代表銘柄「結(ゆい)」を醸造。東川の水によるクリアなキレとふくよかなボディーを描く仕上がりで、結城酒造の復活を願う人々に温かく迎えられ、瞬く間に完売した。蔵は失ったが、熱意の炎までは消えていなかった。
北海道での地酒を目指す
▲できたばかりの美しい場内
岐阜から北海道へ移って販路も変わったそう。岐阜の時は出荷先の東京圏が7割、今は道内が7割。既に北海道の地酒としての道を切り開きはじめている。「寒い北海道の方はよく飲まれる方だと思います。特に東海地方より(笑)」。公設民営という特殊な事業体での使命は、地元の素材(米)をいかに町の肥やしとして還元していくか。現在蔵で使用している酒米のおよそ7割が東川町産。地元JAと協議し、酒米として「彗星」と「きたしずく」、一般米として「ななつぼし」を使って醸してしるそう。岐阜時代から使用していて思い入れがあるが、どうしても北海道では入手できないものもある。逆に北海道では難しいと言われていた山田錦の生産が軌道に乗り出したとの話も聞いた。
東川町は様々な移住促進プログラムもあり、多少なりとも人口が増加している希少な自治体。移住者にオープンな気風で、移住者の開いた様々なショップが点在し街全体を盛り上げやすい環境が育まれているうだ。そう聞くと三千櫻さんが招かれた背景なども頷ける。
音楽好きの山田さんはYOASOBIを聴きながら、お酒づくりに篭るそう。「北海道は寒くて寂しいからね!北海道ではマイナス5度でも日差しがあれば暖かく感じるよ!ちなみに、大好きな女王蜂の曲も全部知っている!」とおちゃめな一面も。
レギュラー酒にも手抜きは無いそう。「良い地酒蔵の使命は、安いものから高いものまで全て美味しいこと!三千櫻では価格にかかわらずすべて同じ仕込み手順。安価でも品質の良いものを製造しなければいけません」と山田さん。さらに当面の目標は、自社のブランド力向上にとどまらず、北海道全体の地酒の地位の確立だそう。魚介類に乳製品とこれだけうまいものが揃う北海道にあって、日本酒のプレゼンスも上げることで美食国のイメージは相乗効果で上がるとの睨み。現在約10名で製造から、出荷までを行う三千櫻。蔵の移転、そして一蔵で2銘酒を醸すという他ではなかなか考えられない心温まるストーリー。こんな機転が北海道という土地柄と相まって、新しい風土となるのだろう。北の大地に吹き始めた新しい風は心地よく、酒以外も醸している。
現在、三千櫻の蔵の隣も開発工事が進んでいる。何かと聞けば、ジンの蒸留所ができるそうだ。こちらも東川町の公設民営で香港のジンの会社がやってくる予定。日本酒蔵の隣にジン蒸溜所。今後のコラボも含めますます三千櫻には目が離せない!
三千櫻酒造株式会社
- 創業
- 明治10年
- 代表銘柄
- 三千櫻
- 住所
- 北海道上川郡東川町西2号北23番地Googlemapで開く
- TEL
- 0166-82-6631
- 営業時間
- 10:00~15:30
- 定休日
- 火曜日