日本酒がつなぐ、里山の未来。デザイン会社が米作りから挑む「MANDOBA」とは?
「美しい里山や田んぼの風景を残すために、何ができるだろう?」 米作りを始めた新潟のデザイン会社が抱いた疑問は、やがて里山を取り巻く自然の営みを伝える日本酒へと姿を変えた。デザイン会社、酒蔵、酒販店による日本酒造りプロジェクトを取材した。
のどかな里山の風景が広がる新潟県上越市安塚地区。車1台がぎりぎり通れる細い山道を奥へ、奥へと進んでいくと、突然視界が開けて青々とした田んぼがあらわれる。地元の人から「万燈場(まんどば)」と呼ばれる棚田群だ。
2023年、この場所からある日本酒ブランドが生まれた。それは、里山の四季の営みを伝える日本酒「MANDOBA」。

生み出したのは、万燈場での米作りと日本酒のブランディングを担当した新潟市のデザイン会社「U・STYLE」、酵母無添加の生酛(きもと)という自社初の造り方に挑んだ上越市の酒蔵「竹田酒造」、そして両者をつないだ新潟市の酒販店「わたご酒店」。業種の異なる3者のコラボレーションの根底には、「日本酒で里山を未来につなぐ」という理念への共感があった。
今回、Sake WorldはU・STYLEの松浦さん親子と竹田酒造10代目蔵元の竹田春毅さんにインタビューを実施。日本酒を通して里山に新しい価値を生み出し、未来へと残していくプロジェクトのこれまでとこれからを伺った。
この方に話を聞きました

- 株式会社U・STYLE、合資会社竹田酒造店
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プロフィール(右端から)
松浦和美さん:株式会社U・STYLE代表取締役
竹田春毅さん:合資会社竹田酒造店10代目蔵元
松浦裕馬さん:株式会社U・STYLEディレクター
松浦柊太朗さん:株式会社U・STYLEディレクター
知らないから飛び込めた、農薬や化学肥料を使わない米作り
MANDOBAのコンセプトは、「自然のめぐりが醸す酒」。それは、農薬や化学肥料を使わずに米を育て、酒蔵に棲む微生物
季節の移ろいは、MANDOBAとしてリリースされる5種類のお酒の名前にも反映されている。春の「芽出」、初夏の「田休」、夏の「出穂」、秋の「刈上」、そして冬の「越冬」。これらは農作業と深く結びつく、季節ごとの里山の営みを表す名前だ。

左から芽出、田休、出穂、刈上、越冬
万燈場という土地とは切り離せないこのコンセプトの背景には、「ずっとつながれてきた田んぼのストーリーがあるんです」と松浦和美さん。(以下、和美さん)。
さかのぼること、2016年。社会人になったばかりの松浦柊太朗さん(以下、柊太朗さん)が「自分の暮らしを支える食べものを、自分の手でつくってみたい」との思いで、祖父母が住んでいた安塚で1年ほど休耕田になっていた田んぼを復活させたのが始まりだった。
その後、高齢の祖父にとって田んぼの管理が難しくなったのを機に、2019年に和美さんが他の田んぼも引き受け、万燈場も含めた4枚の田んぼで無農薬・無化学肥料の米作りを始めた。当時を振り返って、和美さんは「知らないって怖いですよね」と笑う。
「農薬も化学肥料も使わない米作りなんて周りの人は誰もしていなくて、そんなことできるわけないって空気もあったと思います。でも私は稲をまともに作ったことがなかったので、やってみようかなって軽い気持ちで始めて。始めてからあまりの大変さにびっくりしました」(和美さん)

松浦和美さん
米作りのサイクルは春、深く積もった雪が解けるころに始まる。雪解け後の棚田は雪の重みで傷み、水が漏れやすい。そのため、まだ雪解け水が溜まっているうちにトラクターで土をかき混ぜ、水が漏れにくい状態に整える。6月に入ると、あらかじめ育てておいた苗で田植えをする。のちの除草作業では、雑草の生育を抑えるために田んぼの水位をやや高めに保つのだそう。そのため、水位が深くなっても水没しないよう、大きめの苗を使うのがポイントだ。そして、農薬を使わない米作りで最も苦労する季節が始まる。
「田植えをした後の1〜2か月が一番大変で、除草作業があります。専用の除草器具を使ってほぼ毎日、いずれかの田んぼの除草をします。一度雑草が勝ってしまうとその根で土の中が埋まってしまい、稲の根が伸びていく場所がなくなるので、この時期が勝負なんです」(裕馬さん)

