持続可能な酒造りを。大阪・関西万博に向けた[神戸酒心館]の取り組みとは?
大阪・関西万博開幕が迫り、全国各地で具体的な取り組みが発表されている。日本酒業界も同様で、日本一の酒どころの兵庫・灘にある神戸酒心館(福寿)は、万博に向けて対インバウンドに対する施策を大幅強化。発表会の様子をレポート。

「日本国際博覧会」こと[大阪・関西万博(以下、万博)]は、2025年4月13日から10月13日にかけて開催される。
世界各国からパビリオンが出展し、それぞれが有する文化など紹介されるのが大きな特徴のひとつだ。加えて日本の最新技術が披露され、海外から注目を集めるまたとない機会である。
期間中は多数のインバウンド(外国人観光客)の来場が予想され、それは会場である大阪・夢洲に加え、周辺の観光スポットにも大きな影響を受けると考えられる。プラスの波及効が想定されるものの、一方で対策を施す必要がある。その中で兵庫県にある神戸酒心館が、具体的な取り組みを説明するプレス発表会を開催した。
閑静な街中にある日本一の酒どころ
神戸酒心館といえば、主力ブランド「福寿」がノーベル賞の公式行事に提供されていることもあり、国際的な知名度も高い。兵庫県神戸市にある本社には、蔵元ショップ「東明蔵」や蔵の料亭「さかばやし」といった直営店が観光スポットとして人気だ。
本社は日本一の酒どころでもある灘五郷の西側「御影郷」にあり、150万近い人口を誇る神戸市内でも閑静な一帯にある。
最寄り駅は阪神電車石屋川駅。南へ徒歩10分ほどの距離に神戸酒心館は存在する。
ちなみに、石屋川は普通列車しか停車しない。隣駅の御影(みかげ)こそ、最も速い直通特急の停車駅だが、当駅はカーブの途中にある立地で、駅構内の電車とホームの間にかなりの隙間があり、足元には十分注意しなければならない“難所”。
駅から南下していくと、大手鉄鋼メーカーの神戸製鋼所の工場がありその先は海。ハーバーハイウェイの交通量こそ多いが、沿線に住んでいた経験のある筆者の感覚では、アクセスは良好であるとはいえない。
にもかかわらず、観光スポットとして、日本酒業界全体においても指折りの存在なのが神戸酒心館。今回の発表は、少なくない影響を与えることが考えられ、実際地元メディアをはじめ、主要媒体の担当者が多数参加した。
究極の地産地消
まず檀上にあがったのは代表取締役社長の安福武之助氏。冒頭提唱したのが「サステナビリティ・トランスフォーメーション」という概念だった。
直訳すると「持続可能性の変革」になるが、安福氏によると、「日本酒」と「ツーリズム(観光)」の二軸に当てはめたいという。
日本酒については、地元農家と協力した酒造りを目指すとのこと。兵庫県といえば、酒造好適米「山田錦」の一大生産地であり、水も「宮水」を合わせた酒造りを既に実践している。
そこに安福氏は、もう一歩踏み込んだアプローチをしたいという。県内産使用率100%に加えて、再生可能エネルギーや酒瓶のリサイクルといった分野にも着手するとのことだ。
いわば究極の地産地消といえるが、その第一歩として兵庫県産の有機JAS認証米100%を使用した「福寿 未来への一滴」を発表。キレのある辛口仕様で、環境負荷を抑え込んだ製法で醸造した一本だ。
それぞれの「特別な体験」
続けて、会社としての強みを「ブランド価値」「観光施設としての魅力」と評した安福氏。福寿の国際的知名度に、館内にある蔵の料亭「さかばやし」が酒蔵レストラン人気ランキングでも上位に入っており、確かな実績に裏打ちされてのものだ。
取り組みの目玉として今回着手するのが、Google口コミが2000件を超える人気スポット「東明蔵」のリニューアル。以下の5点を注力ポイントとして挙げている。
(1)訪問者の快適性向上
(2)初心者向けの配慮
