酒蔵に聞く

[東京/神田豊島屋]創業420年の江戸の酒蔵が紡ぐ、日本の伝統酒の新たな世界

創業は関ヶ原の戦いの4年前にあたる1596年に遡る東京最古の酒舗[豊島屋]。創業者の豊島屋十右衛門が現在の千代田区神田において、酒屋兼居酒屋を始めたことが起源とされている。
現在は関連会社3社が集まり構成される豊島屋の中で、本稿では創業地に店舗を構える「神田豊島屋」の取り組み、今後の展望について、社長をつとめる木村倫太郎さんの言葉とともにお伝えする。

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江戸時代、灘(現在の兵庫県神戸市と西宮市)で造られた日本酒の多くは、「下り酒」として江戸へと海を渡って運ばれていた。灘から届く下り酒は主に「神田鎌倉河岸」と呼ばれる地域に集まり、その一帯で販売されていた。

豊島屋は単なる酒販にとどまらず、豆腐田楽といった料理を同時に提供。試飲+おつまみのスタイルが江戸で流行したことから、現在の居酒屋のルーツとも言われている。また「そばと日本酒」「結婚式での鏡開き」「ひなまつりの白酒」といった日本酒文化を形成してきたのが豊島屋だ。

この方に話を聞きました

有限会社神田豊島屋 取締役社長 木村倫太郎さん
プロフィール
1987年1月東京生まれ。建設業にて営業・企画担当を務めた後、2015年に神田豊島屋を引き継ぐ。

母の体調不良をきっかけに家業へ

―木村社長が家業に戻られた経緯は?

木村さん(以下略)「2015年に母の体調不良をきっかけに家業を引き継ぐことになりました。それまでは経営を学んだり、建設業で営業・企画といった業種に携わっておりました」

―木村社長で創業から何代目になりますか?

「神田豊島屋としてはわたしで5代目に当たります。現在弊社は『豊島屋本店』『豊島屋酒造』『神田豊島屋』の3社に分社化しており、最も古い歴史を持つ『豊島屋本店』は現在16代目となっております」

―酒造業界へ飛び込んだ時の苦労は?

「乗り越えるというより、やらざるを得ない状況といった感じでした。蔵に入っての勉強も少し行ったのですが、母の件で、ほとんど会社に入り浸る状態でした。それでもたまに蔵(※1)へ行き、作業を手伝うなどはしていましたね」

※1:豊島屋の酒蔵は東京都東村山市に位置している。

神田でしか購入できない日本酒「利他」

―豊島屋について教えてください。

「現在は酒造業も行っているのですが、元々は酒を仕入れて販売する事業からスタートしました。剣菱など兵庫・灘の銘柄に支えられて商売を行っていたと聞いています。その後、ひなまつりの白酒(※2)を造りを開始し、日本酒の製造にも携わっていった流れになります。
先ほど申しあげた通り、現在は3社に分社化しており、それぞれで異なる銘柄を扱っています。『豊島屋本店』では『金婚(きんこん)』、『豊島屋酒造』では『屋守(おくのかみ)』、そして『神田豊島屋』では『利他(りた)』となっています。
かっこよく言えばプロデューサーが3社ある状態になっており、それぞれ違った個性を持っているんです」

※2:みりんや焼酎などに蒸した米と米麹を混ぜ合わせて造る白く濁った酒。

―貴社が取り扱う「利他」は神田でしか購入できないと聞きました。

「豊島屋が神田で誕生し、420年以上経過しています。元々神田は武家屋敷もあれば、商人も住んでいたり、金物屋の職人もいたりと色々な人が集まった地域でした。ただ、第二次世界大戦時にこの一帯は焼け野原になってしまい、当時の建物はほとんど残っておりません。
現在も先祖代々より住まわれている方もいらしゃいますが、基本的にはオフィス中心の街になっており、人の流れが激しいエリアになっています。こうした中、地元を盛り上げ、神田愛を持ってもらえる商品を造りたいといった想いから、『利他』は神田限定にさせてもらっています」

画像元:神田豊島屋HP

―「利他」を通販で購入した場合はどうなりますか?

「ECで購入していただいた場合でも、神田の店舗まで取りに来ていただいています。
神田はオフィス街ということもあり、観光客が訪れる地域でもありません。そうした方にも神田に足を運んでもらうきっかけになればと思っています」

―店舗は全国各地から訪れる?

「せっかく東京に来たからということで、ショップまで来てくださる方はいらっしゃいます。他にも出張時やお土産としての需要もありますね」

もうひとつの柱「みりん」

―豊島屋はみりんも力を入れておられます。

「『豊島屋本店』では調味料用みりんを国内外に出荷しています。『神田豊島屋』では『Me(ミー)』というブランドでみりんを展開しており、こちらはバーテンダーにカクテル用リキュールとして使用してもらうことを目的にしています」

―飲料としてのみりんを普及するための課題は?

