地域の酒

アメリカ人が巡る九州酒文化の旅(後編)
酒はその土地の「言葉」を紡ぎだす

「酒蔵ツーリズム」という言葉が登場するほど、近年「酒」を題材にした観光が人気を博している。本稿では旅するソムリエ岸原文顕氏が、九州の地にてアメリカ人観光客相手に実施したツアーの様子を紹介。

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前回でも記述したように、九州というのは日本酒の他にも焼酎、ビール、ワイン、ウイスキーと、多種多様な酒の醸造所が存在する。
本稿では、日本酒“以外”で訪れたスポットを振り返ってみよう。

福岡県岡垣町:酒カルチャーを体感できる街

七曜酒造を訪れた同地では、他にもワインやビールの醸造所がある。
こうした存在があるからこそ、日本酒もまた魅力が引き立つともいえる。

ぶどうの樹ワイナリー:岡垣の自然の恵みを活かしたぶどう栽培

親会社である株式会社グラノ24Kは、1935年創業で元々はぶどう農業と旅館経営が祖業。生食用ぶどう園の下でBBQや結婚式を楽しめるレストランが話題を呼び、「ぶどうの樹リゾート」として食と観光を結びつける現在の事業へと発展している。長年にわたり、幅広い食種のレストランや宿泊施設でワインを提供し続け、地元や九州一円の人々に「ワインと食の楽しみ」を広めてきた。そして2021年、「自家栽培のぶどうでワインを造りたい」という長年の夢を実現させるため開業した。

ナイアガラやキャンベル・アーリー、シャインマスカットなどのぶどう品種から赤・白・ロゼのワインを展開するが、特筆すべきは町内に複数個所の自社畑で栽培する赤ワイン用ぶどう品種「富士の夢」。日本原産の山葡萄と、フランス・ボルドー原産の高級品種メルローを掛け合わせて生んだ文字通り“夢のブドウ”だ。
醸造責任者の川原氏によると、山ぶどうを掛け合わせることで湿気の多い日本の気候に負けないぶどうになるそう。自社畑で育てた品種「富士の夢」を使い、さらにこれまた自社畑のぶどうから発見した新種の天然酵母を培養してついに100%岡垣産のワイン造りを成功させている。


見学後に試飲した「NUKAZUKA654」の由来にもなっているぶどう畑「糠塚」の土壌は、水はけが良く昼夜の寒暖差も大きいので糖度の高いブドウが育つ。果汁を低温発酵、濃厚な色合いで味わいは山ぶどうの野性味ある酸味と、メルローの柔らかなタンニンとスパイシーな香りと果実味が相まって複雑。さらに酸化防止剤を抑えているのでフレッシュ。
岡垣の土地の気候・風土など自然と対話しながらのワイン造りをする姿勢に、世界各地のワイナリーを訪れて来たゲストも深く共感し、迷わず買い求めた。

FUKUOKA CRAFT BREWING:福岡にクラフトビールカルチャーを

ぶどうの樹ワイナリーと同じ道路を北に200mあまりの場所に「FUKUOKA CRAFT BREWING」醸造所はある。社名の通り、地元福岡の伝統的な食文化に敬意を払いつつ、ユーモラスな発想でレシピやネーミングを開発したクラフトビールを醸造している。
経営する株式会社フクオカクラフトは、2017年に福岡市大名で「FUKUOKA CRAFT by エルボラーチョ」としてクラフトビール醸造を開始。自社レストランでクラフトビールを提供し、福岡のクラフトビール文化を牽引してきたパイオニアである。
より大規模な生産体制を整えるため、候補地を探す中に出会ったのが岡垣で、町の後押しを受けて2022年に新醸造所を設立した。
この地に醸造所を設けた理由は地下天然水。見学中ブルワリー内を見わたすと、壁や柱にこれまで開発したおびただしい数のクラフトビールのラベルシールが貼られていて、見ているだけで楽しくなる。

醸造所内で話をしたアメリカ人醸造責任者のDavid Victor氏は、岡垣に馴染みそして風土を知り尽くしている。
その証のひとつとして、前述したぶどうの樹ワイナリーとの親密な関係からのコラボレーション。ぶどう果汁を活かしたクラフトビール“BUDOU ALE”を醸している。