米作りの様子
除草作業を乗り越え9月の終わりに収穫を迎えた後も、雪が降る前に次の年の土づくりを終わらせるため燻炭を作ったり米ぬかをまいたりとあわただしい日々が続く。田んぼを担う人が減り続けるなかで、米に付加価値を付け「里山の新しい可能性をデザインする」ために和美さんたちが始めたのが、米を使った加工品の販売だった。
「え、嘘でしょ」から始まる自然酵母の酒造り
柊太朗さんが米作りを始めたころから、収穫した米は和美さんが経営するデザイン会社「U・STYLE」の地域ブランド「里山ボタニカル」としてお菓子などに加工して販売していた。次第に収穫量が増え、他の活用法を探すなかで、お酒好きの柊太朗さんが相談した酒販店「わたご酒店」が、酒づくりのコーディネート役として間に入り、「竹田酒造」との出会いにつながった。
「農薬や化学肥料を使わず育てたお米の力を活かすため、できるだけ削らず、精米歩合90%(注1)・酵母無添加・生酛造りでの酒造りができないかと考えていました」という柊太朗さんの想いをくんでわたご酒店が声をかけたのが、同じ上越エリアにある竹田酒造だった。

竹田春毅さん
連絡を受けた竹田酒造10代目蔵元の竹田春毅さん(以下、竹田さん)は、その技術的な難しさに「え、嘘でしょって思いました(笑)」と当時の率直な気持ちを振り返る。当時の竹田酒造では、精米歩合90%も酵母無添加も生酛造りも、どれも経験がなかったからだ。
それもそのはず、江戸時代から続く生酛造りは発酵をコントロールするのが非常に難しく、全国の生産量に占める割合は約1%。さらに米の外側は雑味のもととなる成分が多く含まれるため、精米歩合75%以下まで削るのが一般的な造り方だ。
「知らないって怖いですよね」と柊太朗さんは苦笑い。ただ、「大切に育てたお米を日本酒にしたいという想いに賛同しましたし、個人的に生酛造りはずっとやってみたかったんです」と竹田さんは前向きだった。以前から杜氏にその想いを伝えていたものの実現には至らなかったため、この依頼を良いチャンスと改めて杜氏を説得し、まずは精米歩合70%でMANDOBAの酒造りが始まった。
初めてだらけの酒造りのなかで最も苦労したのは、アルコール発酵に不可欠な酵母がいつ醪(もろみ)に入るかわからない点だったと竹田さんは言う。
「酵母無添加の造りということで人工的に酵母を入れるわけにはいかないので、自然界の酵母がどうにかして醪に入り、発酵が始まってくれと祈るばかりでした。アルコール発酵が進まないとブルーチーズみたいな香りが出てきて、とても不安になるんです。他の酒蔵から酵母が入らず失敗した事例を聞いていたので、無事にアルコール発酵が起きるまでは内心ヒヤヒヤでしたね」

竹田酒造の既存商品に使う酵母が混入しないよう、MANDOBAの製造は専用の部屋で行われる
そんな緊張の末にできあがったお酒は良い意味で生酛らしくない、綺麗な仕上がりになった。4年目の造りとなる今では当時ほど心配することはなくなったと言うが、過去3年の造りでできあがった酒の香りはすべて違っていたそう。「入っている酵母がそれぞれ違うんじゃないかと。その辺はロマンですよね」と、竹田さんは今年の仕上がりも楽しみにしている。
(注1:精米歩合とは、玄米を削ったあとに残るお米の割合。精米歩合90%とは玄米を10%削った状態を指す)
米作りがデザインに与えた効果とは?
柊太朗さんはMANDOBAのプロジェクトを「僕たちデザイン会社は米作り、(竹田)春毅さんは生酛造り、そしてわたご酒店さんはお酒のコーディネートと、3者それぞれの『前向きなチャレンジ』から生まれたもの」だと評価する。
一見、デザイン業とは離れた世界のように思える米作りだが、その経験はデザイナーとしての視点にも良い影響を与えていると柊太朗さんは言う。
「イラストを描いて文字を組むだけがデザインではなく、その前には観察するという工程が必ず入ります。田んぼという自分たちのフィールドを持って気候や農業の変化を肌で感じられることは、デザインをする時の根底となる『どう社会を見るか』『どう自然を見るか』という視点に活きていると感じます」(柊太朗さん)

松浦柊太朗さん
その視点はMANDOBAのデザインにもよく表れている。ラベルの背景は、万燈場の田んぼの泥を紙に直接塗り、その模様を取り込んだものだ。さらに、銘柄名には篆文(てんぶん)という書体が使われている。「これは甲骨文字から現代の文字へと移る途中の段階の文字で、人の動きや自然の造形がそのまま形になっているんです。季節ごとの営みをラベルのなかで表現したいと思い、この書体を使いました」と、裕馬さんが意図を説明してくれた。