「実はみりんの需要は、この数十年全く落ちていないんですよ。日本酒よりは生産量が低く、出荷ベースでは横ばいですが、これは価格競争の世界になっているためです。
一方、メーカー数は半分くらいになり、クラフトマンシップでの差別化が困難になっています。そのため『みりんとは何か』を考えることが無くなってきていると感じています。
こういった状況ですので、我々のこだわりをお伝えすることが難しくなっていますが、やはり一度飲んでいただくことが一番ですね。『みりんの原料はお米と麹なんだ』と、知っていただくことになると思うんです」

カクテル用飲むみりん「Me」

―みりんがカクテルの原料になっているという話も聞きます。

「そうですね。弊社の場合は国内消費がほとんどですが、現在はシンガポールやイギリスへ『カクテル用のお酒』として販売しています」

―みりんのような甘いお酒は海外評価も高そうです。

「飲み物用のみりんを造ろうと思ったきっかけは、わたしが日本酒イベントでパリに訪れたことでした。当時はヨーロッパへの進出は難しいと考えていた上に、数多くの酒蔵がすでに参加している状態。渡航費などの費用も鑑みて、この市場を取ることはなかなか厳しいと感じていました。
そんな中、パリ出張中に入ったバーで、男女関係なく甘いお酒を飲んでいることに気がついたんです。後から砂糖を添加するリキュールではなく、麹で甘みを表現した方がこれからの健康志向の世の中にマッチするのではと考え、帰国後に製造担当者へ相談して商品化に至ったのが『Me』です」

―「Me」という名称はどういった意味ですか?

「日本酒銘柄である『利他』との対比になっています。利他は『他人の利益のために尽くす』という意味があるのですが、Meは『自分のために』といったイメージで命名しています。みりんは江戸時代、健康や美容のために飲まれていたということもありますので」

―自宅で出来る「Me」のおすすめの飲み方は?

「まずはストレートで飲んでいただき、その後は『柳陰(やなぎかげ)』という焼酎割りで楽しんでいただきたいです。これはみりんと焼酎を一対一で割る、江戸時代でのカクテルのようなもので、当時の庶民が憧れていた飲み方だとされています。
『柳陰』という表現は、関西発祥のもので、江戸では『本直し(ほんなおし)』と言ってそれぞれ同じ飲み方を指します。『柳の陰で涼みながら飲む』といった表現で、落語などにも出てきます」

―割る時のおすすめの焼酎は?

「個人的には芋焼酎が一番美味しいと思っています。江戸時代に出回っていた焼酎は、米か酒粕原料のものがほとんどでしたが、みりんの甘さと芋のふくよかさが合わさり、スイートポテトのような香味が生まれます」

粛々と伝え続けるしかない

―海外への輸出は?
「全体の1割程度になっています。神田は海外観光客が多く通る場所ではないのですが、それでも店舗には足を運んでくださる方もいらっしゃいます」

―昨今の原料米価格高騰について
「日本酒造りの根本になるため、なかなか改善することが難しいですね。コロナ禍以降、業界的にも量より質へとシフトしていく流れになると思っているのですが、やはり量がなければ原価も下げられないというジレンマがあります」

―今後の対応や展望を教えてください。

「銘柄それぞれの個性や、使用用途をお客様に明確にイメージしてもらうことが重要だと考えています。
例えば『利他』であれば、神田限定ということで、東京土産といった形で活用してほしいですね。『Me』の場合は、『ジャパニーズリキュール』としてカクテルに使っていただくなど、その他銘柄では再現できない価値を伝えることが大事ですね。この点に関しては、今の商品を粛々と皆様にお伝えし続けるしかないかと考えております」

温故知新の精神で伝統を磨く

―木村社長にとって日本酒・みりんとは?

「日本酒とみりんは『飲んだ人の心を潤す』という共通項がありますが、制限と自由度という点で対極にあるような気がしています。
日本酒は使用原料など法的な制限がある中、いかにして一つの形を表現するかと言った美しさがあると思います。一方、『Me』で取り組んでいるカクテルについては、その場で生み出す即興性があります。
このような真逆に存在するものを扱っているため、日本酒ファンにもカクテルファンにも、弊社の活動を通してそれぞれの素晴らしさを伝えていければ良いなと思っています」

通販が発達した現在でも、東京・神田の地でしか購入できない日本酒「利他」は、地酒という存在を改めて見つめ直す機会を与えてくれる。
パリでの経験を経て生まれた「Me」はみりんの新たな可能性を示し、国内外のカクテル文化において新しい景色を描いていくはずだ。

創業400年を超える江戸の酒蔵が温故知新の精神で伝統を磨き、これからの日本の酒文化を切り拓いている。神田豊島屋の挑戦と活躍に注目したい。

【利他ブランドHP】

【MeブランドHP】


ライター:新井勇貴
酒の文化と物語を伝えるフリーライター。大学卒業後に京都市内の酒屋へ就職し、食品メーカーでの営業を経て独立。(Webサイト
保有資格:J.S.A. SAKE DIPLOMA・ワインエキスパート/SSI 酒匠・日本酒学講師

有限会社神田豊島屋

住所
東京都千代田区内神田1-13-1 Googlemapで開く
HP
https://www.toshimayabuilding.com/

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