これまでの開発商品の中でも、ひと際ユニークな変わり種が「トンコツHAZY IPA」。無濾過のため濁った液体を、とんこつラーメンのスープに見立てたという。今回の旅路で、ゲストも各地の豚料理や「とんこつラーメン」は大いに気に入っていたが、発想には笑いつつも驚いた。

FUKUOKA CRAFT BREWINGは、風土を活かしながら、地元福岡の食文化や人々が紡いできた風習を込める。
とんこつIPAはほんの一例だが、福岡の味覚をユーモアと技術で表現する姿勢は、まさに“岡垣発・福岡の味”。現在に至る世界的なクラフトビールムーブメントが生まれたのはアメリカだが、地元の水と空気を吸い込んだこの一杯に込められるパッションも同じだ。

鹿児島県日置市:焼酎の本場で醸造されるジャパニーズウイスキー

ゲストが今回九州の地を選んで訪れた理由は、日本酒と並びUNESCOの世界文化遺産と認定された「焼酎」の本場が九州だから。焼酎文化の神髄に触れ、日本独自の蒸溜技術をベースにしたウイスキー造りの現場を見てみたいというものであった。九州各県の中でもメッカというべき鹿児島県を今回案内。

小正醸造株式会社:薩摩の魂を醸す蒸溜所

九州新幹線で鹿児島駅に降り立ち車で走ること一時間弱。南九州の陽光が降り注ぐ薩摩半島南岸に小正醸造株式会社日置蒸溜蔵はある。
同社は現在、焼酎からウイスキー、クラフトジンまで幅広く展開する鹿児島を代表する焼酎・蒸留酒メーカーだが祖業は焼酎。シラス台地に抱かれたこの地に、近年設立された近代的なセミナーハウスで蔵長兼マスターブレンダーの枇榔誠氏から、500年に及ぶ歴史ある焼酎文化と同社の焼酎造りの歴史と、伝統の技と最新技術を融合したこだわりの製法について学ぶ。

小正醸造は、1883年(明治16年)に初代・小正市助が創業。さつまいもの名産地鹿児島だが、戦後の食糧難の時代には高品質な米焼酎造りに挑戦した歴史を持つ。
日置蔵の名を全国に知らしめることになったのは、二代目・小正嘉之助が焼酎造りにもたらした革新的な挑戦。1957年、日本で初めて米焼酎を樽で長期熟成させた「メローコヅル」を世に送り出した。
当時、焼酎は“安酒”と見なされていた時代だったが、完成まで6年の歳月を費やし、樽熟した琥珀色の米焼酎の液体はそれまでの焼酎のイメージを一変させ、国内外で高い評価を受ける。

同社の挑戦は続き、1998年には手造り蔵「師魂蔵」を設立。杜氏の五感と匠の手業による完全手造りの焼酎を産むようになった。
現当主である三代目・芳史は、鹿児島県内の契約農家との関係を強化して原料芋の品質を飛躍的に向上させ、集大成的商品「蔵の師魂」が誕生した。

焼酎の付加価値向上を実現させたという話を聴きゲストは「一体どんな香味がするのか・・・」と関心。さっそく同社の多くの商品を産む「日置蒸溜蔵」へと向かう。
蒸溜セクションに入ると合計7種類もの様々な形状の蒸溜器があり、同社がそれらによってさまざまな焼酎を造り分け出来ていることが理解できる。

見学後は、同じ敷地内にある「師魂蔵」へ案内。
靴を履き替えて蔵に入ると、カメ壺がずらりと並び、蔵の奥にある木桶な蒸留器など、仕込み発酵から蒸溜までを手造りの伝統を伝承した焼酎造りの様子が一望できる。
水は薩摩のシラス台地に磨かれた湧水を使用し、杜氏が毎日五感で状況を確認しつつ最適な発酵環境を整えるという。

二つの蔵をじっくりと見学した後で、セミナー会場に戻り試飲タイム。
小正醸造は、焼酎業界でも屈指のアイテム数を誇る。「さつま小鶴」「赤猿」「黄猿」「白猿」などの定番から、長期熟成の「メローコヅル エクセレンス」、こだわり芋の「眞酒」や「天地水楽」などある中で、厳選3品を試飲。


