酒屋に聞く

日本酒が守る、ふるさとの風景。[わたご酒店/新潟県]が提案する「里山酒」という構想

新潟市の酒屋「わたご酒店」が扱う酒は、ただおいしい“だけ”ではない。里山や棚田といった酒造りの土台となる環境を、酒蔵自らが守る姿勢を映し出す酒。それを、店主・寺田和広さんは「里山酒」と呼ぶ。

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新潟市の中心部、新潟駅から電車に10分ほど揺られると、亀田駅に到着する。そこから国道沿いをまっすぐ進むと現れる、雑貨店のようなモダンな店構えの酒屋が[わたご酒店]だ。
店主の寺田和広さん(以下、寺田さん)は東京での酒類専門卸、地酒専門店勤務を経て新潟にUターン。祖父母が営んでいた[わたご酒店]を引き継いだ。

[わたご酒店]を引き継いで8年目となる寺田さんが今、酒屋として向き合っているのは「おいしい酒」だけではない。その先にある、里山や棚田といった「ふるさとの風景」だ。注目を浴びつつある日本酒と里山の関係について、そして寺田さんが提案する「里山酒」の構想についてお話を伺った。

この方に話を聞きました

新潟亀田わたご酒店 店主 寺田和広さん
プロフィール
新潟県新潟市出身。大学卒業後、東京の酒類専門卸、地酒専門店を経て新潟市にUターン。祖父母が営む「わたご酒店」を引き継ぐ。現在は2店舗目の立ち上げ準備を進めている。

「自分の居場所は地酒屋だ」転機となった出会い

新潟市で生まれ育ち、大学卒業後は東京の酒類専門卸で働いていたという寺田さん。仕事は全国規模の大手メーカーのお酒を扱うことが多い環境だったという。しかし、ある酒蔵との出会いが地酒に目を向ける転機となった。

「仕事が休みの日に、親交があった地酒専門店の方と、千代の光酒造(新潟県妙高市)に見学に行ったことがありました。そこでお会いした代表取締役(現・会長)の池田哲郎さんの話に、感銘を受けたんです。
池田さんが話してくれたのは、棚田や地域のことについて。当時、仕事で関わっていたメーカーとは商品の話だけをすることが多かったので、その違いに驚きました。売り込みではない、淡々とした物言いの中に池田さんの人間的な豊かさや余裕が感じたんです。『ただその土地と一緒に生きている』という姿勢が、当時の私には衝撃的でした」

千代の光酒造の酒造りへの姿勢に共感した寺田さんは、もっと多くの人にその味わいを知ってもらいたいと考えた。しかし、当時勤めていた会社で扱うには規模が合わなかった。

「千代の光酒造のように、自然や地域に根差した酒造りをする人たちが全国にいるのではないかと直感的に思いました。でも、今の仕事では自分が良いと思ったお酒を扱うことができない。となると、自分の居場所は地酒屋だな、とそのとき気がつきました」

その後、親交があった地酒専門店に転職し2年間ノウハウを学んだ寺田さんは、28歳のときに新潟にUターン。祖父母が営む酒屋[わたご酒店]を引き継いだ。元々は高齢のお客さんが多かったが、モダンな店舗へとリニューアル。「Fun to Drink;(楽しく飲むこと;)」をスローガンに掲げ、全国からえりすぐった銘柄を並べた。今では、プロの目利きが楽しめる「地酒専門店」と、家族連れも気軽に入りやすい「まちの酒屋」を両立する存在になっている。

店のカラーを探す中で生まれた「里山酒」という構想

寺田さんが[わたご酒店]で取り扱うお酒を決める基準が5つある。「きちんと作られたもの」「体温が感じられるもの」「暮らしに寄り添うもの」「人に教えたくなるもの」。そして、「未来に残したいもの」だ。

「今売れているかどうかではなく、未来に残ってほしいかどうかが1番の基準です。日本酒は、自分たちの代で作った文化ではなく、先人たちがつないできてくれたもの。その上に今の自分の仕事や楽しみができているので、次の世代にも同じように楽しんでもらいたいと願っています。[わたご酒店]の仕事を通して、そのための土台を作っている感覚です」

そんな「未来に残したい酒」を選ぶなかで集まった銘柄たちに、寺田さんはある共通点を見つけた。それは、造り手である酒蔵が田んぼや里山へ積極的に関わっていること。

「『みんな田んぼや里山に関わることをやっていないか?』と気づいたんです。例えば、土地の特性を活かして圃場別の銘柄を出す酒蔵や、契約農家を沢山抱えている酒蔵が多くいました」

