[黒龍酒造/福井]8代目蔵元 水野直人さんに聞く!これまでの歩みと熟成酒の魅力、その先に見据える未来とは?
吟醸酒が市場に出回るようになって久しい。「吟味して醸す」という名の通り、吟醸酒は酒蔵のこだわりが最も反映される日本酒であり、その高い芳香や軽やかな口当たりは現在もなお多くの飲み手を魅了している。 創業者の名を冠した「石田屋」「二左衛門」などの銘柄に代表される[黒龍酒造]は、そんな吟醸酒をいち早く市場に流通させた酒蔵だ。現在もなお業界のトップを走る[黒龍酒造]の取り組み、熟成酒への姿勢、そしてその先に見据える未来を、8代目水野直人社長の言葉からひも解く。

1804年(文化元年)に福井県永平寺町にて創業した[黒龍酒造]は、燗酒が主流であった昭和40年代より吟醸酒造りに取り組む。1975年(昭和50年)には全国に先駆けて大吟醸酒である「龍」をリリースし、当時は珍しかった大吟醸酒の市販化に成功した。
創業当時から続く「いい酒を造る」という理念を受け継ぎ、現在も国内外のファンから高い評価を受ける同蔵。
本記事では8代目水野直人社長に[黒龍酒造]の歩みと挑戦、そして同蔵が力を入れる氷温熟成の可能性について伺った。
この方に話を聞きました

- 黒龍酒造株式会社 代表取締役 水野直人さん
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プロフィール1964年10月26日生まれ。東京農業大学醸造科卒業後、協和発酵(現、協和キリン)に就職。1990年6月に黒龍酒造へ入社し、2005年に同社社長へ就任する。
流通過程を見直す改革
―水野さんが社長に就任前、[黒龍酒造]は業界でどのような立ち位置でしたか?
水野さん「農大卒業後は協和発酵(現、協和キリン)に入社し、港区担当の営業として働いておりました。その際、地酒にこだわる酒販店では『黒龍さん良いお酒造っているね』という評価をもらうこともありましたが、一般的な酒販店では『黒龍』の名前を知らない方も多かったですね」
―その後1990年に家業へ戻り、2005年に社長へ就任されます。まずは何に取り組みましたか?
水野さん「全国の得意先へ直接足を運びました。当時は色々な問屋、酒販店へ卸していたのですが、実際現場でどのように日本酒が管理されているのか知りたかったんです。そこで愕然としたのは、日本酒が冷蔵管理されずに販売されている事実でした。そのため『冷蔵庫を購入してください』と言って回っていたのですが、多くの酒屋からは『メーカーが持ってくるものでしょ』と言われることがほとんどで。そういった先とは取引を辞めていったんです」
―取引停止による影響はなかったのでしょうか?
水野さん「当時1,000石程度あった生産量を500石以下に落としました。父は『良いお酒を造る』という信念のもと酒造りを行っており、わたしは協和発酵で流通の大切さを学んできました。流通管理が徹底しており、お酒に情熱を注いでくれる取引先と付き合わなければ、お客様の口に入るときには良いお酒じゃなくなってしまう。『ここを整理しなければ意味がない』と父に相談した上での改革でした」
―現在の生産量は?
水野さん「現在は三季醸造で6,000石程度となっています。国内需要が大きいため、海外へはまだ5%程度しか出していません。また、海外への流通は管理面での課題などもあるのでまだ積極的ではないですね」
北陸の海の幸に寄り添う酒造り
―[黒龍酒造]が造る日本酒のコンセプトを教えてください。
水野さん「北陸の美味しい魚と合わせて飲んでほしいということで、淡白な福井の魚介類に合うお酒をコンセプトにしています。これは先代である父が道筋を作ったのですが、当時は越前ガニが最高級の魚介類として扱われていました。そのため、そういった食材に合うお酒を大切にしています」
―火入れ酒を主軸に展開している理由は?
水野さん「管理の難しい生酒は毎年12月〜2月頃の時期にしか出荷しません。最近は氷温冷蔵庫を持つ酒屋さんも増えてきましたが、まだまだ少数派です。流通面での課題もあげられるため、生酒は季節の楽しみとして扱っています。生酒の得意先に関しても冷蔵管理への意識が高い酒販店や、これからの酒業界を担う若手経営者を中心に取引しています」
―獺祭の[旭酒造]桜井一宏社長も流通面での課題を取り上げられていました。
水野さん「30年前位にフランスに行った際、現在の会長である桜井博志さんが熱心に営業活動をされていました。当時の高級スーパーでは紹興酒の隣に常温で日本酒が置かれていたんです。そんな管理状態で良いお酒だと思ってもらうのは難しいですよね」
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―環境意識が高まる状況において、高精米に関してどうお考えでしょうか?
水野さん「糠は廃棄しているわけではありませんが、一見するともったいないと思われてしまいますよね。大吟醸酒を醸すとなれば、玄米の表面50%は磨くことになりますので。現在は県内の共同精米を利用していますが、今後は自社精米へ移行し、『ESHIKOTO』施設内で糠を再利用した商品開発等、循環できる体制を検討しています」