「万燈場(まんどば)」は、安塚にある専敬寺が鎌倉時代に真言宗から浄土真宗へと改宗した際、不要となった仏具がこの周辺に埋められたという言い伝えに由来する。また、専敬寺が真言宗だった時代には、この周辺で「万燈会(まんどうえ)」と呼ばれる祈りの営みが行われていたという伝承も残る
お酒を取り巻く自然や人の営みを表現するこうした取り組みのなかで特に印象的なのは、万燈場の田んぼとそこに棲む様々な生き物たちの姿をイラストにしたリーフレットだ。「農薬を使わないことで虫やカエルなど本当にたくさんの生き物が見られるようになりましたし、彼らのおかげで稲がよく育つように感じます」と和美さん。酒米を元気に育ててくれる生き物たちも、日本酒造りの大事な仲間。まさに「自然のめぐりで醸す」というコンセプトが、MANDOBAに関連するすべてのデザインに詰まっている。

日本酒で里山を未来につなぐ
3者のコラボレーションから始まったMANDOBAのプロジェクトは今年、4年目を迎えた。
竹田さんは昨年から既存のMANDOBAとは別に、さらに米を削らずに残した精米歩合85%のお酒造りにも挑んでいる。
「松浦さんたちが苦労して作ってくれるとっても良いお米なので、その良さを最大限活かすにはどうすればいいのか?を毎年考えています。去年から造り始めた精米歩合85%のお酒はもっと味を上げられる自信がありますし、造り手として絶対に良いものを造っていかなきゃいけないと思っています」(竹田さん)
そうした竹田さんの姿勢に「お米の質を最大限に活かす方法を提案してくださるので、とてもありがたいです」と裕馬さんも信頼を寄せる。
そして、米の作り手でありMANDOBAの販売も行う松浦さんたちは、MANDOBAを通して里山の暮らしを未来へつなぐことを目指している。
「MANDOBAを継続して売れる状態にすることで、『ここで無農薬のお米を作ればおいしい日本酒になってちゃんと売れるんだ』というメッセージになると思っています。だんだん田んぼを手放す人が増えていますが、田んぼから価値を生み出せるんだと意識が変われば、田んぼや里山が未来へ継承されていくことにつながるんじゃないかと思います」(柊太朗さん)
裕馬さんも「日本酒を造る土台となる安塚にもっと目を向けてもらえるようにしたい」と土地への想いを口にする。「今は安塚に実店舗がないんですけど、ここに行きたいと思ってもらえるように、何かしらの形でこの場所を楽しめる仕掛けを作ろうと思っています」

松浦裕馬さん
そして、和美さんはこうした土地や自然に関わるメッセージをMANDOBAとともに、国内、そして海外へと届けようと考えている。
「以前ポップアップストアで販売していた時に、MANDOBAを2、3本持ってレジに向かった海外の方が、渡したリーフレットをレジの待ち時間に読んでくれたようで、戻ってきて追加でがばっと買ってくださったことがあったんです。その時に、海外の方にもこの土地のストーリーやMANDOBAのコンセプトを理解したうえで買ってもらえるんじゃないのかな、と期待が生まれました。きちんとストーリーが伝わると、買うときの納得感や飲むときの美味しさも高まるんですよね、きっと。
里山や田んぼを未来に残すには、いろんな形で関わる人たちを増やしていくことが必要だと思うんです。MANDOBAが、里山や田んぼの営みに触れ、興味を持ってもらえるきっかけになったらと思っています」(和美さん)

アメンボ、イトミミズ、コオイムシ、そしてサイズも色も違うカエルたち――初めて万燈場を訪れた日、田植えに向けてたっぷりと水を湛えた田んぼには、既にたくさんの生き物の姿があった。
人にできるのは自然をコントロールすることではなく、植物や微生物が元気に育つ環境を整えてあげること。それは松浦さんたちの米作りにも竹田さんの酒造りにも共通していた考え方だった。主役は、自然。MANDOBAを飲むと、そんな声が聞こえるような気がした。
(写真提供:株式会社U・STYLE)
ライター:卜部奏音
新潟県在住/酒匠・唎酒師・焼酎唎酒師
政府系機関で日本酒を含む食品の輸出支援に携わり、現在はフリーランスのライター・編集者として活動しています。甘味・酸味がはっきりしたタイプや副原料を使ったクラフトサケが好きです。https://www.foriio.com/k-urabe




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