(3)多言語対応の充実
(4)酒蔵ならではの限定商品展開
(5)デジタル技術の活用
ここで特筆すべきなのが(3)多言語対応の充実だ。
神戸酒心館では、これまで外国語対応スタッフが2名在籍していたが今回人員を増強。結果、英語・イタリア語・スペイン語・中国語・ポルトガル語での対応が可能となった。
ちなみに入口には館内リーフレットが置かれているが、そこにはなんと16か国に翻訳されたものが並ばれている。増員によってもたらされる快適性向上や初心者への配慮は、グローバルワイドな視点にたったものといえよう。
裾野を広げると同時に実施するのがプレミアム化だ。安福氏によると、今春より酒蔵見学と和食体験を組み合わせたツアー商品を展開するという。
プランとしては、英語ガイド付きの試飲と会席料理を組み合わせた「プレミアム吟醸体験」、そこに最上級の福寿と地元名産品の神戸ビーフを使用した「ラグジュアリー大吟醸体験」の2種類。それぞれ3万円、6万円で提供する。
昨年末の「伝統的酒造り」ユネスコ無形文化遺産登録を契機に、酒蔵が有する「特別」を形にした結果という。このプランは、インバウンド向けのグルメプラットフォームの「by food」とタッグを組み、同サイトのみで予約対応だそう。
一見するとかなり挑戦的な取り組みともいえるが、一方で万博に合わせて来日するインバウンドの属性は多種多様であると想定される。となると、提供する特別な体験にも「幅」を持たせる必要がある。
多言語対応の拡張で来場者数の増加を目指すと同時に、そこから優良顧客を創出しようとする神戸酒心館のアプローチは、8兆円にまで到達したインバウンド市場において、理にかなっているといえる。
酒・サケ・SAKE
安福氏による発表が終わり、副社長の久保田氏が続けて登壇。合わせて多言語対応スタッフも壇上に上がり、様々な言語での挨拶がなされた。
Sake Worldでも、先日京都市内にオープンしたオリジナルブレンド日本酒づくり体験施設「My Sake World」は、日本語に加えて英語でのサービスを実施している。世界屈指の観光都市であるKYOTOにおいては、ある意味で当然の措置でもある。
しかしながら神戸酒心館は、それを上回る5か国語で対応する。提供方法の違いはあるとはいえ、人員確保の観点から見てもそう簡単に出来ることではない。
MissSAKE2024グランプリの南侑里氏の挨拶が終わった後は、安福氏も壇上に戻っての記念撮影。そこから翌日(2025年3月4日)にリニューアルオープンを控えた東明蔵に移動した。
一足早くお披露目された館内の一角には、安福氏が紹介したデジタル技術の姿が。
「KAORIUM for Sake & Wine」と名付けられたそれは、味わいや気分といった属性的なものからギフト需要といったシーン訴求まで実装。タップしてから出現する質問に答えると、最終的におススメ銘柄を紹介する仕組みだ。診断系機能は以前より存在していたが、AI機能を活用して具体的な日本酒まで導くことが、来場者にとってどう転ぶか気になるところ。
また先の多言語対応スタッフにより、福寿も振る舞われた。
今回はプレス関係者対象であったため“日本語対応”であったが、今後は国際色豊かな日々になることが考えられる。
灘五郷において、神戸酒心館もとい福寿は有数の存在である。とはいえ、付近には白鶴、菊正宗、櫻正宗、沢の鶴など、錚々たる酒蔵がズラリ。日本一の酒どころは国内屈指の激戦区だ。
日本酒も、かつての大衆品から嗜好品化している昨今において、酒蔵はただ酒を造って売るだけではもはや立ち行かないところまで来ている。
その中で神戸酒心館のアプローチは、灘の中においても、インバウンド戦略においても、そして何より日本酒業界においても、今後注目していかなければならないであろう。