「歓宿縁 ESHIKOTO」併設「Bar 刻」の酒粕を再利用した樽熟成スピリッツ/刻 樽熟「さくら」「くり」「なら」
―「歓宿縁 ESHIKOTO」に併設された「Bar 刻」では、酒粕を再利用した樽熟成スピリッツを提供していますね。
水野さん「『刻 樽熟』として県内の「さくら」「くり」「なら」の樽で熟成させた粕取焼酎をBar 刻にて提供しております。着色されるので正確には焼酎ではなく、スピリッツというカテゴリーになりますが。お客様の反応を見ながら今後の対応を検討しようかと思っています。また、福井県は六条大麦が日本で一番栽培されていることもあり、福井県の風土に合ったウイスキー造りを進めようと準備しているところです」
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ワイナリーから学んだ日本酒の熟成文化
―[黒龍酒造]が熟成に取り組みはじめたきっかけを教えてください。
水野さん「先代の父がワイナリーで学んだことは『熟成文化を作る』ことです。そもそも、日本酒も明治維新前は熟成酒のほうが評価は高かった。しかし、酒税の関係から現在のような新酒文化になったんです。ワインではボジョレーヌーボーのような新酒がある一方、長期熟成させたワインへの評価も高い。それぞれの良さが混在するようにしたいという想いから、現在は『刻(トキ)SAKE協会』などの活動も行っています」
―熟成温度についてはどうお考えでしょうか?
水野さん「温度については酒蔵それぞれの考えがあると思います。それらを一度整理しようということで、『刻SAKE協会』では10度〜20度前後の一定温度で熟成させた日本酒を『古酒』、10度以下の冷蔵管理で寝かせた日本酒を『熟成酒』とカテゴリーを分けました。やはり、温度によって熟成酒は同じものではなくなるんです。吟醸酒のポテンシャルを活かしつつ、アルコールの柔らかさや熟成香を表現するには冷蔵が適している。一方、常温で熟成させ色味も濃くなり、枯れていく日本酒の良さもありますね」
―「Sake World NFT」で取り組むマイナス5度の熟成について。
水野さん「我々の感覚では、マイナス7度まではゆっくりと熟成が進むと思っています。通常であれば20年も経って楽しめるお酒は難しいのですが、低温で寝かせることで可能になる。ワインのヴィンテージ文化のように、人生の分岐点となった年の日本酒を、それまで刻んできた年数と共に楽しめるようにしたいんです」
―黒龍を代表する熟成酒「無二」について教えてください。
水野さん「蔵で保管していた熟成酒を飲んだとき、『これはいける』と確信し、誕生に至りました。『無二』は入札制で価格を決める銘柄です。その年の気候条件による酒米の状態、酒造りにおける発酵の状況などを管理し、出来上がった日本酒を品質評価委員会のトップソムリエやシェフたちが確認します。そこで最低価格が決まり、そこから入札がスタートするんです。4年に1度の実施であり、現状では2013年のものが最も高い評価を得ています」
―蔵に長年培ってきたデータがある点は大きなメリットですね。
水野さん「そのためにマイナス温度帯で貯蔵できる環境を作ったんです。新洋技研が開発したサーマルタンク(冷却装置付きのタンク)の第一号を購入したのは我々でした」
―熟成酒の価格についてどうお考えですか?
水野さん「ワインに比べて日本酒は安すぎると思っています。きちんと評価ができるお酒であれば、それなりの価格で販売するのが当たり前です。今後は自社ではもちろん、流通過程、個人で熟成を楽しめる文化を作っていければ良いなと考えています」
「SAKEの本場」としての日本へ
―今後の展望について教えてください。
水野さん「黒龍銘柄については現在の蔵の地下75メートルから採水する地下水と場所を大切にしたい。そのため、日本酒の製造は現在の蔵に限定しようと考えています。しかし、他の地域で黒龍の技術を取り入れた、全く新しい酒蔵とブランドの立ち上げも検討しています。現状の法律ではM&Aや海外専門流通などに限定されますが、新ブランドとして免許が取得できるならトライしたいですね。
現在は海外でも日本酒(海外製造は清酒もしくはSAKE表記)が造られており、ワインの世界と近くなってきました。ワインでは旧世界のヨーロッパ各国がある一方、新世界と呼ばれるカリフォルニア、チリ、ニュージーランド、オーストラリア、日本など世界中で造られている。同じようにいろんな国で『SAKE』が造られ、飲まれるようになった時、『やっぱり本場の酒が飲みたい』となると日本に来るわけじゃないですか。そういった環境が作れれば嬉しいですね」
“吟味して醸す”という言葉にふさわしく、[黒龍酒造]は一貫して品質と誠実さを貫いてきた。冷蔵管理の徹底や熟成文化の構築、さらには地元福井の風土と調和する酒造り。それらの積み重ねは、やがて「SAKEの本場・日本」へと導いていくだろう。変化の激しい時代においてもこれまで培ってきた技術と信念、挑戦心で日本酒の新たな未来を切り拓いていくはずだ。
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ライター:新井勇貴
滋賀県出身・京都市在住/酒匠・SAKE DIPLOMA・SAKE・ワイン検定講師・ワインエキスパート
お酒好きが高じて大学卒業後は京都市内の酒屋へ就職。その後、食品メーカー営業を経てフリーライターに転身しました。専門ジャンルは伝統料理と酒。記事を通して日本酒の魅力を広められるように精進してまいります。