この銘柄たちが持つ特徴こそが、「わたご酒店」のカラーになる。そう感じた寺田さんが、それらのお酒の呼称として考えた言葉。それが「里山酒」だ。

酒蔵は日本の原風景の守り手になれる

高齢化と人口減少で支え手が減りつつある日本の原風景を、酒蔵が守れるのではないか。寺田さんはそう考えている。

例えば新潟に多く広がる棚田は、景観の美しさや生物多様性の保全など重要な価値を持っている。しかし、米を作るためには、平地よりも格段に労力がかかる。その労力を込めの価格に反映しづらい構造があるが、日本酒であれば付加価値として受け入れてもらえるのではないか。それが寺田さんの考えだ。

「日本全国の棚田のうち、経済合理性を考えると農家の方だけでは守りきれない部分を酒蔵が補えるかもしれない。多くの場所で酒蔵がその役割を果たせると思いますし、その動きはすでに起きています」

酒を造る土台となる里山や棚田といった地域の環境に酒蔵が主体的に関わり、その価値を酒で表現し、未来につなげる。「里山酒」とはそうした一連の取り組みと言える。

日本酒の上位モデルに新たな選択肢を

「日本酒を通して棚田や里山を守れるのではないか」という寺田さんの考えは、すでにある銘柄として形になっている。「かたふね」で知られる竹田酒造店(新潟)が棚田米を使って醸した日本酒「MANDOBA」だ。


ことの発端は、自社で栽培した棚田米の活用先を探していた新潟市のデザイン会社「U・STYLE」。寺田さんがコーディネーターとして竹田酒造店につないだことで、「MANDOBA」が誕生した。

農薬や化学肥料を使わずに作った棚田米で醸される「MANDOBA」は高めの価格設定だが、売れ行きは好調。「里山」「棚田」という特徴があることで、これまで日本酒が届かなかった層にも届いている実感があるという。

(写真提供:株式会社U・STYLE)

その手応えを、寺田さんはこう語る。「これまで日本酒の上位モデルは、米をどんどん磨いた精米歩合が低いものが主流でした。しかし今後は、酒蔵の周囲の環境が付加価値となり、それを表現した『里山酒』がその地位を担えると思います」

日本酒は、棚田の存在を消費者にとっての価値に変え、未来に残す役割を果たせる。寺田さんは自らの行動でそう証明している。

酒蔵を横断して広がる「里山酒」の輪

寺田さんが次に目指すのは、「里山酒」に取り組む酒蔵同士をつなげることだ。

「自分は酒屋なので『ここが造っているな』『あそこもやっているな』と、里山酒を造る酒蔵がわかります。しかし、酒蔵同士ではそれほどつながっていません。それは、仕方ないことでもあると思います。例えば酒造組合の勉強会など、酒蔵同士が酵母についてともに学ぶ機会は多くあります。一方で、里山のことを話す場所はあまりありません。なぜなら酵母は共通の物差しがありますが、里山は状況も課題も全部がオリジナルだから。ただ、似たトラブルを抱えていることもありますし、酒蔵同士でそれを共有することで前に進めるのではと期待しています」

酒蔵をつなげ、「里山酒」の輪を広げる。そのために、寺田さんは2026年2月21日に「里山酒カンファレンス」を新潟で初開催した。阿部酒造(新潟)、仁井田本家(福島)、油長酒造(奈良)、日本酒学センター(新潟)など、全国8つの酒蔵・企業・研究機関が一堂に会した。

里山や棚田を守る取り組みに付加価値をつけ、同時に横の繋がりも作る。アイディアを次々と実行に移す寺田さんが見据えるのは、日本酒を通して日本の原風景が守られる未来だ。

「日本酒はただ美味しいだけではなく、何かを守っている可能性がある。そこに目を向けて飲んでみると、いままではとは違った楽しみ方ができると思います」

[わたご酒店]はただお酒を売るだけではなく、里山と日本酒の新しい関係を伝える場として、今日も地域へと開かれている。

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ライター:卜部奏音
新潟県在住/酒匠・唎酒師・焼酎唎酒師
政府系機関で日本酒を含む食品の輸出支援に携わり、現在はフリーランスのライター・編集者として活動しています。甘味・酸味がはっきりしたタイプや副原料を使ったクラフトサケが好きです。https://www.foriio.com/k-urabe

新潟亀田わたご酒店

新潟亀田わたご酒店

住所
新潟県新潟市 江南区亀田四ツ興野2-3-3Googlemapで開く
TEL
025-382-5777
HP
https://watago-sake10.jimdofree.com/
営業時間
平日:10:30-19:00、土日祝日:10:00-18:00
定休日
水曜日、1月1日

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