一通り試飲したあとで好みを問われ、ゲストが声を合わせて答えたのは「メローコヅル エクセレンス」。フルーティでバニラのような甘い香り、まろやかでアルコール度数41度もあるとは驚き、との評価。よほど気に入ったのだろう、彼らはこのボトルを複数買い求めて、蔵を後にした。

嘉之助蒸留所:鹿児島から世界へ挑戦するウイスキー蒸溜所

日置蒸溜蔵を後にして、東シナ海に面して長さ47Kmにもわたる吹上浜に向かって走る。目的地は小正嘉之助蒸溜所株式会社のKANOSUKE DISTILLEYだ。

蒸溜所では、所長兼チーフブレンダーの中村俊一氏に迎えられ、設立の背景から説明を受けた。
前述した小正醸造株式会社の二代目蔵元・小正嘉之助氏に由来するという同蒸留所。「メローコヅル」を開発し、日本で初めて、焼酎に熟成という概念を持ち込んだ革新者だった彼の晩年の夢は、吹上浜のほとりに広大な地をみつけ、「日本一夕日の美しい場所から、鹿児島の蒸留酒文化を世界へ広めたい」と、焼酎文化を伝える施設をつくりたいというもの。
その志は四代目・小正芳嗣氏に受け継がれ同じ場所に立ち上げた。

嘉之助蒸留所のウイスキー造りには、焼酎造りの技術とこだわりが深く根を張っている。
3基のポットスチルを駆使し異なる蒸溜条件で原酒を造り分け、その組み合わせで4種類の香味の異なる原酒を造ることができ、それらをブレンドすることで、複雑で奥行きのある味わいを実現する。
さらに、前述した日置醸造蔵の焼酎用ポットスチルを活用して、大麦麦芽と未発芽大麦のもろみを減圧蒸留した甘やかなグレーン原酒を使い2つの蒸溜所の原酒をブレンドするという離れ業も発揮し、「DOUBLE DISTILLERY」というウイスキーも生んでいる。

熟練された焼酎造りのプロである中村氏だが、ウイスキー造りは別物。小正芳嗣社長とともに、スコットランドで数十もの蒸溜所を巡り現地で学び、試行錯誤の末、今に至ったという。
結果として単式蒸留器による繊細な蒸留技術、原料の選定、発酵管理などは、ウイスキー造りにも応用され、MELLOWED KOZURUの熟成に使用したオーク樽を削り再度火入れした樽をウイスキーの熟成に活用。これは世界中見渡しても嘉之助にしかできない技術。温暖な海に面した潮風の吹く熟成庫での熟成などが、原酒に独特の丸みと深みを与える。

最後は、THE MELLOW BARにて試飲。
一枚板のカウンターに並ぶのは、この地の自然の中で生まれたウイスキー3種「嘉之助SINGLE MALT」、限定品「HIOKI POT STILL」、そしてブレンデッドウイスキー「嘉之助 DOUBLE DISTILLERY」だ。


JAZZの巨匠ジョンコルトレーンのBGMが流れる中、役目を終えた古樽の木材で燻製したナッツをつまみつつ、味わうウイスキーの甘やかでフルーティーな香りと長い余韻が増幅されてまさにメローなひと時。
余韻を感じつつ、ゲストは蒸溜所限定のボトルを買い込み、吹上浜に寄り添う蒸溜所を写真にとどめていた。

酒がその土地の言葉を紡ぎだす

多様な酒を生み出す九州は、それぞれの酒類でその土地の言葉を語る地だ。
ここの酒は、造り手との対話を通じ、口だけで味わうだけでなく体感し心を通わせられる。ゲストも訪問した酒蔵や蒸溜所でお気に入りを買い求めているうちに、持参したスーツケースでは収まりきらず、急遽鹿児島で大型のスーツケースを購入したほど。

後日無事帰国したとの知らせには、彼らが今回九州各地で買った31本もの各酒類の集合写真が添付。これら一枚一枚がのラベルが、九州の豊かな酒文化の価値を物語ってくれた。

ライター:
岸原文顕/ ソムリエ、HBAカクテルアドバイザー。日本酒をはじめ世界の酒類文化をこよなく愛する。世界3大ビールブランドや洋酒類のブランドマネジャーを歴任、
京都のクラフト醸造所経営など、国内外での酒類事業経験32年。日本発の志ある酒類の世界展開を支援。BOONE合同会社代表。全国通訳案内士。東京在住。

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